第9話 お茶会なんて、くそくらえ。

俺は、熊を初めて見た。

森で猟師をしているベークのオヤジさんが、森で会ったら死ぬふりをしろと言っていた。

・・・?

これは?

・・・・死んだふりをすればいいのか?

オヤジさんの言葉を信じているけれども、2人は平然と構えている。

・・・。

いやっ・・・ネメアは・・ライオンの姿だ。

ライオンと・・・熊・・どっちが強いのか?


「俺に決まっているだろ。」

俺の思考を読んだネメアが、あくびをしながら答える。

そういえば・・・ここにきて会う人は皆俺の気持ちを読んでいる気がする。

・・・まぁ・・どうでもいいのだが。


「あらあらまあまあ。こんな場所でお珍しいアクエリアス様とネメア様ではございませんか?」


・・・・・。

・・・・・・・・。

熊は・・・・しゃべる生き物なのか?

知らなかった・・・。

「んん~普通はしゃべらないかなぁ~。」

「しゃべらないだろ。」

・・・しゃべらないのか。


「んん!久しぶりだねぇ~!カリスト!アルカス!こんなところで、お散歩?」

「はい。その通りですわ、アクエリアス様。息子と散歩をしているととても、良い匂いが漂ってきましたので何かしらと見に来たのですよ。」

「あっ!それはねぇ~僕たちのお昼の匂いだと思うなぁ~。」

「お前が、作ったんじゃねーだろ。」

アース達は、お互いに知り合いの様で、平然と会話をしている。

ネメアは、先の怒りが消えているようで、いつものネメアに戻っている。


「ほら、アスクル挨拶をしなさい。アクエリアス様、ネメア様とそのご友人様。こちらは、私の息子でこぐま座のアスクルです。宴の時は、まだ幼く連れていけませんでしたから・・。

こんな場所で会えたのも何かの縁ですわ。ご挨拶なさい。」

カリストさん(大きい熊の方)は、自分の後ろに隠れている息子を大きな熊手でグイグイ前に押している。

「・・・あ・・あぅ・・・あの・・こぐま座の・・・アルカスです。」

カリストの腕にしがみ付きながら、アルカスはかすかな声で囁いている。

大きいカリストにしがみ付いているせいで、アルカスは小さく可愛い動物に見えた。


「あらあら。申し訳ありませんね。緊張しているのすわ。」

「ネメア君の姿が怖いんじゃない?」

「・・・・・。」

ネメアは、無言で人間に戻る。

彼らも人型になれるのだろうか?


「あっ・・俺は、ただの人間でペルと言います。敬語でなくて大丈夫です。」

「あらあら、まあまあ。人間でいらしゃるんですね。それはまぁ・・珍しい。ところで、皆様はここで何を?」

「道を探してる。」

「迷子だよ!」

2人の声が重なる。


「誤魔化しちゃだめだよぉ~ネメア君。」

「間違ってねーだろが。」

「んん~・・正解じゃないってだけだね!それに、ネメア君がケンタウロス君を脅かすから迷子になちゃったんじゃん!」

「俺のせいじゃねぇ。あいつか勝手にビビったんだよ。」

「えぇ~言い訳だよぉ~。」

・・・始まってしまった。

まだ、2人とは数日間しか一緒にいないが、2人はよく喧嘩をする。

食事、服、ドアの開け閉め、センス、天気・・・とりあえずなんでもだけれども、俺の知っている喧嘩の分類じゃないから落ち着く。

この喧嘩があっての2人だと思う。


「あらあら。皆様はどちらに行きたいのですか?」

カリストさんの冷静な声で2人は止まるが、お互いに睨みあったままだ。

「あの・・えっと・・・医療の神様のお会いしたくて・・ペリオン山?に行きたいんですけど・・・その前にここがどこか分からなくて。」

2人の代わりに応える。

「あら・・ペリオン山ですか?ここからは、そこまで離れていませんよ?ここは、ニンフの森。妖精と女神が支配する森ですわ。ペリオン山へ行くにはここを北に向かって進まれるとよいですわ。2日と少しで着くはずですわ。」

「えぇ~2日も歩くのぉ~!僕やだぁ~。足痛い!そうだぁ~!ネメア君の背中に乗せて運んでよぉ~。」

「無理だ。2人は運べねぇ~。それに・・・なんで俺がお前を運ばなきゃならん。」

「けちけちけちけちけちけちっ!」

「うるせぇ」

「まあまあ。アクエリアス様これくらいしかお手伝い出来ませんが如何ですか?」

アースを宥めるように何処からか出してきた籠を差し出す。


「おいっ・・これは貴重なものだ。そう簡単に差し出すものじゃあねぇだろ」

「えっ!貴重なもの?なになに?」

「?」

ネメアが受け取った籠の中身を見下ろす。

はちみつ?

