第10話 初対面

「晴斗さ」


僕がリュックサックの中に教科書や文房具をしまい、帰りの準備をしていると、湊が肩を叩いてきた。

特に不思議に思うこともなく振り返り、首を傾げる。


「ん?」

「お前最近、あの転校生とよく一緒にいるよな」

「転校生?あぁ、優菜のこと?そういえば、あの子転校生だったね」


基本的に放課後一緒にいるので忘れていたが、優菜は今年の春にこの学校に来たばかりの生徒だった。

それがどうかした?と続けると、湊は僕の肩に腕を回し、少々イラッとするニヤつきを浮かべた。


「いやぁ、女っ気のないお前にも春が来たのかと思ってさ。あれか?まだ会ってから日も経っていないだろうし、一目惚れってやつか?」

「僕と優菜はそういう関係じゃないよ。ただの部活仲間」

「その割に名前で呼んでるんだな」

「僕は仲の良い人は名前で呼ぶけど?」


言われてみれば、と湊は納得顔を浮かべ、次いで腕を離してつまらなさそうに顔を顰めた。


「なんだ、花蓮の早とちりだったか」

「なるほど。勘違いしたのは花蓮のせいだったか。あの恋愛脳め」

「ちょっと疑ったら何でもかんでも恋沙汰にしたがるのが女の子だからな。仕方ないだろ。実際俺も、もしかしたらって思ったし」

「残念ながら僕に恋は無理だよ」


リュックサックを担いだところで、湊に変なことを吹き込んだ張本人が現れた。


「そうとも言えないんじゃないかな?」


僕らの元にやってきた花蓮は、まだ諦めるのは早いと口元に笑みを浮かべる。その表情には、何処か確信があるようにも思える。


「どういうこと?」


訝し気に腰に手を当てて僕が問う。

一体何を根拠に人の恋愛沙汰に口を挟めるのだろうか。いや、もしかしたら僕らも納得するようなものが、彼女には見えているのかもしれないが。


「まだ可能性は閉ざされていないよ。だって、春斗君が例え恋心を抱いていなくても、相手の子が抱いているかもしれないからね」

「いや、それはないと──」

「確かに!」


花蓮のことは全肯定の湊が腕を組んで大きく頷いた。

また面倒な。僕は項垂れ、長くなりそうだなと椅子に腰を下ろした。


「恋は盲目。その気持ちは本人が気づかないうちに自身の心の中で育っていき、いつかそれは大きな花となって芽吹き、自覚を生んでいく。今はまだ種のままだけど、一年もする頃には立派な花弁を咲かせるはずだよ!」


目をキラキラとしながら机の上に両手をつき、花蓮は僕にずいっと顔を近づけて来る。身体を後ろに逸らして距離を取りつつ、今の花蓮の台詞を否定した。


「勝手にあの子の気持ちを決めつけるのはよくないよ。さっきも言ったけど、僕たちはただの部活仲間だよ。確かに部員は僕ら二人だし、一緒にいる時間は必然的に多くなるかもしれないけどね。でも、そんな関係にはならないよ」

