第16話 屋台散策

湖畔に並んだ多くの屋台は照明に照らされ、活気に溢れていた。

定番となるたこ焼き、カステラ、お好み焼きなどの食べ物に加え、射的にくじ引き、金魚すくい等の遊戯も多数。

年に一度の祭りということで客足も非常に多く、店を出している人はさぞかし忙しいことだろう。現にどの屋台も客で列を作っている。


「懐かしいな、この感じ」

「でも、子供の時に感じるものとは大分違うけどね」

「それだけ成長したってことだろう」


湊と懐かしみながら、買ってもらったのであろう仮面を後頭部に装着して走り去る子供を流し見た。


「小さい頃は、どの屋台でお金を使おうかわくわくしながら歩いていたっけな」

「勝手に先行って父さんたちに叱られて」

「何処か行くときは二人一緒にだったね」


溢れてくる思い出を二人で語っていると、完全に蚊帳の外だった花蓮と優菜が何かを見つけたようで、僕らから離れる。


「ちょっとかき氷買ってくるね。いる?」

「いや、いらない。あれ嫌いだし」

「僕も」

「えぇー勿体ないなぁ。いこ、優菜ちゃん」

「う、うん……」


歩いて行った二人の向かった先にあったかき氷の屋台は、先ほどまでできていた列はなくなっており、二、三人待てば買うことができる程度だった。

これならすぐに戻ってくるだろう。


「この歳になって考えたら、原価のことを考えちゃってとても買えないよな。屋台の食い物って」

「そうかもね。でも、普通にコンビニで買うより美味しく感じるのはどうしてかな」

「雰囲気とかもあるんだろう。だから、ついつい買っちまう」

「かもね」


道行く人を見ればわかる。

皆片手に何か食べ物なり飲み物を持っているのだ。普段買わないようなものでさえ、祭りだからという理由だけでついつい買ってしまう。

浮ついた空気と上がったテンションが合わさると、金使いが荒くなる……というのは言いがかりか。本人が楽しんでいるのなら、それでいいのだから。


「そういえば、花蓮に驕ったりしないんだね。カップルが二人でいるときは男が全部出すのが普通って聞いたことあるけど」

「花蓮がそんなこと許すわけないだろ。何を言っても割勘だって言い張る。俺も男が全部出すっていうのはおかしな理論だと思うからなー。花蓮がまともでよかったよ」

「あー、まぁ、そうだね」


花蓮はしっかりとした男女平等主義者。

女だから、男だから、こんな言い分が全く通じない。故に男が多く払う、全て払う、という考え方も嫌っているのだろう。

何とも花蓮らしい。


「お待たせ」


それから少しして、かき氷を片手に二人が戻ってきた。

プラスチックの容器に入った透明なかき氷の上には、カラフルなシロップが掛けられている。

花蓮はブルーハワイ、優菜は……苺のようだ。


「湊と春斗君は何か買わないの?」

「そうだなぁ。二人が買ってると、俺も何か買いたくなってきたけど……この辺には特に目ぼしいものはないな」

「そうだね。でもまだまだ店はあるし、歩きながら考えよう」


再び僕らは先を進む。

携帯で時間を確認すれば、既に午後七時程。道行く人が少なくなっているように感じるのは、早くから場所取りに走った人がそれなりにいるからか。

この程度なら手を繋いでいなくてもはぐれることはない。

四人で固まって歩いていれば、大丈夫だろう。

と。


「よっと」


僕は道端に捨てられていたプラスチックの容器を拾い上げ、この日のために設けられたゴミ箱の中に捨てる。

優菜たちが持っている容器と同じものなので、恐らくあれはかき氷の容器だろう。

近くにゴミ箱が無く、邪魔になった容器を投げ捨てた、もしくは置き去りにしたというところか。

どこぞのハロウィンのように、マナーが全くなっていない。


「偉いね」


その様子を見ていた優菜が笑いながら、僕の行動を称賛した。

けれど、僕は誇るでもなく、神妙な面持ちで言う。


「今までなら見て見ぬふりをしていたかもしれないけど、流石に今の僕にあれを見捨てることはできないな」

「?……あぁ、そうだね」


一度首を傾げた優菜だったが、すぐに納得して頷く。

一見すれば、ただのポイ捨てだ。マナーがなっていない不届き者がいるな、程度で終わるかもしれない。

けれど僕は、僕だけはそれをしてはいけないし、何より見つけたプラスチックを放置することもできない。

人が行うこのマナー違反の行為が、僕の身体を蝕む病の根本的な原因なのだから。

プラスチック症候群の僕は、他の人よりも積極的に拾う義務があると思っている。

今は両手に嵌められた手袋の下にある身体を、自然に意識してしまう。


「そうだね。道端に捨てるのは、後々大変なことになる。捨ててる人からすれば、そんなこと全く考えていないんだろうけど」

「悪意がなくとも、そういう行為をしている時点でダメだ。自分の行為が後に誰かを殺すことになる。って考えれば、もう少し減るのかもしれないけど……所詮は他人だからね。知らない誰かのことを考える人は本当に少ない」


