4.

十分に予想できたことだが。

「あほ」は、私をイラつかせる天才だった。


「……お前さ。分かってやってるのか?」

「なにが?」


私の怒りも知らずに、呑気に夕食のパンをかじっている。

それを見て、ぷつりときた。


「剣を世間話の相手にしてるんじゃねーよ!!」


出会いの日から何遍も夜が明けたが、私は一人の血も浴びていない。

私がしたことといえば、夜な夜な「あほ」に呼び出され、おやすみ前の話を聞かされるだけだった。


「もーいい。身が錆びる」

「待って待って。錆びないから」

「帰るから、何かあったら呼んで」

「ええ。ほら寂しいだろ、姫も。一緒にいようよ」

「夜で暗いんだから、闇の中でも一緒だよ」


「おーい。姫。機嫌直してよ……」


お前は犬か。

それ以前に……もう、いい。

顔が熱い。


「しょうがない。今晩だけは横にいてやるよ」

「やったあ!ありがとう、姫」


耳を伏せて尾っぽをぱたぱた振っているのが目に見える。

私はなぜか、奴の頭をぶん殴りたくてたまらなかった。


「……それで。お前、散歩しているだけじゃなくて、そろそろどうするのか考えたのか」


「あほ」はゆっくりとうなずいた。


「考えたよ」

「ほう。聞いてやろうか」

「人を助ける。

町に行って、困っている人を助ける。君を使って。そうして、仲間をつくる。『僕と同じ』でも、違ってもいい。町中を回ったら、別の町に行く。

そうして、家族をつくるんだ」


落ち着いた言いぶりの端々に、高揚感がにじみ出ていた。


「ああ。いいね」


「あほ」が、驚いたように私を見る。


「本当?」

「ああ」


私は、本気で「いい」と思った。

人間の事情は分からないが、こんな幼い子がひとりでいる世界はきっと歪んでいて、正すために私が使われるのなら、これ以上はないと思った。


「じゃあ明日に備えて、今日はもう眠るか」

「ええ、結局行っちゃうの」

「明日また呼んでくれよ」


頭にふわりと右手を添えると、照れたように笑う。

剣の柄に撫でられたって、心地よくも何ともないだろうに。


その日闇の中に戻るのは、恐ろしくも何ともなかった。思えば昨日も、一昨日も。

私はそれが、日が昇ればまた「あほ」に会えるとわかっているからだ、としょうもなく思った。

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