第11話 岩石の医療所
険しい岩肌が、懐かしくてスイスイ進める。
ネメアは、アースを背負いながら、俺よりも先に進んでいく。
山の頂上付近に建っているの大きな建物が、アスクレピオスの館なんだろうか。
「着いたな・・はぁ、もっと近くに建てとけって」
「そうだな・・こんなに遠い所に医療所を作って患者は来るのか?」
「おい・・アースささっと降りろ。」
「・・・やっぱり、バレてた?」
「当たり前だろが。どうせ、山を登りたくなかったんだろが。」
「えぇ~ちがうよぉ~ネメア君の背中が逞しすぎたんだよぉ~。」
どうやら、アースは狸寝入りを決め込んでみたいだ。
アースらしいな。
俺たちの前に聳えるのは、岩でできた館。
ごつごつとした壁が、無機質な雰囲気を醸し出す。
初めて見た人には、医療所には見えない。
俺たちの何倍もの大きくて、堅そうな扉が目の前に塞がっている。
こんなに大きな扉は、必要なんだろうか?
とりあえず、ノックをしてみればいいのか?
「コンコンっ!アスクレピオス様はいらっしゃいますかぁ~。」
俺が、躊躇している間にアースが、遠慮なく扉を叩いた。
「んん~・・・声が聞こえないのかな?こんなに、大きな館にいたら来客のノックなんて聞こえないのかもねぇ~。では!もういっちょ!」
「おいっ・・そんなにノックしたら迷惑だろうが!ちょっと待て。」
「えぇ~僕みたいな美少年のか弱いノックじゃきっと聞こえないよぉ~。」
ガチャッ・・・。
「はい。どちら様でしょうか?」
2人が、喧嘩をはじめだす前に、館の中から女の人が出てきた。
良かった・・。2人が喧嘩を始めると長いんだよな・・。
「「長くない。」」
・・・。
「んじゃない!えっと、ここは、医療の神アスクレピオス様の館で間違えないですか?」
話しを区切るように、アースが爽やかに笑う。
「はい。さようでございます。ここは、アスクレピオスの館ですが?どちら様でございますか?」
出てきた女性は、明るい緑色の瞳を鋭く尖らせていた。
?不審者に見えるのか?確かに、怪我人には見えないかもしれないな・・。
「おっほんっ。僕は、ガニュメデス。またの、名をアクエリアス。僕の友人が怪我をしたみたいなんだ。どうか、医療の神様であるアスクレピオス様に見てもらいた。取り次いでいただけないでしょうか?マダム?」
アースは、お茶会で見せていた様な笑顔で、女性に話しかける。
いまのいままで、醜態(喧嘩姿)を見せてたのに切り替えが凄いな・・。
「・・ガニュメデス様ですか・・・少しお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」
さっと、中に入ってしまった。
「・・・アース。前から気になってたんだけどさ・・何で名前が2つあるんだ?」
そう言えば、ネメアもだけど・・。名乗られた時から気になっていた疑問だ。
「んん~名前が2つ・・というよりも俺は、元々人間だったんだぁ~。で、人間だった時の名前は、ガニュメデス。で、もう1つの名前が、アクエリアスなんだけど。こっちは、星になった時の名前だよぉ~。」
「?星になる?」
「お前、夜空に星を知らないのか?」
「いやっ・・・知ってるけど・・その星?なのか?」
「あぁ・・俺もこいつもだけど黄道12星座って知ってるか?」
「・・・・聞いたことないな・・。」
「まぁ~そうだよねぇ~。ペル君が地上でしてた生活じゃあぁ星座何て必要ないからねぇ~。」
「そうだな。まぁ別に対したもんじゃないが。俺らは、12ある月ごとを司っている。そして、守護している。まぁ、星になるのはなった奴のごとに違う。」
12ある月・・・。
「そうそう、僕はねぇ~あまりの美しさにぃ~この世界の主神であるゼウス様に攫われたんだぁ~。でぇ~攫って神々の宴の給仕をする代わりにぃ~永遠の命と美しさを手に入れたんだ!でも、僕のとう様と、かあ様はある国の王様でぇ~かわいいぃ僕が居なくて泣いちゃって、泣いちゃってあまりにもかわいそーだからぁゼウス様が、僕を星にしていつでも会えるようにしたんだよねぇ~。」
・・・。
主神・・ゼウス。
「なんだか・・・攫わなきゃよかったんじゃないか?って思うな。」
「いやぁ~そこは、僕の美しさが仇になっちゃったんだよぉねぇ~。」
「何が、美しさだ・・・・。」
「なんさぁ~!事実だもん!ネメア君よりましでしょ!」
「!うるせぇー!誰が、言うかよ!」
ネメアは、聞かれたくないみたいだな。
「じゃあ、12ってことは、2人を含めて他に10人黄道12星座がいるってことか?」
「あぁ。そうだ、星座としての名前と、元々持っている名前があるってことだ。」
「そぉーそぉー。だから、使い分けてるんだぁ~。僕は、神々の宴に居るからそこで、呼ばれている名前の方が、神様は知ってるかなって!」
なるほど・・・だから、2つの名前があるのか・・・。
「2つあるとどっち、呼べばいいのか悩むよねぇ~でも、皆好きな方で呼んで欲しいからどっちでもいいんだよねぇ~。」
そうなもんなのか・・・?でも、本人がそういうならそれで・・・いいのか?
