12.
季節は何周したのだろう。
久々の晴れで、空気がシンと澄むような朝だった。
また新たな町へと歩きだしている。
今度は少し遠いらしい。
今日は久々に誰も殺さずに済むかもしれないと、安堵する自分に気がつく。
「場所はわかるの?」
「ああ。地図があるから」
手にした紙を覗き込みながら彼が言った。
森の中。歩いては曲がり、また歩く。
まだ小さかった彼の背中を思い出す。
――暫くして、私は強烈な違和感に襲われた。
彼が立ち止まる。
恐らく、同じことを思っているらしい。
何も言わないので、代わりに言ってやる。
「ここ、さっきまでいた場所だよな?」
「……あれ?」
彼が引きつった顔でこちらを振り返る。
ふたりして彼の手元の地図を覗き込む。
「――最初に右、そのあと左、左、左で……」
「あ……あほか!そんなことしたら一周して元の場所に戻ってくるだろうが」
そこまで言っても彼はしばらくきょとんとしていたが、やっとのことで状況を飲み込むと、「なるほど」と右手をぽんと打った。
私は信じられないような心地で彼を見た。
そして一つの言葉が、あまりにあっけらかんと脳裏に浮かんだ。
「あほ」は、どんなときでも、「あほ」のまま――。
「……ふっ、はは、あはははは!」
「え?」
「はは、あはは、あはははははは!!」
「姫、どうしたんだよ」
答えられない。
申し訳ないが、堰を切ったように笑いが止まらない。立っていられずにしゃがみこむ。
苦しい。涙がひとつこぼれる。
ああ。もう。
「あほ」は「あほ」のままじゃないか。
そのことが、こんなにも――
私を救ってくれている。
「あほ」は困ったように私を見守っていたが、ただ笑っているだけだとわかると、黙ってそばにいてくれた。
そしてようやく発作が収まると、しゃがんで目線を合わせ、
声を低く震わせ呻くように言った。
「姫と家族になりたかった」
まるで、届かなかった祈りのようだった。
私は頬を寄せ、かつて刃先じゃないと知ることになった唇で、彼の同じところに優しく触れた。
可愛そうな人。
とっても弱いのに、ずっとひとりぼっちだったんだね。
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