自分さえ良ければそれでいい。

そういう考えを持っている人は、少なからず……いや、ほぼ全ての人間が心に持ってるものだ。例えそうじゃない、と思っている人も、何十年、何百年先の人のことを考えることができるかと問われれば、頷くことはできないだろう。

それは僕も優菜も例外ではない。


「優菜のいじめだって同じだ。助けてくれる人がいなかったのは、関わらなければ自分は標的にされずに済むっていう、自分だけのことを考えていたから。そんな考えを持つ人が圧倒的に多かったから」

「でも、私は助けてくれなかったことは恨んでないよ。人を助けるのは勇気がいることだし。だから、私は春斗を尊敬してる」

「?なんでさ」


思い当たる節がなかった僕は問うと、優菜は若干呆れた様子で僕を見た。


「自殺しようとしていた私を助けてくれたのは、何処の誰ですか?」

「あぁ、そのことについては、助けるのは当たり前だと思っていたし。それに……言ってしまえば、あれも僕自身のためだからね」

「お母さんとの約束、だっけ?」

「それもあるけど、もっと根本的な──」


と、そこで僕はリンゴ飴の屋台を見つけて足を止めた。


「ちょっと買って行っていいかな?好物なんだ、あれ」

「いいよ。あ、でも花蓮たちが──」


と、その時。


『まもなく七時三十分より、打ち上げ花火を行います。ご見物されるお客様は──』


予定より三十分ほど早く、打ち上げ花火開始の放送が流れた。

同時に、人々がこぞって移動していく。

僕は先に行かせたほうがいいと思い、少し離れた場所にいた湊と花蓮に呼びかけた。


「二人共、先に行ってて!後で追いつく!」


かなり騒がしい中ではあったが、その声はきちんと聞こえていたらしく、湊からはグーサインが返ってきた。

これで一安心。居場所が分からなくなった場合は連絡を取って確認すればいいので、一旦離れることを伝えれば問題はない。


「叔父さん、リンゴ飴二つ」

「あいよ。ちょっと待ってな、すぐに作るから」


代金を渡しながら言うと、屋台の叔父さんは直ぐに作り始めた。

作り置きは全てなくなってしまっていたようで、作りたてを提供してくれるらしい。飴が固まる時間もあるのですぐには食べられないだろうけど、そう時間はかからずとも固まるだろう。


「晴斗、私は別に──」

「付き合ってよ。僕一人だけってのも寂しいしさ」

「……わかった」


言いながらお金を取り出そうとした優菜を制し、「毎度!」と言ってリンゴ飴を渡してくれた叔父さんにお礼を言い、花火を見に行く人で混雑している通りを避け、光の少ない裏道へと進んだ。


「あれ、花火を見に行くんじゃないの?」

「そうだよ。でも、湖の近くは人が多いから、僕らはこっち」


綺麗に見える場所があるんだ、と教えて歩く。

先ほど買ったリンゴ飴はすぐに冷えて固まり、舐めるとほんのり甘い。夏祭りの代名詞とも言える食べ物だろう。


「あ、美味しい。初めて食べたけど、結構好きかも」

「食べたことなかった……というか、祭り自体初めて?」

「うん。地元で小さな祭りはあったけど、そこに行くと必ずクラスの誰かがいたから、避けてた」


気まずいだろう。

自分を虐めている者たちと休み中に顔を合わせることになるのは。

しかし、ここにはその者たちはいない。いや、優菜を知っている者ですら少ない。もしいたとしても、この人混み。見つけるのは容易ではないだろう。

ここなら安心して祭りを楽しむことができるはずだ。


暗い路地を曲がり、見晴らしの良さそうな小高い丘に辿りついた。

上には、数人の人がいる程度。

所謂穴場スポットという場所と言える。

上へと続く階段を上る直前、僕は脚を止めて優菜の方へを向いた。


「ここは、この辺りでは一番の穴場スポットなんじゃないかな。最後に来たのは随分と前だけど──きっと、綺麗に見えるはずだ」


と、その時。

鼓膜を震わす大きな音共に、星の瞬く夜空に、色彩豊かな花火が一つ、咲き誇った。

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