第3話:帰って来なけりゃいい

前回も記したように、父の思いつきのような行動で引っ越しを強いられた少年時代だった。

当然周りになかなか馴染めず、仲良くなったと思ったらまた転校と非常に笑えない状況が続いていた。

特に長野県北部の温泉街、山ノ内町に住んでいた時はあの女が芸者をして家計を支えていた。

父はその稼ぎを当てにして、その上で今の運転代行業に近い仕事を始めていた。

元々、車の運転が好きでたまらないという人だったのである種天職だと言えた。

しかし人を雇う余裕まではないので、電話番は私がやる羽目となった。

とはいえまだ小学校の低学年である。電話の応対といっても満足にできないことが多く、そのことで父からの叱責を受けるのがつらかった。

世間知らずの子供なりに、精一杯工夫はしてみた。なるべく優しい口調で応対するとか試行錯誤した。

すると今度はあの女に、

「お前のとこの電話番は、小さい女の子でも雇っているのかと言われた」

と、言わんでもいい嫌味を言われて自尊心を傷つけられた。本当に腹が立つ。


そもそも父親とあの女(両親なんて、口が裂けても使いたくない)の仕事の尻拭いを、なぜ私がやらねばいけないのか疑問だった。

当然私の扱いを巡って、父とあの女とのいさかいが絶えず気に入らなくなると、まだ赤子の弟を連れて実家へ帰ってしまった。

私はその時だけは、すべてから解放されたような至福の時を過ごした。

父のほうは必死だ。あの女を当てにした代行業で食えなくなれば死活問題に関わる。朝から晩まで執拗に電話をかけては、あの女に戻ってくるように促す。

そういう時の父を見るのだけは、息子ながら嫌だったがそれ以外は幸せであった。

私のために漫画を買ってくれたり、精一杯優しくしてくれた。それだけで充分だった。

父と私の二人きりで過ごしたほうが、どれだけ満ち足りた生活を送れたことか。

しかし現実は幼い私の思い通りにはいかない。後々あの女は勝ち誇ったように、

「お前の父親はあたしの実家まで迎えに来て、『頼むから帰ってきてくれ』と土下座してきたから帰ってきてやったんだ」

父親の尊厳を傷つけるようなことを、平気で小気味良さげに言ってきたものだ。

要は血の繋がった息子よりも、夫婦としての絆を選んだのだと自慢したかったのだろう。

馬鹿な女だ。そんな言動が父だけでなく、私さえも傷つけることを承知のうえで発言するのだから。

あの女に対する憎しみが年を追う毎に増していき、この世からいなくなってしまえ!と念じるほど溝が深くなっていくことも知らずに。

今でも時々、あの女が嫌味たっぷりな調子で帰ってくる夢を見る。私は未だにあの女に、精神を支配されているということか。

いつの日か、夢にも出てこなくなれば私はようやくこの軛(くびき)から逃れられるのだろう。信じるしかない。


※配信が遅れてすいません。


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