第8話 迷子とは子供を指す言葉じゃない。
すごい・・・。
白い空と黄色や赤色にクルクル変わる雲。
それに、見たこともない生き物が空を飛んでいる。
前を走るケンタウロスは、俺には見えない空気を蹴って走っている。
ネメアもそれに続いているけど、ケンタウロスよりも立派でフサフサな鬣が動くたびに豪華に動いている。
フサフサな鬣が顔を時々掠める。
くすぐったくて、気持ちいい。
きっと、ネメアの鬣で作った毛布はとても気持ちいいだろう。
「おいっ。俺様の鬣で毛布はつくらせねぇからな。」
鬣を堪能していたことがバレたみたいだ。
「しないさ・・・ただ、とても立派でカッコいい鬣だと。」
「ふんっ。」
ネメアの、照れたような、不機嫌になったような声が風の中に消えてく。
「ねぇ~ここからペリオン山ってどれくらいかかるのぉ?」
前から微かにだけど、アースの声が聞こえる。
「そうですね。このスピードで行けば5日以内に着くかと・・・ですが・・・あっ・・・アクエリアス様・・・その・・とても言いずらいのですが・・・。」
「んん~?なんてぇ~?聞こえないよぉ~。」
「ん?どうした。あいつらスピードを落としだした。」
「?」
さっきから、前を走っているケンタウロスが時々こっちを見て様子をうかがっている。
突然、しっかりこっち?いやっ・・ネメアを見てから水色と金色が混じった小さな島に下りっていく。
背中に乗っているアースが、笑っているのが見える。
ネメアは、とりあえずケンタウロスに着いて行って小島に降り立った。
小島に降り立ったケンタウロスは、困り顔で腕を組んでいる。
まるで、漁師のトムと魚屋のデンブリン夫婦が不漁に悩んでいる時の顔みたいだ。
「おいっどうした?道がわからなくなったのか?」
眉間に皺を寄せたネメアが、首を曲げながらケンタウロスに話しかける。
「いえっ・・ペリオン山への道のりは完璧に覚えています。ええっ・・・勿論。・・・ですが・・ミスター・・いえっ、ネメア様・・これは、とても無礼になることは、わかっております。・・でっですが・・これは本能と言いますか・・なんと申しましょうか・・。」
ケンタウロスは、とても言いにくそうにウロウロしてるし、背中に乗っているアースは笑っている。
ケンタウロスの態度に、イライラし始めたネメアの喉がグルグル言い始めた。
「早く言え。こっちには怪我人が居るんだ。お前の話に興味なんかない。」
「ええ!そうでしょうとも!わたくしの話に価値なんてありません。ですが、今から話す内容に気分を害されること無きようにお願いしたいのでございます。」
ネメアの言葉に項垂れ観念したようにケンタウロスは話し出す。
「いえっ・・すみません。そうですね・・あの・・ネメア様出来ればわたくしの前を走って頂けないでしょうか?その・・・恐ろしいのです・・。ネメア様が恐ろしい訳ではありません!ですが、貴方様から見たらわたくしは・・そのぉ・・。」
「あははははははぁ!ネメア君、もうわかっているでしょぉ?彼のために前を走ってあげてよぉ!ふふふふっ!」
「はっ・・。早くいえ。前を走るのはいいが俺は道がわからん。道は案内しろよ。」
?
どういう事だ?
