2.
出会うまでに、途方もなく永い時間が流れた。私は待ちくたびれていた。
闇の底まで陽の端くれが差し込むような、温かい春の日で、思わずうつらうつらとしていた。
心地よい無意識の中、ふいに頭を撫でられたような感触があった。
誰かが私を呼んでいる。
顔をあげると、今はもう満月ばかりに大きく開いた天上の穴から、手が差し伸べられていた。
私は私の意志に関係なく、その手をそっと掴む。
身体がふわりと浮き、そのまま垣根を越えて、外界に出た。
久しぶりの外は、眩しすぎて、思わず眦に涙が滲んだ。
ようやく光に慣れて目を開けると、
私の右手を握っているのは、年端もいかない少年だった。
「お前が私を呼んだのか?」
少年は怯え、困惑しているようだった。
「そう、みたい……」
「お前……まだガキじゃないか」
「なっ、ガキっていうな!」
「本当のことを言っただけだろう」
私は未だ繋がれたままの右手をぷらんと持ち上げた。
「ガキ。そろそろ手を離したらどうだ」
「あ……」
少年、もといガキが恐る恐る繋いだ右手を見る。
「離しちゃっても、消えないの?」
「消えないよ。お役御免の時は、そう言ってくれれば戻るから」
「どこに?」
「暗いところ」
「……」
右手が解放される。
「それで?私を呼んだからには、叶えてほしい願いがあるんだろう?」
「いや、そういうわけじゃ」
「おい」
私は仁王立ちになってガキに迫る。
「お前、人を心地よい眠りから叩き起こしておきながら、間違いでした、だと?」
「ひっ……」
ガキの顔が青くなり、そして真っ白になる。
可哀そうなので、脅すのはここまでにしてやる。
「……冗談だよ。でもね、お前が私を呼んだのは本当だ。私は人の、強い念に引き寄せられて外に出るんだ」
ガキはどこか遠い方を見て、僕が、と小さくつぶやいた。
そして、私を見据えてゆっくりとうなずく。
「僕が、君を呼んだんだ」
「そう。それでいい。……で?お前は何が欲しい?」
答えるまでに間があったが、
「家族が欲しい」
今度ははっきりと言った。
「いいだろう。じゃあ、どうやって手に入れる?」
「それ、自分で考えるの?」
「当たり前だろ。私は道具だ。どう使うかはお前が考えなきゃ」
今度は、どうぐ、と不思議そうな顔をする。
でも有無を言わさぬ威圧的な視線を向けると、これ以上納得することを諦めて、慌てて首を振った。
まったく、ぼんやりしたがきんちょだが、しょうがない。
「今からお前は私の主だよ」
今度は私から、右手を差し出す。
「ガキだろうが罪人だろうが、主になったからには私を利用する権利がある。欲しいものを手に入れるために。問題は、うまく使えるかどうかだ」
覚悟があるなら、この手を取って。どこまでも連れて行ってくれ。
困難な道は私が切り開いてやるから。
「……うん」
私を掴む、子どもの手。
それが出会いの日だった。
何度も思い返し、擦り切れる中で、都合の良いように修復しているかもしれないけれど。
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