第518話「エピローグ(三者会議)(2)」

 そしてボクっ娘と元気にイチャイチャしてられたのは、通学中だけだった。

 何しろ、周りの人達が何十人も絶賛前兆夢を開始していた。

 しかも今日は、毎週の講演会の日。

 加えて言えば、前兆夢を見始めた人は、文芸部員の了承者、アナザーサークルの関係者だけど、後者は部員以外の学校関係者はもちろん、リョウさんのように学外の人が何人も含まれているらしかった。


 昼休みに臨時に鈴木副部長、タクミ、それにオレとボクっ娘で会って短く話し合ったけど、今日は前兆夢のアドバイスに時間を割こうと決めたほどの狂乱状態だ。


 当然だけど、リョウさんにも、昼にはメールでサポートを頼む旨の連絡を入れた。

 そしてタクミだけど、以前短期間『ダブル』となっていた事をカミングアウトするかもしれないとの決意を固めていた。

 でないと、色々話せないままの事があるからだ。



 そして放課後。駅近くの公民館に行くと、予想を上回る状態だった。

 早めに来たのに、既に多くの人が顔を出していた。

 当然すぐに囲まれ、口々に色んな言葉を浴びせかけられる。


 けど、人が多い理由はすぐに分かった。

 一度しか顔を見た事ない人までが前兆夢に突入していて、それを問い質しに来ていたからだ。

 どうやらボクっ娘の記憶にある、『アナザー』講演会に一度でも来た人を『世界』は掬い上げていたらしい。

 だからオレ達が予想してるより、さらに人数は多いと見られた。


 しかも同じような状態は、神々の塔に入った他の『ダブル』の記憶にある人達にも訪れている筈だ。果たして何人、いや何十人、下手をすれば100人以上が一斉に前兆夢を見始めた事だろう。

 こんな事は、幻想症候群が始まった頃以来なのではないだろうか。


 そしてその日は、オレの話よりも前兆夢のレクチャーに終始した。

 ただ、オレだけじゃなくて、鈴木副部長、タクミ、中身がボクっ娘な玲奈、それにリョウさんが分担して話してくれたので、オレ的にはむしろいつもより楽だった。


 けど例え何人前兆夢に突入していようとも、最大で5名しか前兆夢を突破できない。

 とはいえ、通常の確率が前兆夢を見るのが500人に1人、突破するのはさらにその中の5人に1人と言われるので、条件としては破格だ。それに前兆でサービスがあったのだから、突破の方でも人数サービスがありそうな雰囲気すらある。


 そして突破できれば、その時点での依り代の能力も高いと言う好条件まである。

 その上、もしかしたらオレ達がユニークを願いの数より多くもらえたように、5人以上が出現できるかもしれない。

 オレの感覚では、5人よりかなり多いと見ている。


 そんな好条件の話は伝えていないが、最終的には教えることになるだろう。

 それよりも、前兆夢の段階で外に話したりしない事が強く勧められた。前兆夢で脱落したら自分が恥ずかしいから、と言うのが表向きの理由だ。

 けれどこっちの思惑としては、任意の者の召喚を伏せておくという目的もある。




「今日は賑やかだったな」


「賑やかすぎだよ。あれが1、2週間もしたら、大半はお通夜状態で、残ってる人が遠慮気味になるって光景が目に浮かぶよー」


 講演会の帰り際、中身がボクっ娘な玲奈と二人で帰る。

 それにしてもボクっ娘は相変わらずだ。口調もシビアな視点も。


「何笑ってんのー」


「相変わらずだなって」


「じゃあ、もっと真面目な話しようか?」


「向こうで3人で話してくる事か?」


「今日はその為に入れ替わったからね」


 そう言って、オレの顔を少し斜め下から覗き込んでくる。

 横並びに歩いているので前を見ていないけど、中身がボクっ娘なので足を取られる事もないだろう。


「それで、何か伝言とかあるか? それとももう一人の天沢さんに伝言済みか?」


「もう一人の天沢さん宛ての方はね」


「じゃあ、ハルカさんに?」


「できれば3人に」


「なんだ? 大抵のことは頑張ってくるぞ」


 そう言って少し顔を前に出すと、玲奈の顔が目の前だ。

 と言っても、外見は何時ものメガネルックの天沢玲奈なので、ボクっ娘感は薄い。

 ボクっ娘も今の体は自分のものじゃないと思い直したのか、そこで顔を離して普通の姿勢に戻る。

 だから顔はどちらも正面で互いを見ていない。


「ボク的には、ハーレムエンド希望ね」


「言うことがそれかよ」


 思わず吹いてしまう。

 けどボクっ娘は、思いの外真剣な表情だ。


「それはともかく、喧嘩も意見の応酬もむしろするくらいで良いと思うけど、ちゃんとした結論を出して。最悪の結果でも、ボクは受け入れる覚悟は前からしているから」


「だから今を楽しむようにしているとか?」


 思わず口から失言に近い言葉が出てしまったけど、それにボクっ娘はニカッと笑みを浮かべる。


「ショウも、ボクの事が分かるようになってきたね。これなら少しは安心かな」


「おう、任せろ。何しろオレのハーレム作らないといけないからな」


「いや、別に良いんだけどさ、正面切って言われると、やっぱり引く」


 調子に乗った軽口は、久々にボクっ娘にドン引きされた。

 けど、ボクっ娘に発破をかけられたので、少し気が楽になった。


 それに彼女の目を見て、オレの中でも一つの踏ん切りがついた気がした。

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