第517話「エピローグ(三者会議)(1)」

 オレが復帰してタクミが再び『アナザー・スカイ』へやって来た夜は、かなり遅くまで騒いだ。


 その日の小さな懸案だったタクミの今日の寝床については、宴会終了と共にジョージさんが自分の部屋に引っ張って行った。

 元が4人用の部屋なので、毛布があれば寝るには十分だからだ。

 けど、オレとハルカさんの事を気遣ってくれたのは間違い無いだろう。

 ジョージさん達もタクミも。



「で、レナは今日はオレ達と一緒に寝るのか?」


「復帰した初日に、二人の邪魔をするほど野暮じゃないよ。だからそっちは次の機会にしとく。それより、二人に相談」


 軽口の後に真剣な眼差し。

 それにハルカさんが、「何?」と気負わずに聞いてくれた。


「うん。ボク等はいつ入れ替わればいい? 向こうよりこっちで話す方が筋でしょ?」


「そうだな。てか、まずは二人で話すんじゃあ?」


「それも含めての質問」


 ボクっ娘がそう答えたので、視線をハルカさんに向ける。そして彼女の瞳は、オレとボクっ娘の間を2度交差した。


「早い方が良いわよね。明日入れ替われる?」


「いつでもいけるよ。じゃあ明日ね。それじゃあ、今夜は程々にしといてね」


 ムフフと口に右手を当てて笑いながら、船長室を後にした。

 ボクっ娘も色々思うところはあるだろうから、その辺の気持ちを誤魔化したのだろう。


「レナの気持ちに報いて、ちゃんと話し合わないとね」


「うん。けど、どうする? 二人だけ? オレも加わる?」


「それは明日、玲奈がこっちに顔だしてから考えるわ。さあ寝ましょうか」


「ああ。と言いたいけど、今の会話でちょっとテンション上がってるから、一服してからな」


「相変わらずお子様ね。ま、私もちょっと興奮してるから、付き合うわ」


 そう言って、半ば女子会の場と化している船長室内の一角へと移動する。

 その一角はミニバーになっていて、酒や保存のきくツマミやお菓子もある。またテーブルと長椅子、椅子と寛ぐにも事欠かない。



「まずは復帰おめでとう」


「もう、散々みんなに祝ってもらったけどな。けど、オレよりもハルカさんこそ、おめでとう」


 そう言って軽く杯を合わせ、夜酒を二人で軽く煽る。


「有難う。私もショウが寝ている間に散々祝ってもらったわ。けど、二人きりで祝って欲しかったんでしょう」


「まあ、多少は。けど、ハルカさんが向こうで目覚めてくれた事が何より嬉しいよ。だからそっちを二人きりで祝いたかった」


「……素直すぎて弄(いじ)りがいがないわね」


 何を言っても何か言い返されただろうから、「ご期待に沿えず悪いな」と軽く返してツマミを口に放り込む。

 そしてしばらくは、二人して無口でチビチビと飲みながら寛ぐ。



「ねえ、ショウは私が向こう、現実で誰かとお付き合いして、ゆくゆくは結婚して、家庭持って、子供作って、そうして一生終えていくの、どう考えてる?」


 しばらくの静寂の後、彼女は唐突に問いかけてきた。

 オレ達が正式に付き合い始める前に、オレに言った事を気にし続けていたんだろう。

 オレも同じ事は考えたけど、それも込みだと思っていた。


 もちろん、以前彼女がオレと玲奈の関係について言ったように、全て受け入れられる訳ではない。けれど、彼女たちが決めた以上は飲み込まないといけない事だ。

 だから、言葉の最後に強めに見つめてきた彼女に、オレも顔を向けて見つめ合う。


「お付き合いする人が出来たら、ちゃんと紹介してくれ。会って、できれば友達になるよ」


「……それで良いの?」


「むしろ、それくらいしないと安心できない。どこの誰だか分からないより、知ってる方が良い」


「そう」


 彼女は短く答えた。

 けどこの答えは、今までの彼女の、いやオレたちの前提条件に沿った答えに過ぎない。

 そしてハルカさんが現実で目を覚ましてからのオレの中には、もう一つの答えがある。

 だから答えを言った後で、彼女の目を見つめた。

 そうすると、すぐにも彼女が気づいてくれる。


「……で、本当の答えは?」


「ここで言ってしまっていいのかな?」


「もう答えを聞いたようなものだけど、玲奈に先に言うべきね」


