第2話 幼馴染
僕──
七年前に家族を亡くし、祖母に引き取られて二人で暮らしていたけれど、親代わりだった祖母も二年前に他界。頼れる親戚などもおらず、天涯孤独の身となった。
普段は小さなアパートに一人暮らしをしており、そこから学校に通っている。
身長は平均くらい。
頭髪は生まれてこの方一切染めたことがなくて黒。少しだけ色素の薄い茶色の眼が他と違う程度。整った顔立ちはよく言われるけど、自分ではあんまりわからないかな。
趣味は天体観測。夜はよくベランダから星を眺めている。母の形見である銀色の腕輪を常に着用していることから、友人からは遊ぶときは陽の当たる場所で待機するように言われることが多い。理由は太陽が反射してわかりやすいから、とのことだが、絶対に関係ないと思う。
高校生で一人暮らしをしているということ以外、特に変わったことはない一般的な男子高校生だった……これまでは。
新学期が始まる四月七日。
朝の通学路を歩きながら、僕は左手に嵌めた手袋を少しだけずらす。
半透明な手には、僕が映っていた。触れると人の体温ではない、冷たさを感じる。
プラスチックに変化したこの手が、僕を普通ではなくする要因。
佐伯先生に宣告された日から、僕は一般的な男子高校生から世界的にも症例の少ない奇病──プラスチック症候群の発症者になった。
身体が有機物から無機物へ。体温を失くした部位を持ち、それでも死期まで不自由なく機能する不思議な身体になる。
今はまだ左手だけで済んでいるけれど、この先肉体のプラスチック化はどんどん進行していき、やがて全身がプラスチックに成り代わる。
そして最後は……バラバラになって砕け散る。
そんな最期を迎えることが確定している僕が残り一年の間にすべきことは、悔いを残さないこと。今日から始まる高校二年生の一年間が、僕の最後の高校生活であり、そして人生最後の一年でもある。
一先ず最初にすることは、この病気のことを必要な人に伝えること。
とはいっても、新しいクラスで登壇し、大々的に発表するというわけではない。流石にそんなことをすると、面白半分で近寄って来るような輩も出てくるだろうから。
「このことを言うのは、知る必要がある人だけにしないとな……」
手袋を元に戻しながら呟くと、不意に僕の肩が強く叩かれた。
思わず躓き、咄嗟に前に出した右足で踏み留まって振り返ると、そこには僕の見知った顔が映った。
「何が最低限だって?」
「おはよ、春斗君」
僕の眼前で並んでいるのは、幼馴染の二人。
制服のブレザー、そのネクタイを緩めて胸元を微かに開いている茶髪のイケメンは
勉強も運動もできる秀才だが、何故か美術部に所属している不思議な奴。中学まではハンドボール部に所属していたけれど、怪我が原因で辞めたらしい。
とにかく楽観的な奴で、人と話すのが上手。
高校の入学式の日、早速数人のクラスメイトと連絡先を交換するくらいコミュニケーション能力が高い。
その隣、右サイドの髪を三つ編みにしている少女は
肩甲骨まで伸びた長く艶やかな黒髪が特徴的な美しい少女で、非常に真面目な性格だ。きりっとしていて大きい目元は思わず視線が吸い寄せられてしまうことが多い。湊の肩程の身長と女の子の平均と言って差し支えない身長でも、怒ると迫力があって非常に怖い。
成績はトップ。やや運動を苦手としている節はあるものの、総合的に見てとてもハイスペックなことに間違いはない。
ちなみに湊と同じ美術部だ。絵もかなり上手だと聞いている。
そして二人は昨年、高校入学を機に付き合い始めた恋人同士でもある。
一緒に登校してきたであろう二人。
僕は今しがた肩を強く叩いてきた湊に苦言を呈した。
「湊、挨拶と一緒に肩を叩くのはやめてほしい。君、力強いんだから」
「お前が貧弱すぎるだけだろ……って、お前そんな赤い眼鏡してたっけ?」
「今年の二月からしてるよ。普段はコンタクトだったけど、ちょっと変えたんだ。あと花蓮。湊のブレーキ役は君だったはずだけど、なんで止めてくれないの?」
「別に怪我をさせようとしているわけじゃないんだから、止める必要はないでしょう?男の子なんだから、それくらいで喚かないの」
困った男子を優しく叱りつける花蓮は、何処か学級委員長のような印象を持たせる。怪我をさせるつもりはなくても、痛いんだからそれくらい止めてくれてもいいのではと考えてしまうのは間違いだろうか?
