第12話 春は出会いの季節
「珍しいね。二人が部活をさぼってこんなところに来るなんて」
二人がそれぞれ注文したメニューが机に並んだところで、僕は切り出した。
基本的には部活を休むことなく参加している二人だが、この時間に学校を出ているということは部活を休んでいるということだろう。
湊が熱い紅茶にミルクと砂糖を入れ、かき混ぜる。
「今日は部員が皆休みだったし、俺たちだけ真面目に参加する必要もないと思ってな。鍵取りにいくのも面倒くさいし」
「天文学部の部室にも行ったんだけど、二人共いなかったから。帰り道に何処かに寄ろうかって話してたら、この窓から春斗君が見えてね」
寄り道中に偶々見つけただけ、ということか。
てっきり後をつけてきたのかと疑ってしまったけれど、流石に恋愛脳の花蓮もそこまではしないらしい。
もしも本当に僕らの後をつけていたというのなら、鳥肌ものである。
「入ってみてびっくり、まさか二人でいるなんて思わなかったけど。もしかして、お邪魔したかな?」
ニマニマと口元を歪めながら僕と優菜を交互に見つめる花蓮。
僕は相変わらず涼し気な表情で流すけれど、優菜は露骨に顔を逸らして照れくさそうにしている。これでは花蓮の玩具に成り下がってしまうけれど、どうしようもない。
と、優菜は不意に「あ」と小声で呟き、二人に向かって頭を下げた。
「その、さっきは、ごめんなさい」
「「?」」
突然の謝罪に、二人は頭上に「?」を浮かべる。
何に対しての謝罪か、理解していないのだろう。流石に助け船を出すべきか、と僕は二人に捕捉した。
「教室の前で露骨に苦手アピールしちゃったことだよ」
「あー、別に気にしてないからいいって」
「人には個性があるからね。人が苦手って人もいるし、仕方ないよ」
笑って許してくれる心の広い二人に、優菜は安心したように一息ついた。
僕がどれだけ二人は優しいと言っても、交友があるわけではないので信用性に欠けたのだろう。
内心では許してもらえないんじゃないか?という不安があったに違いない。
心が軽くなっているのを理解したのだろう花蓮が悪戯めいた口調で言う。
「私はてっきり、春斗君に合法的に近づけるチャンスを作るために人見知りの振りをしていたと思ってたけど」
「ち、違います!そんな気持ちは全く、本当に、これっぽっちも──」
「あー、星巻さんだっけ?大慌てで否定すると花蓮の思う壺だから、反応しないのが一番だぞー」
「昔から人が慌てふためいている姿を見るのが好きだったもんね」
けらけらと笑う僕らは花蓮の性格を知っているので、優菜の反応は完全に求めているものだ。このままではずっと花蓮のからかい玩具として弄ばれてしまうことだろう。
しかし、それを認識しても、すぐに心を落ち着かせることができるわけではない。
仲睦まじい友人同士のような、出会ったばかりと思えないように、二人は会話を繰り広げる。
「あ、あの、あんまりからかわないでください!」
「えー、だって星巻さんの反応が可愛くて。見た目も小さいし、随分と私好みの玩具って感じだねぇ、ぐへへ」
花蓮のキャラが変わっている。
「だ、誰が玩具ですか!それに、私は別に小さくないですよ!百五十五センチあるんですから」
「私は百六十五あるけど?」
「……花蓮さんが大きいんです」
花蓮は確かに女子にしては身長が高めだ。
僕よりも少し大きく、実はこっそり気にしているところ。普段は湊と一緒に並んでいることが多いからそこまで気にならないのだけど、二人で並ぶと少しだけ見下されるわけである。
それが、ちょっと、ほんの少しだけ気になっていた。
「普通に話せるじゃん、星巻さん」
何気なく笑いながら湊が言うと、優菜は「え?」と一度やりとりを止め、「あ」と自身の変化に気が付いた。
「そういえば、そうです、ね」
「敬語もやめたら?私たち、同い年なんだし。春斗君に敬語なんて使ってないでしょ?なら、私たちにも普通に話してほしいな」
「寧ろ敬語って、凄い違和感あるしな」
友好的に接する二人に若干困惑、戸惑いながらも頷く優菜。
いい傾向だな。
小さく呟いた僕は話の輪に入る。