「やけに否定するね。照れ隠し?」

「事実を言っただけだよ。はぁ、本当に花蓮は恋話が好きだね」

「女の子は皆恋の話が大好きなんだよ。現に、さっきあの子のクラスを覗いてきたんだけど、やっぱり同じように話し聞かれてたし」

「……二組のこと?」

「そ」


そのことを聞いた途端、僕は心配になってきた。


「大丈夫かな。優菜、あんまりクラスに馴染めていなかったはずなんだけど……」

「あぁ、まぁなんか暗そうな雰囲気だからな。クラスの連中も近寄りがたいんだろ。美人だけど、それが逆にな」


優菜の場合、以前の学校のことがある。

教室という空間にいるだけで当時の光景がフラッシュバックしてしまうということだから、委縮してしまうのも仕方ない。

受け答えができるかどうかというよりも、心的ストレスが過多になっていないかが心配だ。


「話しかけてたのは私の友達だったし、悪い子たちじゃないから大丈夫だとは思うよ。そんな傷つけるようなことを言うような子たちじゃない」

「いや、女子って裏があるからなぁ……」

「湊、それって私のことも疑ってるの?」

「?俺は花蓮の表も裏も全部好きだから問題ないけど?」

「……もう」


また勝手に二人の空間を構築し始めた湊と花蓮に呆れつつ、僕は椅子から立ち上がって教室の扉へと足を向けた。


「いつまでもいちゃついてないで、二人も早く部室に行きなよ。僕ももう行くからさ」

「お、そうだな」


二人を連れ添って教室の扉を開き、廊下に出た──その時。


「「あ」」


僕らの話題の中心だった人物──優菜とばったり遭遇した。

普段は校内で顔を合わせることはあまりないのだけれど、今日はどうも部室に行く時間がかぶってしまったようだ。

僕も少し湊と花蓮と話しており、教室を出る時間がいつもより遅かったのが要因だろう。

僕は別段関係を隠す必要もないため、いつも通りの様子で彼女に話しかける。


「珍しいね、教室の前で会うなんて」


優菜に歩み寄りながら言うと、彼女は慌てて周囲をキョロキョロと見回し、内緒話をするように顔を寄せた。


「あ、あんまり部室以外で話すと、変な噂立っちゃうよ?」

「付き合ってるとか、そういう噂?」

「…………うん」


なんでそんなにはっきり言うんだ、と口を窄めながら肯定した優菜。

僕は別に鈍感というわけではなく、さっき湊と花蓮に同じことを聞かれたばかり……というよりも、花蓮が勝手にそんな妄想を脳内で展開しており、それを聞かされたばかりだから。

加えて、花蓮から優菜が二組の女子生徒に質問責めにされているとは聞いていた。

その後ということで、彼女が何を言いたいのかは大体察しがついていたのだ。


「別に、気にすることはないよ。周りがどう言おうと、事実は変わらないんだから」

「それはそうかもしれないけど……やっぱり、気になっちゃう」


今も、話している僕らに向けて幾人かの視線を感じる。

あの転校生と仲良さげに話しているけれど、どういう関係なんだ?そんな声が聞こえてくるのは、気のせいではない。

ここで、僕の中の悪戯心が疼いたのか、優菜に向けて満面の笑みを浮かべてこう言った。


「じゃあ、本当に付き合っちゃう?」

「ば──ッ」


途端に頬を赤らめた優菜は持っていたリュックサックで僕を殴りつける。

殴るというのも表現違いな程、弱弱しい軽い衝撃だったけれど。


「そ、そういうことは冗談でも気軽に言わないでよ!」

「ごめんて。ほら、部室行こう」


その反応に十分満足した。

飄々とする僕に歯噛みする優菜は、とても悔しそうだ。

完全に弄ばれている。幼気な乙女心をなんだと思っているんだ。そう思っているのが、誰から見てもわかるように顔に書いてあるよう。

と、優菜が歩き出すのを待っていると、一連の様子を見ていた湊と花蓮がお互いに顔を合わせて笑った。


「やっぱ、ただの部活仲間って感じじゃないよな」

「仲睦まじい、初々しい恋人同士って感じだよね」

「違──」


二人の言葉を聞いた優菜はさらに顔を紅潮させ、咄嗟に否定しようと口を開く。

が、そこで二人が自分の見知らぬ生徒だと気が付き、開いた口を閉じた。流石に、知らない生徒に声を荒げるようなことはできないから。

代わりに、視線を逸らし、少しだけ僕の方へと身体を寄せる。不安と緊張を誤魔化すように。

露骨に態度の変わった優菜に、二人は首を傾げた。


「どうしたの?」

「おい春斗。お前何かしたのか?」


何故か責任を僕に追及してきた湊に手を左右に振って否定する。


「あー、優菜はちょっと人見知りでさ。嫌に思わないでもらえると助かるよ」

「ご、ごめんなさい」


視線を逸らしながら小声で謝る優菜。

人が苦手なのは仕方ないけれど、別に彼らは害のある人というわけではないのだから、この反応は少しよくない。初対面の相手にこういった反応は、人が人なら怒らせてしまいかねないから。

幸いにも湊と花蓮は優しいので、怒ったりはしないけれども。

僕の制服の裾を引っ張る優菜は、早くこの場を離れない様子。仕方ない、と肩を竦めた僕は二人に謝り、その場を後にし部室へと向かう。


並んで廊下を歩いている時、何故か普段よりも周囲からの視線を感じたのは、恐らく気のせいではない。

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