第10話 到着ペリオン山

あれから・・・多分1~2時間経っただろうか・・。

俺とアースは、どこからか出てきたのか燕尾服と言うのを着させられた。

俺は、こんな高級そうな服を着るのは初めてで、アースに教わりながら着た。

ネメアは・・・どこに逃げたんだ・・。

俺なんかより、きっと似合う。


飲み物を給仕するのは、難しく揺れて零れそうになる。

少し重い水差しは、思っていたよりも扱いやすくて助かった。

アースは、前に給仕係をしていると言っていた。

・・・スマートだ。

あれは、きっと、スマートと言う言葉が合うんだろう。

初めて使った言葉だけど。

女神達は、微笑みながらテーブルに会話を楽しんでいるようだ。

時折、俺やアースを見ながらクスクスっ笑っている。

・・・・?

なにか、間違ったのか?

きちんとした給仕の仕事なんて、よくわからん・・。

テーブルの上には、甘い香りのスコーンと変わった形の石?みたいな・・クッキー?

それに泡みたいな雲が紅茶から溢れ出ている。

スコーン以外に見たことがない。

女神達が持っているタバコからは、紫色の煙がお茶会全体を煙に巻いている。


一体・・何時間付き合えばいいのか・・・。

ニコニコ笑うアースとは違って、給仕の仕事をしたことがない俺は、心底疲れてきた。

持っていた、お盆が右に傾き始めてきた・・・。

というか・・・女神ってタバコを吸うんだな・・・。イメージと違って驚いた・・。

もう、くだらない事を考えてやり過ごすしかない・・・。


「おやおやっ・・約束の時間よりずいぶん早いじゃないかね?えぇ?」

いつの間にか、老婆が立っていた。

俺らが、突っ込んでしまった茂みの前でゆらゆらと立っている老婆は、まるで本の中に出てくる悪い魔女に見えた。

黒い帽子に黒いマント、それに、長い木の箒に黒いカラス。

この、白色に見たされている世界でとても異様に見える。

ゆっくりとして、それでいて猛禽類を思わせる目がこのお茶会を様変わりさせる。

お茶会に漂っていた甘い香りとタバコの不思議な匂いが草の様な・・?薬の様な匂いによってかき消されていく。


「あぁ・・遅かったの・・魔女の谷からここまでそんなに時間が必要かの?」

「ふぉふぉ・・当たり前じゃ・・お前さん達と違ってやるべき事があるのでの?」

「大変だの?あくせく働かねばならぬ者はのぉ~。」

アルテミスは、持っている扇を口元に当てて笑いを堪えているように見える。

それに、たいして老婆は、口元を三日月の形にし不気味さを演出している。

・・・・。

怖い・・。

この老婆が、出て来てからお茶会の空気が真冬になった。

場の空気が凍ったように俺も、アースも一歩も歩けなくなった。

「おんやぁ~面白い子が給仕をしていのぉ~?」

老婆の大きくて丸い目が、俺たちを見る。

まるで、今まで生きてきた全部を見透かされるように。

言葉を、発する事も出来なくて、老婆の大きな目を見返すしかなかった。


「おぉ!そうじゃ。この子らは、わらわの可愛い給仕じゃ。おぬしには、やらんぞ?」

「ふぉふぉ・・・誰が、こんな子らを欲しがるんじゃ・・ゼウスじゃあるまいに・・。まぁ・・良い良い・・・で?この間の話の返答を聞こうか?」

良かった・・アルテミスの一言で老婆の興味は削がれたらしい・・。

まるで、食われそうなあの目は・・ちょっとな・・。

「その話か・・・前にも言ったの・・・拒否する。おぬしらにその対価が払えるのかの?」

アルテミスの返答を聞いた老婆の顔が醜く歪む。

「ほぉ・・では、なぜここまで呼んだ?わしら、魔女の者たちを馬鹿にしておるのか?」

さっきまでの、老婆の言葉には、嫌味を楽しんでいた。けれども、今は、ただ純粋に敵意を孕ませていた。

周りの空気は、ビリビリと鳴って、空気に触れている皮膚が痛い。

ここで、俺たちにできることは・・・?