黄金色のテラテラした液体が透明な入れもの中で揺れている。

「?なにぃこれぇ?おいしいの?」

「アース・・はちみつを知らないのか?」

「んん~知らないぃ~僕しらないなぁ~おいしい?」

「あぁ。とても甘い。菓子やパンを作る時に使う。最も、高級品過ぎて俺は食べたことないけど・・。」

「はぁ・・こんな高級品をこいつの我儘で貰う訳にはいかねぇ・・それに、こいつはコレの価値をわかってねー。ガキに食わしてやれ。」

「ひどいぃ~!わかんないけど!食べたら分かるよぉ!」

「あらあら、ネメア様はお優しい・・・では、半分ずつということで如何でしょうか?私たちが住むこの森で取れたはちみつを是非、食べて欲しいのですわ。それに、医療の神に会いに行かれるのですわね。はちみつは、滋養強壮にも良く体に良いのですわ。どうぞ、受け取ってください。」

カリストさんの雰囲気とニコニコ笑顔で、ネメアは納得したようだ。


「お3人とも、どうぞこの森を楽しんで行って欲しいのですわ。それではお気をつけて。」

大きな手を振って、2人はまたガサガサと茂みの中に戻ってしまった。


「とりあえず、これはカバンに入れとけ。」

「カリストさん・・・いい熊でしたね。」

「「いい人ね。」な。」

「はぁ・・・とりあえず・・歩くぞ。」

「ねぇ!ねぇ!どこで食べようか?この・・はちみつ?美味しそうだね!」

「お前、味なんてわかんねぇーだろ。」

「わかるよぉ!」


先頭にネメア。

一番後ろにアース。

この順番でいいのか?

背負っているカバンが、はちみつの重さで肩にのしかかる。

そう言えば、カリストさんに驚いて森を見ていなかった。

白い木と緑の木。

葉っぱの色は、色んな形と色をしている。

落ち葉、花、森全体の匂いだって嗅いだことないものだ。

甘くて優しい匂い。

それに・・・香ばしい。

あれ・・・さっきの匂いと違うな・・。

香ばしい?神様が住む世界の森は、色々と変わるものなのか・・?

すごいな・・・。

見上げると、白い空に青い雲が見える。

あぁ・・すごい。


「ねぇねぇさっきからなんかいい匂いしなぁい?」

「・・・この、匂いは森の匂いじゃないのか・・」

「・・・・ペル君ってさ・・素直だよね・・。」

しまった・・・小さく呟いたはずが・・。

「これってぇ~・・・クッキーと紅茶の匂いかなぁ~?」

「そうじゃねーか・・こんな所で茶なんて飲んでる暇人なんて、想像できるな。」

「えぇ~?ネメア君誰かわかるのぉ~。」

「この妙に・・鼻につく匂いは・・女神の誰かだろが・・。」

「いやぁ~ん。ネメア君の変態!匂いでわかるなんてぇ~。」

ザシュッ!

前から、ネメアの長い脚が飛んできた。

アースは、笑いながら避けている。

蹴る。避ける。次は、右ストレート。あっ掠めた。

2人の攻防は、しばらく続いた。

ネメアの、回し蹴りがアースの腰らへんに当たった。

うぎゃっ!!!

アースの間抜けな声が、茂みをなぎ倒して後ろに消えていった。

「「あっ。」」

ネメアと声が重なり、少しやりすぎた感を醸し出した。

・・・。

・・・・・・。

「アース・・生きてる?」

「生きているに決まってるだろ。あいつが、こんな事でくたばる訳ないだろうが。」

・・・。

・・・・・。

アースは、なかなか戻ってこない。

俺は、少し心配になり、茂みの後ろを覗いてみる。

「おっ~いっ・・アース?大丈夫か?怪我したか?」

黄色と赤色の茂みは、意外に深くて前に進みずらい・・・。

声をかけながら進むけれども、アースからの返事がない。

ガサッ・・ガサガサガサッ・・。

やっと、茂みを抜けれた・・けど・・これは?

茂みの向こうには、沢山の女性がいた。

・・・誰だ?


「あっ!ペル君!やっと来てくれた。」

アースが、笑顔で俺の腕を掴んできたけれども。掴む力が嫌に強い。

顔を見ると目が笑っていない・・・。

(どうした?)

なんとなく、小声で話しかけてみる。

(どうしたも、こうしたもないよぉ!僕・・女神達のお茶会に突っ込んじゃたみたい!どうしようぉ!)

(?誰かにぶつかったのか?)

(ちがうよぉ~!だけど、ここで女神様達の機嫌を損ねちゃったら・・・どどどどうすればぁ!)

あのアースが、ひどく焦っている。

これは、きっとすごく不味い状況なのかもしれない。

俺にはどうすれないいのか分からず、後ろを振り返る。

あれっ・・・?

(ねぇ~!ネメア君は?何処?)

(いやっ・・俺の後ろにいたはず・・。)

(あいつ!逃げたなぁ~。)

・・・逃げたのか?