「いいじゃん、眼鏡。似合ってると思うぜ」
「それはどうも。二人はまた仲良くラブラブな登校ですか?」
「ら、ラブラブって……ちゃかさないでよ」
「いつも通りの登校だよ」
恥ずかしそうにする花蓮とは違い、湊は涼し気な顔で笑う。
心の余裕の違いというか、羞恥心の有無というか、花蓮は普段は凛々しいのだけど、湊とのことをからかわれると途端に弱気になるのだ。所謂ギャップ萌え、みたいな感じだろうか。その姿を目にすると湊が喜ぶのはもはや定番となっているため、彼はよく僕にからかうよう振って来る。
「僕はお邪魔かな?」
「邪魔だったら声かけてねぇよ。そんな哀愁漂う背中見たら、嫌でも声をかけるし」
「?そんな雰囲気だった?」
別にそこまで気落ちしていたようなことはなかったと思うのだけど。
と言うと、花蓮が一度咳ばらいをしてから頷いた。
「落ち込んでるみたいに見えたよ」
「新しいクラスのことが不安なのかと思った。安心しろよ、俺らは今年も同じクラスだ」
「別にそういうわけじゃ……って、なんで知ってるんだ?」
クラス発表は今日。今は登校中。
なのに、湊はどうしてまだクラスの名簿を見ていないのに知っているのだろうか?
僕が問うと、湊はスマホを取り出して画面を見せてきた。それはグループのトークチャットの画面で、誰かが画像を送信していた。
あぁ、そういうことか。納得した僕は頷く。
「先に名簿を見た友達が写真を送ってきたのか」
「そういうこと。俺たちは二年四組だ」
手渡されたスマホを見てみると、映し出された名簿には確かに僕の名前が。
半数以上が知らない名前だったので、どうやらまた一から友達作りをしなければならないらしい。
湊と花蓮がいるので、孤独感を感じることはないだろうけど、少し不安だ。
「俺も知らない奴結構いるから、人間関係が面倒くさそうなんだよなぁ」
「私は仲良い子が数人いるから、そこまで苦労はなさそう」
「でも、決まっているものは変えられないし、このクラスで思い出を作っていくしかないね」
僕がそんなことを言うと、二人は驚いたように目を丸くした。
「晴斗、どうしたんだ?春休み中に頭でも打ったのか?」
「いつもならもう少し愚痴を零すと思うんだけど……」
「んー、別に変ってないと思うけど。まぁ、ただ──」
二人が僕を変わったというのなら、心の持ちようだろうなぁ。
与えられた環境に文句を言っていても仕方ない。だったら、順応していくことに努める方が、良いと思う。
「少し、前向きに考えられるようになったかな」
後ろ向きな考えは、後悔を残すだけだ。
なら僕は、前向きな考えで残りの時間を生きていきたい。
残された時間は、本当に短いんだから。
「お前、マジで変なもの喰ったんじゃないだろうな?」
「もしかして、妙な薬を?」
「やってないから。二人共僕のことなんだと思ってるの?」
こんな和気藹々とした会話の中、僕らは学校へと向かって通学路を歩いていく。
新しい環境の始まりである、四月。
歩くたびに流れる風景が、何故かとても新鮮で美しいものに見えた。
あと何回、この景色を見ることができるのだろうか。
思考の端でそんなことを考えている間に、河川敷に咲く桜の木々が目に映る。
その桜の木は既に八分咲きではなく、満開に咲き誇っていた。
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