本当は、逃げてしまいた・・。

アースを置いて走ってしまたい・・・。

たまたま、アルテミスの直ぐ隣に立っているアースの目は、涙目だ・・。


「あの・・・何か・・お困りごとですか?」

話しかける気なんてなかった・・。

けれども・・勝手に言葉が出てきた。

「お前・・・何が目的かの?」

「坊主・・女の話に水を差すのは好かれんぞ。」

アルテミスと老婆の目線が、俺に集まる。

手に持っている蜜色紅茶と茶器が音を鳴らす・・震える・・。

けれども、分かっている・・。

「目的は・・ありません。だけど、何か俺たちにも手伝えることがあるかもしれないので・・・・。」

2人の目を見返すことが出来ず、目が泳ぐ。

アースは、俺を見て必死に首を振っている・・何かは、わからん。

「ふんっ・・まぁ・・良いおぬしに何かできるとは思えんな。ジュゼンネ教えてやっても良いのではないかの?」

ジュゼンネと呼ばれた老婆は、アルテミスと俺の顔を見ながら息を吐いた。

「はぁ・・。わしらは、魔女と呼ばれる者じゃ・・おぬしは?人間じゃな・・?」

「はい。ペルと言います。こっちは、友人のアース。」

ジュゼンネは、俺とアースの顔を見比べ小さく頷いた。

「わかった。われらは、いま危機に瀕しておる。同胞が病に伏して居るのじゃ・・。ただ、魔力を奪われ朽ちていく・・・呪いかもしれん・・われらには、治すすべがない。そこで、ここに居る月の女神アルテミスに力を貸してもらおうと協力を頼んでおったのじゃ・・・が、断りおった・・。」

ジュゼンネは、憎々し気にアルテミスを睨んだ。

その目線を優雅に受け流しながら紅茶を飲むアルテミスの姿は神々しかった。

「言ったであろう?その対価さえ払えば・・わらわたちは、力を貸そう。」

「今の、わしらにそんな力が無い事はわかったおるじゃろ。まずは、同胞を助けてからじゃ!」

「では、契約は出来ぬな。」

・・・。

俺は、2人意見は間違っていないと思う・・。契約とか、約束はとても非情なものだ・・。だから、俺には口を挟む余地がない・・けれども・・・俺にできることは・?

「あの・・ジュゼンネさん・・病・・病気なんですよね・・医者に見せるというのは?」

「医者?・・アスクレピオスの事か・・考えた・・が・・わしらは、アスクレピオスに嫌われておるしな・・・。」

「おぉ!良い案ではないかの?お前たち、いまからアスクレピオスに会いに行くんのではなかったかの?ジュゼンネが嫌われておろうとなかろうと、お前たちがアスクレピオスに相談すれば、あやつも少しは聞く耳を持つのではないかの?」

・・たしかに・・ジュゼンネ達が何で嫌われているのかは、わからないが違う人間が話せなば聞いてもらえるかもしれない・・。

ジュゼンネは、アルテミスの言葉を聞いて悩んでいる様に見えた。

一緒に聞いていたアースは、まだ首を振っている。


「そうか・・そうかもしれん・・お前たちの言葉であれば・・・聞いてもらえるかもしれんな・・・では、頼む。」

そういって、手紙を出してきた。

「・・・これは?」

「病に伏している者たちの病状を詳しく書いたものじゃ・・何がヒントになるかわからんからここに書き溜めていたものじゃ・・アスクレピオスに説明するのに手間が省けるじゃろ。」