「ほら、言った通り、悪い子たちじゃないだろう?優菜が今まで接してきた子たちとは違うんだから、もっと人を信用してもいいんだよ」
「う、うん」
人見知り、と表現していたけれど、優菜はもっと深刻な状態……謂わば、対人恐怖症になっていたわけだ。
全ての人が自分に悪意を向けて来る。あらゆる人は自分を嫌う。
違うと自身に言い聞かせても、理解させることができない。今までの経験がその説得を拒む。受け入れることができない状態。
だからこれからは、彼女の心に巣くう病気を取り除くには、経験を積ませることが必要になってくる。
即ち、善意を向けて来る人もいるという、経験を。
「二人だけで納得しているけど、私たちには教えてくれないの?」
「なにやら訳ありだってのはわかってたけど、その詳細は知らないからな。言いたくないならそれでもいいが、一応俺たちも知りたいかな。友達として」
一連の事情を知らない二人が言う。
誤魔化すとか隠しているわけではないが、これは優菜の中の問題。あいそれと人に話していいものではないだろう。
と、意外にも優菜は自分で話す気になったらしく、僕に一度頷いてから、自身の過去や転校してきた経緯を語った。
語るのも辛いだろうし、語れば嫌でも当時の記憶が掘り返される。
それでも、自身が信じられそうだと思った人に隠し事はしたくない。それは嘘をついていることと同義だから。
その一心で、優菜は伝える。
時折言葉に詰まることも、辛そうに顔を顰めることもあったけれど、隣に座る花蓮に手を握られ、励まされながら最後まで話しきった。
「……こんな、ところかな」
「事情が重いな。予想以上に」
話を聞き終えた湊は腕を組み、神妙に唸りながら頷きを幾度となく繰り返す。
思うところはたくさんあるのだろう。
花蓮は話が終わった直後から優菜を胸に抱いて頭を撫で続けている。
謎の母性が溢れ出ていた。
「そんなに辛い環境にいたなんて……今までよく耐えてきたね」
「む、むぐ……」
口を塞がれているため苦しそうにしているけれど、今はそっとしておくことにした。僕は話を聞くのは二度目なのだが、相変わらず心が痛くなる話だった。
当事者ではないけれど、気分が重くなるのが直にわかるほど。
「これで星巻さんとお前の関係性がはっきりした」
「僕の一方的な人助けだけどね。一緒の部活に入ってもらったのも、それが理由だよ」
「生きたいって思えるようにする。それはつまり、彼女が学校生活を楽しく過ごせるようにすることに繋がるってわけか。確かに、一日の大半を過ごす場所が地獄だったら、死にたくなる気持ちもわかる。まぁ俺には花蓮がいるからそんなことにはならんが」
「さりげない惚気を入れて来るなよ」
ツッコミとして湊の脳天に手刀をお見舞いしておく。
と、花蓮がようやく優菜を解放したようだ。
「可哀想に。星巻さん……うぅん、優菜ちゃん。これからは春斗君だけじゃなくて、私たちも味方になるからね」
「あ、ありがとう……」
若干酸欠気味に笑った優菜は、ちょっと嬉しそう。こうして自身の味方をしてくれる人が増えるのは、素直に喜ばしいことだろう。
僕としても、心強い。正直僕一人だけでは力不足かもしれないと考えていたから。
「それにしても春斗君。もう少し早く私たちに言ってくれてもよかったんじゃない?」
「恋愛脳でそっち方面に話を持って行ったのは誰ですか?湊も一緒になってグルにしてさ」
「乙女は恋に機敏な年頃だからね」
「理由になってないですよ。はぁ、湊、君の彼女だろう?監督不行き届きを提出したいくらいなんだけど?」
「最高に可愛いだろ、俺の彼女」
「お前もか」
先ほどまでの重苦しい雰囲気は何処に行ったのか、花蓮と湊の怒涛の惚気話ラッシュが炸裂することになり、耐久度の減少した僕と優菜はそれぞれブラックコーヒーを追加で注文した。
出会いの春。
優菜はこの先切れることのない、僕と花蓮、湊という三人の友人と出会った。
これからの人生を大きく変える、大切な人たちと。
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