「もし・・お前たち・・もし?」

多くの女神たち・・俺から見たら物凄く綺麗なお姉さん達・・・。

きっと、大きな町でもこんなに綺麗な人達はいない。

「なに・・当たり前の事を・・ふふっ・・お前人間か?われら達は、月の女神アルテミス様の侍女じゃ・・お前たち・・われらの宴を邪魔するのかえ?」

美しい見た目とは、反してその目は、獰猛な獣の目をしていた。

俺は、体も口も固まってしまった。

「いえっ!そう言う訳じゃありません。お邪魔したみたいで申し訳ありません。・・・では、俺たちは・・・これでお邪魔しました。」

アースの様子から、ここに居る事が不味いらしいと感じたので、早々に逃げることにした。

「これっ・・お前たち。なんと、礼儀のなっていない者たちじゃ。」

「そうよ!わたくし達は、アルテミス様の侍女よ!もっと、敬意を払いなさいな!」

・・・・。

俺の選択肢は、間違えだったらしい・・。

1人、また1人と敬意がないと貶され始めた。

おおおおっ・・こんな時は、どうすればよかっただったけか・・。

なんとなく、こんな状況によく陥っていそうなアースの顔を見てみるが、どうやらアースもこういう状況は、得意ではないらしい。

俺たちは、どうすることもできず、両手を挙げるしかなかった。


「何をしておる。」

どこからか、凛とした声が場を諫めた。

「お前たち。何をしているのかの?これは、どのような状況じゃぁ?」

現れた女神は、月の女神の名に相応しかった。

流れるような銀色の髪が、白い太陽の光を反射している。

その光が、彼女自身を照らして、まるで彼女自身から光っているかのようなだ。

凛とした声が、滑らかに耳に入ってきて安心感を与えてくれた。

いやっ・・・・本当にこの感じは安心なんのか?不安が広がってきた・・。

「アルテミス様!このもの達が、わたくし達のお茶会に乱入してきたのですわ。」

「乱入?」

「いえっ違います。俺たち知らなくて、間違って入ってきてしまったんです。」

「お前!人間如きがアルテミス様の、お許しもなく発言するなんてぇ!」

咄嗟に出た言葉が、俺たちの状況を悪くしたみたいだ。

俺とした事が・・忘れてた・・怒っている相手に言葉を向けてはいけない・・それに、指も向けてはいけない・・相手の怒りを強くしてしまうからだ・・・と漁師のおっちゃん達が言ってたから・・・。

さっきまで、オロオロしていたアースの顔が、アルテミスという女神を見た瞬間いつもの笑顔に戻った。

「アルテミス様?ご無沙汰しております。アクエリアス・・いえっ・・ガニュメデスでございます。まさか、この様な森であなた様にお会いできるとは・・光栄の極みでございます。」

「・・・・お前・・ゼウス様の・・・。なぜ、ここにおる?ここは、我ら月の者の私有地だの。」

どうやら、アースとは、知り合いの様だ・・。

「さようでございますか・・私たちは、医療の神アスクレピオス様にお会いしに行く途中で、道に迷ったようなのです。」

「ガニュメデス、お前は神殿の近くに住んでおったの・・どうやって来たのだ?それに、隣のお前は・・人間だな・・・ここに立ち入るとは・・よほどの身の程知らずかの?」

「はい。私たちは、友人のケンタウロス、獅子座のネメアと行動を共にしておりました。そして、ここまで連れて来て頂きました。彼らは・・・どこに行ったのでしょうかね・・・。」

「・・・そうか・・して?お前は?」

アルテミスの銀色の瞳が、鋭く俺を睨みつける。

さっき、感じた安心感は、気のせいだった・・。

「はい。俺は・・・ペルと言います。なぜか、この世界に落ちて来てしまったようで・・。」

「・・・なるほど・・もう、良い。怪我でもしておるのか?アスクレピオスに会いに行くからには、そういうことであろう?」

「はいっ!ですから、お茶会に乱入した訳では・・・・。」

「ふっ・・・そうか。」

納得してくれているのか?

それとも、これ以上俺たち話に興味がないのか・・?

きっと、後者だ・・。

その証拠に、アルテミスは、テーブルの上の紅茶を見つめていた。

「「ではっ!」」

「では、我らのお茶会の給仕をするがよい。」

「えっ?「はっ?」」

「なに?不満か?乱入は、我らの勘違いだったようだが・・・乙女のお茶会に無粋に入り込んだ罪は、償わねばなぁ~。」

・・・・。

アルテミスの横顔は、憂い帯びたそれでいて、知性と清廉さを醸しだしていた・・・。

はずだった・・・それなのに・・・何故だ・・今、俺たちを見る女神の顔は、邪悪な色が強くなっている。

(アース・・女神って・・もっと優しいんじゃ・・。)

(まっまさかぁ~。俺たちの中じゃゼウス様の次に敵に回しちゃいけないんだよぉ~。)

(じゃあ・・どうすれば・・。)

(んん~・・女神様達が飽きるまで従うしか・・・ないかな?)

お茶会って・・もっと、楽しくて面白いものなんだと思ってた・・。

人生で、初めて参加するお茶会が、まさか、女神達のお茶会でしかも、給仕とする羽目になるとは・・・。

(お茶会なんて・・・くそくらえだ・・・。)

 

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