アースは、笑っているし、ネメアは、呆れている。
ケンタウロスは、ネメアの顔を見ながら怯えている。
「んふふふっ!それはねぇ~本能だよ?ケンタウロスがどれだけ気高き紳士で騎士であろうと、百獣の王には勝てないからねぇ~。その王が自分を目掛けて走ってくるのが怖かったんだよねぇ~。」
「しかたがねぇ・・草食動物だしな。俺様を怖がるのは本能に忠実な証だ。」
「誠に申し訳ない・・役目は果たします故・・・。」
しょんぼりするケンタウロスの肩を叩くアースがこっちにウインクしてる。
「ほらっ行くぞ。どっちだ。」
「おいっ!どっちだ!」
大きな声で叫ぶ声が、風の音によって消えていく。
後ろから聞こえてくるはずのケンタウロスの声が聞こえない。
「ネメア・・少しスピードが速すぎるんじゃないか?」
「はぁ?あいつらが遅すぎるんだ。」
少し振り向いたけどケンタウロスの姿は小さく見えた。
「トロいなあいつら。はぁ・・ここはどこなんだ・・・。」
「2人が追い付けるように少し遅く走ってみたらどう?」
「はっ!まさか!誇り高きなんとかなんだろうが、自分の足で追いついてみろ。」
鬣から見えるネメアの顔がニヤッと笑っている。
さっきのスピードよりも速くなってきた。
目に映る景色の全てに横線が入っているように見える。
耳に入ってくる音はゴーゴーっとしか聞こえない。
「ははっ!気持ちいいな!久しぶりだ。この姿になって走るのは。」
「ネメア・・・もう少しスピードを・・・。」
俺は、ネメアの鬣にしがみ付いた。
黒いモフモフのお陰で辛うじて空気が吸えるが目は開けていられない。
「あぁ・・すまん。少し休むか。」
少し申しわけないと言わんばかりにスピードを落としてどこかに降りていく。
「ここは?」
「あぁ・・どこかの森だ。食べて少し休むか。」
「アース達は?」
「ほっとけば来るだろう。」
そういってネメアは、人間の姿に戻って持ってきた、スープやパンを広げ始めた。
・・・。
・・も・・・・・・っ・・。
もうーーーーー!!!
上を向くと、ケンタウロスの蹄の音とアースの甲高い声が合わさって落ちてくる。
「んんんんんnもぉ!!!!なんで!なんなに!早く!走るんだよぉ!!!」
アースは、プリプリ怒りながら降りてくる。
「お前らが遅いからだろうが。」
「ち~が~う~よぉ~!ネメア君が飛ばすからぁ!ケンタウロス君が疲れちゃったじゃないか!んもっお!」
ピンクの頬を膨らましながら腕を組んで仁王立ちしてみている。
実際には、仁王立ちはしてないけれどもその雰囲気を漂わせる。
「ごほっ・・ぐっ・・ふぁいじょうふです・・わたくしの事はお気になさらず・・さすが、ネメア様です。とても、お速い、わたくしでは、追いつけませんね。」
「そりゃどうも。おいっお前もスープ飲むか?」
ネメアは、人数分のスープとパンが用意され食べるように促す。
アースは、怒りながらもパンを齧っている。
「あぁ・・一緒にお食事を頂けるなんて光栄です。」
ケンタウロスは、詰まる息を整えながらスープを手に取る。
みんなが、もくもくとパンを齧っている。
ネメアが用意したパンは、鹿肉が薄くスライスしたものが入っていてとても、美味しかった。
薬草も入っているのか?爽やかな後味が、癖になりそうだ。
1人で飲んだスープは、体に染みわたって心地良かったけれども、皆で飲むスープは心に染み渡る様で満たされた気持ちになる。
美味いな・・・。
良くわからないけれど・・草木の匂いが安心感を与えてくれる。
俺が毎日寝ていた場所は、馬小屋の端・・その匂いに似たこの匂いは好きだな・・。
まさか・・・知り合って間もない人達とピクニックができるなんて・・。
「で、ここはどこ?」
・・・。
・・・・・。
・・・・・?????