ガチャッ。
「ガニュメデス様。皆様。どうぞ、こちらに、アスクレピオスがお待ちしております。」
俺たちが、話している間にアスクレピオスの許可が下りたらしい。
緑色の瞳の女性が、館の中へ案内してくる。
館の中は、外と同じく無機質な岩がむき出しになっている。ゴツゴツした岩の上には、蝋燭が等間隔で並んで館に灯りを灯している。
高い天井には、ここからじゃ意味がないとしか言えないシャンデリアがぶら下がっていし、窓は、所々割れているし、ネズミも走っている。
・・・医療所?それに、しては清潔じゃない気がすな。
なんか・・・俺の部屋みたいだな。(馬小屋)
石で積み上げられ作られたであろう階段を登る。
俺たち4人の足音が、館全体に響いて反響する。
人の気配がしない・・・もしかして・・他に誰もいないのか?
「こちらです。」
大きな両開きの部屋に案内された。
というより、2階にはこの部屋しかないみたいだ。
「あなた。アクエリアス様とその御一行をお連れしました。」
「はいれ。」
中から、しわがれた低い声が響く。
案内してくれた女性は、アスクレピオスの奥さんなのかもしれない。
扉の古びた音が、腹に響く。建付けは、どうでもいいのか神様・・・。
部屋にいたのは、1人の老人と女性がいた。
片眼鏡をかけた老人は、俺たちを一瞥すると、気にも留めないようで、書いていた紙を読み直しだし、その雰囲気が気難しさを語っているみたいだ。
女性の方は、口元に笑みを浮かべてただ立っている。
2人は、白衣を着ている事で、医療に準じているとわかる。
部屋の中は、医療所らしく、白いベットに薬品棚。それと、なんだかよく分からない動物の標本と骸骨。
窓から差し込む光だけが、この部屋を照らしている。
初めて会う神様は、神様と言うより近所の爺さんと同じに思えた。
「お久しぶりですぅ。アスクレピオス様。僕の事覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんだ。ゼウスの丁稚。こんな山奥まで、ご苦労なこった。」
「ふふふっ。それは、よかった。実は、友人が怪我をしてしまいまして、アスクレピオス様に診て頂けないかとお願いに参りました。」
・・・アースが、いつになく真面目に話いる。
「怪我?お主の主人に頼んだらどうだ?」
「そうですねぇ。それも、考えましたが、友人は普通の人間でして・・・。」
「人間・・・?それは、珍しい。確かに、ゼウスに合わせてはどうなるかわからんな。で、そいつが人間か?」
突然、向けられた目線に驚いたけれども、俺のためにここに来た事を思い直し1歩前に出る。
「はい。俺は、ペルと言います。その・・・信じられない話かもしれませんが、地上から落ちた?ようで・・。」
改めて、自分の状況を説明するのは、難しいな。
「ふぅむ。・・落ちた時にどこかを打ったのか。どれ。」
俺の話が何でも無いように、診察しようと手を伸ばしてきた。
「なに?驚く事ではない。この世界に人間が入り込むことも、落ちることも珍しくない。それに、魔女や悪魔たちは、人間の欲望を糧に生きている。だから、人自体は珍しくはない。ただし、死んでいる者が大半だが。お主のように、『生きている人間』は珍しいと言えよう。」
アスクレピオスの言葉に驚きつつも、俺はまだ生きているのかと安堵した。
実は、俺は死んでいてこれは、ただの夢か幻なんじゃないかと思っていた。
けれども、神様に生きていると言われていてほっとした。
「ほれっ。落ちた時どこを打った。」