「はい。わかりました。」

手紙を素直に受け取る。

これが、正解なのかはわからないが・・なにかできるかもしれない。

「ははっ!これで解決じゃの?では、お茶会の続きとするかの?」

アルテミスは、何事もなかったかの様にスコーンを食べ始めた。

・・・・。

・・・・・。

俺とジュゼンネの冷ややかな目線を無視したままアルテミスは、お茶会を再開する。

アルテミスの一声で、周りの侍女たちはワイワイと話し始めた。

えつと・・・。

「ジュゼンネ様。僕たちは、貴方様の願いを聞くことに最善を尽くします。だから、僕たちをここから進ませてください。」

どうすれないいのか分からない俺に代わって、アースが代弁してくれた。

そうだ・・このお茶会から出ないと・・ネメアを探さないと・・。

天秤さんにも頼まれ物も渡さないといけない・・。

ジュゼンネは、アルテミスに釘を刺すように目線を投げかける。

「ふぅん・・しょうがないのぉ・・わらわの寛大な心に感謝するのがよいのぉ~。」

そう言ったアルテミスは、俺らを追い払うように手を振る。

アースと目を合わせて、素早く茂みの方に隠れる。

与えられた燕尾服を脱ぐ。

「これっ・・お前たちわしは、一旦魔女の谷に帰る。アスクレピオスに会えたのなら連絡をよこすのじゃ。アクエリアス・・お前の水瓶であれば連絡が出来るであろ?」

「はい。大丈夫です。魔女の谷には、行ったことがあるので!」

相手の機嫌を損ねないようなのか・・お茶会から解放された喜びからだろうか・・・アースの声は嬉しそうだ。

借りた服を畳んで、そっと後ろ歩きをしながら離れた。


スコーンの香りが匂わなくなった場所まで、俺とアースは走った。

「はぁ、はぁはぁ・・・はぁぁぁああああ!」

「はぁ・・も・・もう・・僕・・走れないよ・・・。」

もう、動けない・・。力が・・・でない。

俺よりも、体力がないであろうアースに言葉を、掛けたいのに言葉がでない・・・・。

俺たちは、黄色の雑草にうっぷして倒れるしかなかった。


「おいっ・・お前ら・・生きてるか?」

・・あぁ・・ネメアだ・・。

良かった・・どこかに行ったかと思った。

ネメアの強くて褐色の肌が安心感を与えてくれた。


んんんんんがぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!

俺と、同じく雑草の栄養になりかけていたアースの叫び声が木霊した。

あぁ・・落ち着くな・・。

これから、始まるであろう喧嘩が懐かしく思えるほど、あのお茶会は強烈だった。


「ネメア君!!!!うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

カバっ!

「もうっ!僕たちを見捨てた事はわかってるんだからね!」

「いって!・・当たり前だろ・・なんで、俺が給仕なんてしないといけねぇーんだ。」

ネメアの腰にしがみついたアースは、鼻水を垂らしながらグリグリと頭を擦り付ける。

「おいっ!辞めろ!きたねーぇ!」

「なんでだよぉ~ばぁぁぁかぁぁぁぁ!」

嫌そうな顔をしながらネメアの頭を撫でる。

きっと、ネメアも罪悪感を感じているんだろう。


「落ち着いたか・・?」

「あぁ。ありがとう。アースは・・寝てるな・・。」

「こいつは・・ガキか?」

「しょうがない・・アルテミスの隣でずっと、緊張してたはずだし・・。」

「そうか・・んじゃ行くぞ。」

「?」

「ペリオン山だ。ここから2日だと言ってたが俺たちの足ならもっと早く着くだろう。」

そういって、ネメアは、寝ているアースを背負い始めた。

「こいつは、このまま寝ててくれればもっと速く着くだろうな。」

確かに・・アースは、歩くのが嫌だと言っていたしな・・。

このまま、寝ていてもらおう。

ネメアが、持っていたリュックを背負いなおす。

走ってきた疲れが、いつの間にか消えていたからきっと、歩けるだろう。


ネメアと歩き始めて何時間経ったのか分からない。

けれど、だんだん山の近くに来たことがわかる。

白や黄色で彩られていた雑草が段々なくなってきて、この世界には似つかわしくない茶色い岩肌が見え始めてきた。

これが・・ペリオン山・・。

綺麗な色が多いこの世界で初めて俺たちの世界と同じものを見た気がする。

やっと、着いた・・初めは5日間もかかると聞いて、遠いと思った・・。

以外に近かったんだな。

やっと着いた。

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