アースの言葉で、ケンタウロスに視線が集まる。
3つの目線によってケンタウロスは固まっているように見える。
古びたイスの様に、ギギギっと音が鳴るんじゃないかと思うくらいケンタウロスの動きが鈍くなっていく。
・・・。
「わかんねぇーのか?」
ネメアが睨む。
「いえっ・・・その、何度もお声をかけたのですが・・風の音で聞こえなかったのかと・・・。その・・・ここは・・一体どこなのでしょうか?わたくしにも検討がつきません・・はい・・・。」
「なに?役目を果たすと言っただろうが・・。」
ネメアの不機嫌な声でケンタウロスは更に固まるのがわかる。
さっきまでの温かい空気が冷えていくのがわかった。
あぁ・・これは、叔母さん達が喧嘩した時みたいだ。
いつも、叔母さんの方が強くて怒鳴る叔母さんに対していつも叔父さんが固まっている。
「もう!ネメア君が早く走るからでしょ!ケンタウロス君も僕も止めたのに!」
「・・・・・・。」
数秒黙ったネメアが不機嫌にアースを見ている。
「わかった・・・。俺が悪かった・・・で?ここからどう進めばいい?」
ネメアの言葉で少し落ち着いたケンタウロスは、首を左右に振り森の匂いを嗅いでいる。
少し考えながら首を振る。
「やはり・・わかりません。ここは、わたくし達ケンタウロス族が入ったことのない森の様です。」
「えぇ~君たちが入ったことの無い森とかあるんだねぇ~。」
不思議そうにアースがケンタウロスを見上げている。
「ええ。女神達の私有地には、許可がないと入れませんし、その・・魔族や魔女たちの支配している地域に踏み入ることは、命とりになります。わたくし達が、戦う時は仲間のためであり違う種族と領地を争うことはありません。」
「んん~・・どうしょか?」
唇の下に指を当てて首を傾げる。
「僕たち迷子になっちゃったねぇ~。」
俺は、どうすればいいのか分からず、アースとネメアの顔を交互に見る。
アースが、クルクルと回りながら笑っている。
ぐるるるるるっ!
アースの動きに気を取られている間にネメアは、ライオンの姿に戻っていた。
いきなり地を這う様な低い声が心臓を揺らす。
「おい!お前は、案内役としてかって出たんだ!知らないから案内出来ないというのか!それに、お前が前を走れと言ったから走った。これが笑っていられることか!」
ネメアは眉間の皺が深く刻み、鋭い牙がチラチラと見え隠れしている。
全身から黒い靄が溢れてネメアを覆っている。
(やっばぁ~・・おどけすぎちゃったかなぁ~。)
(どうすれば・・?)
(どうするもなにもぉ~僕たちじゃぁネメア君には勝てないしぃ~・・・どうしよ?)
これ以上、ネメアを刺激しないように小さな声で相談するが解決に遠かった。
ネメアとケンタウロスは、お互いに睨みあったまま固まっている。
・・・・違う・・ケンタウロスが固まっている。
ガサガサっ!
ケンタウロスの後ろの茂みが突然揺れだした。
茂みの音に耳だけ向けて固まっているケンタウロスは前にも後ろにも動けない。
俺たちは、ケンタウロスを助けるべきか、茂みを見に行くべきか悩む。
どちらにしろ、この中でケンタウロスが一番危機を感じているはずだ。
ガサガサッ・・ガサッ!
「「あっ!」」
アースと声が重なる。
俺たちの声でケンタウロスが後ろを向いた、その瞬間にけたたましい声が響いて止まっていた鳥たちが逃げていく。
ぎやぁぁあああああああ!
張り詰めた空気を破る、ケンタウロスの声が俺の鼓膜を貫いた。
それと同時にケンタウロスは、高く飛び上がった。
「もぉーーー!無理でございまぁぁぁあああああああすうぅぅぅぅ!」
声を置き去りにして、ケンタウロスは逃げるように飛び去ってしまった。
俺たちは、お互い顔を見合わせた。
「んん~・・・熊だね!」
「熊だろ」
「熊だ・・・。」
ケンタウロスを驚かせたのは、俺の身長よりもはるかに高く、ネメアの腕よりも太く強そうな爪が光っている大きな熊だ。
それに、加えて小さい熊まで後ろに居る。
・・・熊の親子だ。
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