第11話 リハビリデート

「怖がるのは仕方ないけど流石に、露骨に態度に出し過ぎだよ」

「ご、ごめん……」


部室に到着した僕たちは早々に荷物をソファの上に投げ出し、向かい合って座った。座ったというよりも、僕が優菜を座らせたと言ったほうが正しい。


「相手は僕の幼馴染たちだったからいいけど、見知らぬ人だったら怒る人もいるかもしれないんだから」

「で、でも……あぁいう人たちって、ちょっと怖いんだよね……」


あはは、と隠し切れない憂鬱さを醸し出す優菜。


「明るくて、誰にでも愛想を振りまいていて、誰からも愛されているような子たちが、私にだけ冷たくてナイフみたいな鋭い目を向けるの。あの人たちとは違うってわかってはいるんだけど、どうしても、そんなことを考えちゃうんだ」

「リハビリが必要だなぁ……」


対人恐怖症とか、そういう類の話ではない。

ここ最近はかなり落ち着いて、鬱蒼とした雰囲気もなかったというのに、湊たちと顔を合わせた途端これだ。過去のトラウマが心を傷つけるどころか、深く抉り切って大事な機能を殺してしまっている。

このままでは少し、いや、今後の生活に大きな支障をきたすだろう。

いや、もう支障は出ているか。

現にこれも原因して、クラスに馴染むことができないわけなのだから。


「トラウマの克服のためには、クラスのムードメーカー的な人ともっと話す必要があるのか……」

「絶対無理だよ」

「だよねぇ……」


今の優菜にはハードルが高すぎる。

もっと低い、それこそコミュニケーションを取らずに慣らす方法は──。


「あ、そうだ」


名案を思い付いた。

反応で優菜にそう示し、僕は投げ出したばかりの荷物を肩に担いで扉へと向かった。


「優菜、早く荷物持って」

「え?どこ行くの?」


困惑する優菜。

まだ部室に来たばかりなのに、もう帰るのか?と問う彼女に首を横に振り、僕はもう今後言うことはないであろう台詞を口にした。


「ちょっとこれから、デートしようか」



まだ陽も沈んでいない時刻に学校を出て僕らがやってきたのは、駅前に店を構えるとある喫茶店。黒板にカラフルな白墨で書かれたおすすめメニューの看板には、長い名前が用いられているものも。

店内もお洒落な内装をしており、明るい照明に天井にはシーリングファンが回転。観葉植物としてオリーブの小さな木が置かれていて、如何にも若者向け。

実際、店内には学校帰りと思われる学生の姿がちらほらと見受けられた。各々が注文したメニューをスマートフォンで撮影している。


「あぁいうのって、何が面白いのかわかんないよね」


僕は少し離れた席に座っている数人の女子高生の集団から目を離し、くすりと笑って向かいの席に座る優菜に視線を戻した。

恐らくSNSに投稿するのだろうけれど、正直言ってその面白みというものがいまいち理解できない。承認欲求を満たしたいのだろうけれど、そういうのは僕には無縁のものだ。そもそもSNSもほとんどやっていないので、彼女たちがネット上に上げているようなものを目にする機会もない。


夕飯前なので食べるのはやめよう、ということで注文したキャラメルマキアートに口をつけようとしたところで、動きを中断した。


「どうしたの?」

「へ?べ、別に……」


何でもないというけれど、優菜は何処か挙動不審な様子で周囲を窺っている。

注文したカフェラテには一切手をつけようともせず、落ち着かない様子だ。本来カフェとは落ち着いてお茶を楽しむ場所なのだけれど、これでは本来の趣旨とは大きく外れている。

いや、これが僕の狙いでもあったのだけれど。


「ねぇ、何でこんなところに連れてきたの?」


おずおずと、本当に落ち着かない様子で優菜は僕に問うた。

恨めしそうに、こんなところに自分を連れて来るなんて悪意の塊でしかないと思っているのがよく理解できる。

彼女はこういった場所とは無縁の生活を送っていたのだ。それは、今までの話を聞いていればわかる。

クラスのカーストが構築され、その上位層に位置する者たちが通いそうなお洒落カフェには、優菜は絶対に来ない。

だからこそ、リハビリには最適だと僕は考えたのだ。


「クラスにもこういうお洒落なカフェとか好きな人はいるだろう?君はまず、こういう雰囲気に慣れないといけないんだ。これはそのための訓練と思ってくれていい」

「だからって、こんなところに二人で来るなんて……」

「一人だったら絶対に来ないだろう?それに、僕以外にここに来る友人がいたりするのかな?」

「いない……です、けど」


反論の余地がない、と段々言葉尻が小さくなっていく優菜。

これは自分的には厳しくて慣れない環境だけれど、これは自分のためにやっていることなのだと言い聞かせれば、何とか耐えられないことはない。

僕目線だと、周囲の女子高生たちから比べてかなり浮いているように見える。

テンションも低めで、かなり大人しそうなイメージを抱かせるのも理由となっているが、何よりも男子と二人でこういう場所に来ることに対してかなり恥ずかしがっているようだ。


