第519話「エピローグ(次の旅立ち)」
「さらばだ、我が友よ。また遊びに来るがよい」
「マーレス殿下もお元気で。殿下と『帝国』に、神々のご加護が有らん事を」
「うむ。ショウと皆に、神々のご加護が有らん事を」
オレが目覚めた翌日。
別れの言葉を送ると、マーレス第二皇子は『帝国』の飛行船内へと姿を消していった。
そしてすぐにも、2隻の『帝国』の飛行船はガラパゴス諸島を後にする。
2隻の飛行船には、邪神大陸の聖地、『帝国』のある浮遊大陸、さらには『帝国』を経由してノヴァに帰る人達も乗っている。
一方残ったのは、オレ達のエルブルス号とノヴァトキオの飛行船だ。
そしてオレ達の中で帰ったのは、ハナさん一人。
「旦那さんを置いてけぼりにして来てるから」と、去り際にいつもの柔らかい口調で語った。
何しろここからノヴァは、飛行船なら約1ヶ月。それに対してオレ達の大巡礼は、最低でもあと3ヶ月はかかると見られている。
しかも未知の熱砂大陸に行く事を考えると、それ以上かかるのは確実だ。
逆にルリさんは、「うち、傷心旅行も兼ねてんねん」とあっけらかんに、このまま同行を申し出ていた。
それに「料理長おった方がエエやろ」と言われては、返す言葉もない。何しろ、もはやエルブルス号の「おかん」状態だ。
また、青いキューブの主人となったヒイロさん達のパーティーも、キューブを覚醒させるべく熱砂大陸のアルカディアを目指すので、最低でもそこまで同行予定だ。
もっとも、ヒイロさんとこの女神官さんは意外に強(したた)かで、どこかで巡礼先を刻むアミュレットをもらって、そのまま大巡礼をする気でいる。
同じ事は、ノヴァの飛行船に乗り合わせていた神官も考えているようで、しかもアミュレットは既に準備済み。物見遊山のついでに大巡礼もするそうだ。
もっともノヴァの飛行船では、乗組員の10名ほどの『ダブル』が『帝国』の船に乗って帰った。
逆に浮遊大陸の冒険者ギルド組は全員残ったので、乗組員数で見ると差し引きゼロに近い。
そして旅に同行するのはジョージさん達、いやマリアさん達も一緒だった。
「やっぱり、ハルカは長期間放っておけないものね」とはリーダーのマリアさん。ルリさん共々、もうこっちでのハルカさんの保護者状態だ。
オレにとっては凄く頼りになる彼女も、恐らくリアルでは年長の二人にかかれば世話のかかる子供に近いみたいだ。
一方、「もらった力に似合うだけの鍛錬を積みたいです」とはサキさん。何しろ最初に魔法をてんこ盛りでもらった上に、さらに属性も一つもらっている。
オレ達の一部と同様に、今回一番の恩恵があった人だ。そして真面目な性格なので、頑張らねばと奮起している。
それにシズさん、レイ博士のように優秀な魔法使いの側で勉強もしたいらしい。
熱心と言うか、真面目と言うしかない。
それに比べて男二人組は気楽だ。
「俺たちゃチームだからな」とはジョージさん。それに頷きつつも「棚ぼたで、良い物もらったしな」とはレンさんだ。
どちらも『世界」から属性をもらったが、ジョージさんは無属性、レンさんは風皇の属性をもらっていた。
そしてジョージさんのように脳筋属性が増えたのは、ノヴァの飛行船を持ち出した火竜公女、空軍元帥も同様らしかった。
「熱砂大陸は、まだ行った事御座いませんの。少年たちに便乗しない手はないでしょう」
「辺境伯と一緒だと、強いやつと戦えそうだしな」
そんな感じで、リーダー二人が久しぶりの長旅にノリノリなので、ノヴァの船も旅に同行する事を決めたという経緯がある。
なんだろう。この人達は、強い相手を求めての今回の旅なのだろうかと思ってしまう。
そしてオレ達だけど、オレ達からもう一人ノヴァに向かう者がいた。
「やっぱりボクは、一度ノヴァに行って初歩からやり直します。あっちなら、鈴木副部長もいるだろうし」
そう言って、弱気と空気読みパワー全快なタクミだ。
だから『帝国』の船が出発する直前に、首根っこ掴まえて二人になって最後の説得を試みた。
「シズさんどうするんだ?」
「いや、マジで憧れだっただけだよ」
「それで済ますのか?」
「済ますよ。少し憧れただけだってちゃんと自分で分かったから」
「じゃ、じゃあ、シズさんもオレがもらうぞ」
そう煽ると苦笑された。
「どもって何言ってんだよ。それとこっちのシズさんは、ショウの好きにしてくれ」
「じゃあ、本当にノヴァに行くのか?」
「うん、行く。多少回り道したし、少しチートはもらったけど、スタートラインから冒険を始めたいってのはマジだからな」
「……そっか」
タクミの言葉になんだか力が抜けて、そのまま解放してしまう。そしてグータッチを交わしてから、二人でみんなのところまで戻った。
「よう、兄弟達。話し合いは済んだか?」
「ハイ。ショウの説得は敢え無く失敗。ボクはちゃんとしたスタートラインに立つため、ノヴァに向かいます」
「そっか。じゃあ、次会うときはノヴァだな。またドロップアウトすんじゃないぞ」
「はい。皆さんもお元気で」
「こういう時は、神々のご加護が有らん事を、だろ」