「はいっ・・腰を少し。でも、アースとネメアのスープで大分良くなりました。」
「スープなんぞで、良くはならん。気のせいだ。ほれっ、赤くなっているな。ここまで、来るのに知らずに負荷がかかっていたはずだ。」
・・・歩いたのは、最後ここに来るまでの間だけなんだけどな・・・。
いやっ・・・あれか・・お茶会だ。
確かに、不慣れなことをした・・・あれが良くなかったのか。
俺も、ネメアと一緒に逃げればよかった。
「んん~。ペル君大丈夫?痛い?」
「あぁ。大丈夫だ。痛みって自覚しないと痛くないから・・今更痛くなってきた。」
「大丈夫じゃないじゃあぁぁぁぁんんんnnnん!」
「「うるさいっ!」」
アスクレピオス様とネメアの声が重なった。
「お前!ここは、病院だぞ!静かにしろっ!俺らが、恥をかくだろうが!」
とアースの頭を押さえ付けた。
「お主たちの要件は、わかった・・が、煩いお主はいらん。患者の体に響く。」
片眼鏡の奥の目が鋭く光る。
「アスクレピオス様申し訳ない。俺たちは、外で待っている。」
「いやっ、お主たち・・・治療費はどうするつもりだ。」
「「「えっ・・。」」」
俺たちは・・・大切な事を忘れていた・・・。
そうか、教会じゃないんだから無償で治療してくれるわけじゃない。
神様の世界もお金の概念があることに驚きつつ、俺のせいで2人に迷惑をこうむる事を心苦しく思う。
「あの・・俺落ちてきたばっかりで、お金がありません。いつか、かならず返します。」
「ならん。今払ってもらおう。・・・・体でな。」
鼻にかけていた片眼鏡が、キラリと光った。
「なんでぇーーーーー!なんで!なんで!なんで僕がこんな事をぉ~!」
「うるせぇ・・。ふぅ・・お前のせいで俺までこんなことをしなきゃなんねーのかよ。」
アスクレピオスは、治療費の対価として、アースには溜まった洗濯物の片づけ。ネメアには、娘さんと薬草の採取を命じた。
「ごめん。2人とも俺も手伝う。」
「お主は、寝ておれ。さっき塗った薬と薬草がきかんくなるだろ。」
「うぅうう。そぉーだよ。ペル君は、寝ていてよぉ。そのために僕たちここに来たんだもん。」
「・・・珍しくまともな事を・・・熱か?」
珍しくまともな意見のアースに、俺もネメアもびっくりする。
「アース・・さっき叫んでたのに・・熱?」
「ちっがうぅ!僕は、ペル君のために対価を払うのはいいのぉ~!でも、なんで、僕が独りで洗濯して、ネメア君が娘さんと薬草を摘みに行くのに納得がいかないのぉ!」
「当たり前だ。ゼウスの丁稚を娘と2人きりに出来るか!」
「妥当だな。」
「ひっどいぃ!なんにも、しないもん!」
「諦めろ。お前が離さなかったお陰で俺まで手伝う羽目になったんだ。諦めろ。」
「当たり前じゃあぁん!ネメア君お茶会の時逃げたよね?僕たちを置いてどっか行ったよねぇ!僕、忘れてないよぉ!」
腰手を当ててアースを見下ろしているネメアと、頬を膨らませながら喚いているアース。
2人を見ていると、安心する。
「ほぉん!エピオネ!患者を個室に。煩いこやつらと離せ。」
「はい。ペル様。わたくしアスクレピオスの妻で、エピオネと申しますわ。ここに居る間お世話をさせて頂きます。こちらへ、どうぞ。」
アスクレピオスに呼ばれて来たのは、この部屋まで案内してくれた女性だ。
やっぱり、奥さんだったのか。
俺は、エピオネさんに従ってアスクレピオスがいた部屋を後にした。
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