顔を赤らめてカップに口をつける姿に、再び僕の中で悪戯心が動いた。

頬杖をつき、茶目っ気いっぱいの笑みを浮かべる。


「デートみたいだね」

「──ッ、けほ、けほ!」


タイミングが悪く、喉を通す寸前でそんなことを言われたため、気管に入ってしまったようだ。

予想以上に良い反応を貰えた僕は、とても満足。

対照的に、優菜の方は不服そうに机に両手をついて腰を浮かせる。


「だから!そういうことをいきなり言わないでって!」

「いきなりじゃなかったらいいの?」

「よくないよ!」


完全に遊ばれているのを自覚しているようで、無我夢中で抗議の声を上げて来る。

彼女が机を揺らすのに連動して、僕らの手元にあるカップの中に注がれた液体が水面を揺らす。これ以上激しくなると、零れてしまうのではないのか。


「ごめんって」


ここが引き時か。

僕はケラケラと笑いながら謝り、座るように促した。


「周りからの視線が痛いから、一先ず座ってよ。流石に僕も恥ずかしい」

「ぇ──っ」


僕に言われた優菜は周囲に視線を向ける。

僕も一緒にちらりと見ると、店員や一部の客が微笑ましいものを見るような目を向けていることに気がついた。

大方、仲の良いカップルだなと思われているのだろう。それくらいはわかる。

優菜の方も同じ考えに至ったようで、向けられる視線から逃れるように机に顔を伏せた。


「……春斗といると、調子が狂うよ」

「逆に現状じゃダメだと思ってるから狂わせてるんだけど?」

「それはそうなのかもしれないけどさ」


慣れるのには、まだまだ時間がかかるようだ。

そこまで大してからかっているつもりはないのだが、どうもそれは優菜にとっては堪えるらしい。しかし反応を見る限り嫌というわけではないのが肝。

陰湿ないじめのように、心にダメージを残し傷をつけるようなことではない証拠だ。

僕はティースプーンでカップの中をかき混ぜる。

その音に反応したのか、優菜がゆっくりと顔を上げて僕を見上げた。


「これ、私たちの目的とかなり離れていると思うんだけど……」

「君に生きたいって思わせるってやつ?」

「うん」


そう思うのも当然。

というよりも最近、優菜はこれで本当に希望を見つけることができるのか?と疑問にさえ思っている。いつも変わらない様子で楽しそうに自分に接してくる僕に対して、目的を忘れているんじゃないかとすら思えて来る。

けど、僕としては至って真面目にやっているつもりだ。


「例えば、今のままだとクラスに馴染めないでまた一人になるよ。今は僕がいるからまだいいかもしれないけど、いなくなった時に困るだろ」

「それは……」

「一人になった途端に死にたいって思わないように、僕以外に気の許せる人を作ることができるようにしてあげるのも必要だし。一人は寂しいし、死にたくなるから」


生きたいと思わせるだけでなく、今後のためにできることをしてあげる。

これは交わした約束じゃなく、僕の個人的な人助けの範囲に入る。

母との約束を果たすための。


「……だからって、ここに来る必要はなかったと思うけど」

「実は僕が来たかったから、ってだけだったり」


冗談交じりに言った時、こちらに近づいてくる足音が。


「放課後デート、楽しんでるみたいだねぇ」


聞き覚えのある声にそちらを向くと、少々想定外の人物が。

なんでここに?と疑問を浮かべるも、後からやってきた連れを見て納得した。

なるほど、彼女たちは本当にデートのようだ。


「折角だから、一緒してもいいかな?」

「か、花蓮、置いてくな……」


僕の幼馴染である花蓮は背後の湊に「ごめんね」と言ってから、僕に笑みを向ける。


「これはちょっと、楽しい話が聞けそうだね。春斗君」


獲物を見つけたとでもいうように目を輝かせた花蓮に、僕は別段動じることもなく、いつもの微笑みを浮かべて「だね」と返した。

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