「そうでした。それじゃあシズさん、それに皆さんも、神々のご加護が有らん事を」
そう言って『帝国』の船に乗ってしまった。
「あーあ、せっかく戻って来たのになあ」
先に神々の塔から離れていく『帝国』の飛行船を見つつ、思わずため息が出てしまう。
そこにオレの右肩に手を置く人がいた。
「自分らは女子ばかりだから、落胆も多少分からなくはないが、我輩で我慢するがよいぞ」
「この旅の間は、一応だけど僕もいるよ」
「ありがとう御座います。レイ博士、リョウさん。一緒にこれからの旅を楽しみましょう」
「そうであるな、と言いたいところだが、我輩誰かとの長旅などリアルでのクソつまらんかった社員旅行以来だ」
「僕は高校の修学旅行以来。でも、凄く楽しいよ。怖い時もあるけど」
二人の言葉に、隠キャ同士の同情でちょっと泣けそうになる。
それでもひと段落ついた事もあり、誰かと話すだけで何だか楽しい。
それにこれからの旅は、ジョージさん達、ヒイロさん達もいるから、男子の数はかなり多い。
近くでは女子グループも賑やかに談笑中で、少し離れてジョージさん達、ヒイロさん達もそれぞれチームで輪を作っている。
家臣のみんなはいないけど、船の点検と出港準備で忙しげに働いている筈だ。オレ達も、ひと段落したら準備を手伝わないとダメだ。
何しろこれから南太平洋の横断が待っている。
次の目的地はイースター島。こっちの世界でも、怪しい遺跡があるらしい。
そして南太平洋の島々を横断しつつ、目的地の熱砂大陸へ。
砂漠とジャングルしかない大陸の聖地の遺跡を目指す。
そのあとは太平洋の西部を北上して、太平洋の浮遊大陸へ。アメリカ人『ダブル』が一杯いるというホーライにある次の聖地を目指す。
そしてそこから東に転じて、大混乱中というチャイナを素通りしてモンゴルに当たる場所にある聖地へ。そしてインド、中東、エジプトにある聖地を順にクリアすれば、大巡礼の聖地コンプリートだ。
そうなれば、数百年ぶりの快挙達成だそうだ。
先の事は分からないけど、最低でも4ヶ月程度は退屈しない旅が待っている事だろう。
それに同行者も随分増えた。
オレにとっての旅の始まりがハルカさんと二人きりだった事を思うと、隔世の感ありって感じすらしてしまう。
「なに、エモッてるの?」
レイ博士がやって来たスミレさんに捕まって機関室へと消え、リョウさんが出発前のみんなのスケッチを始めたので、一人で周りを見ていると、女子グループというか、オレの仲間達が近づいて来た。
「いや、二人で始めた旅なのに、今まで色々あったなあって改めて思って」
「もう少し空気読んだ言葉はないの?」
ハルカさんの声が少し厳しい。
つまり今のオレの言葉は失言だ。
仲間達がいるのは勿論だけど、ボクっ娘の中が玲奈だからだとオレもすぐに気がついた。
その玲奈は、オレの空気読まない言葉を気にしていない感じだけど、何かフォローを言うべきだろう。
けれどその前に、機先を制されてしまった。
「ハルカさん厳しー。大丈夫だよね玲奈」
「は、はい?」
何を言ってるのか今ひとつ理解してないっぽい玲奈に、トモエさんが玲奈の顔を覗き込む。
ハルカさんとシズさんは苦笑気味だけど、悠里は攻撃的なジト目だ。
「せっかくみんなで、タクミ君に振られて傷心なところを慰めてあげようと思ったのに、もう良いよね」
笑い終えたトモエさんの言葉に、ハルカさんがそうだった的な表情を浮かべる。
「あ、そう言えば、最後にタクミ君とコソコソ話してたけど、何話してたの?」
「こっちの私を託されたそうだぞ」
ハルカさんの思い出し言葉を、シズさんが面白げに返す。
すると悠里のジト目が強くなる。
ハルカさんも、説明しろと言いたげな表情に変化した。
「それって、タクミ君からショウのハーレムオッケーって返事? 凄いね!」
「どうしてそうなるんですか」
爆弾発言をボールのように気軽に投げつけておいて、トモエさんがケタケタと楽しげに笑う。
「えーっ、シズがオーケーじゃないと、私もショウの、えーっと何番目?」
「5番目だな」
「の奥さんになれないでしょ」
「イスラム教の戒律すら超えるとか、頭何か湧いてんじゃね」
常磐姉妹が恐らく冗談を楽しんでるだけなのに、悠里の口撃はオレ的には理不尽だ。
けど、オレへの追求もそこまでだった。
本格的な出港準備にはいったので、みんな急かされて動かなくてはならなかったからだ。
「さあ、無駄話はここまで、出港準備しましょう。船長さん」
「了解。じゃあ、出港準備にかかろう!」
ハルカさんに急かされ、最低限の船長の任を果たす。
そして神々の塔の裾野からオレ達とノヴァの飛行船2隻が離れ、大空へと浮かび上がる。
そこで清々しく号令でもして、みんなが答えれば綺麗な新たな旅の始まりなのだろう。
けど、オレにとって、いやオレ達にとっての新たな旅立ちを決めるのは、この日の夜の話し合い次第だ。
少し生々しいけど、オレの旅と出会いが2人と共に始まったようなものなのだから、これを超えないと心が次へ進めない。
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