 彼女は少し複雑そうな表情を浮かべているけど、色々な感情が渦巻いているからなのは間違いない。

 だからこそ、オレが答えるべき言葉は肯定でしかない。


「だろ」


 そんなオレの短い言葉に、彼女はかなり深いため息をつく。

 普通なら、オレ様のガラスのハートが大きく傷つくところだ。けれども、ため息の理由に察しがつくからそんな事はない。


「結局は、私が両方で彼女持てって言い出したせいよね。それに玲奈も真面目だから、ショウだけには全部負わせられないわ」


「じゃあどうする?」


「正直、今のショウの話しを聞くまで、3人で話し合えばって思ってた。どうせ、ハーレムエンドってやつでしょうから。けど、今の言葉を聞いたらね。……そうね、まずはショウと玲奈、その後私と玲奈、二人ずつで話し合いましょう」


「オレとハルカさんは?」


「私が中途半端は嫌いなの、知ってるわよね」


「うん。じゃあ、その後でオレたちはもう一回だな」


「場合によっては、玲奈も交えてね」


 ハルカさんの言葉に、オレも深く頷き返す。

 妙な関係を作ってしまった以上、最後は3人で決めるべきだろう。

 そしてそこで、ハルカさんが小さく手を叩く。


「さあ、真面目な話はこれでおしまい。飲み直しましょう。向こうじゃ飲むどころか、空っぽだった胃を徐々に慣らす為に流動食みたいなものばかりよ。売店行くのすら禁止されているの。久しぶりに、お菓子とか食べたいのに」


 わざと元気な声でグラスの杯を空ける。

 当前オレもそれに付き合う。


「とことん付き合うぞって言いたけど、徹夜はしないからな」


「今日は寝かさないわよ」


 楽しげな表情で冗談めかし、なみなみと注いでくる。

 当然こちらも応戦する。

 そうして何も考えず飲み明かし、夜は更けていった。

 たまには、こういう夜があっても良いだろう。




 いつ寝たのかも覚えていないけど、次に意識が覚醒してきたら、ちゃんとオレの部屋の天井を拝むことが出来た。

 そして体が違うので、二日酔いの心配はいらない。


 時間はほぼいつも通り。少し早めの朝なので、すぐにも『夢』の記録を行う。

 そしてそれも終わろうかと言う時、メッセージの着信を告げるスマホのコール。

 覗くと送り主はタクミだ。


《ボクらの『アナザー』サークルと文芸部のグループSNS見てみろ。祭り状態だ》


 そうして見ようとすると、続いて鈴木副部長からのメッセージ。


《月待、やったな!》


 二人には《すぐ見る》《前兆夢からの脱落は多いと思いますよ》とだけ返答。

 そして各グループを覗き込む。


(確かに祭り状態だ)


《前兆夢始まった!》《俺も》《私も》《ゴブリンと戦ったぞ》《ちょっと怖かった》《俺、無理かも》《いきなり出現じゃないんだな》《月待と同じだと、即退場だって》《ありがとう月待!》《と、そのお友達の人達》《いや、そこは天沢さんだろ》《副部長関係ないんだっけ?》《早く向こうの大地に立ってみたいな》


 合わせるとそんな言葉が溢れている。

 メッセージを追いかけられないほどだ。


(みんな朝からテンション高すぎだろ。今日の講演会は、大騒ぎかなあ)


 そうは思ったけど、とにかくいつも通り準備は済ませておく。

 そしていつも通り、玲奈と合流するべく駅に向かっているとメッセージ。

 玲奈からだ。

 何分の電車の何両目に乗ってとの事。

 オーケーの返事だけ返して、時間がギリギリになりそうなので小走りで向かう。

 そして指定された時間の車両に無事滑りこむと、いつもと少し違う雰囲気の玲奈がいた。


「よっ、おはよう、レナ」


「おはよう、ショウ君」


「オレの前で別に演技しなくても良いぞ」


 そう呼びかけると、誰にも見られないように中身がボクっ娘になっている天沢玲奈が小さく舌を出す。

 確かにボクっ娘だ。


「でもさ、演技も上手くなったでしょ。家族も全然変に思わなかったよ」


「うん。それなら一日大丈夫そうだな」


 「でしょ」と短く答えた後、ニタニタといやらしい感じの笑みを浮かべる。

 そして肘で脇まで小突いてくる。


「それで、昨日あの後どこまでいったの?」


「二人で飲んでいるうちに、多分机に突っ伏してる」


「ハァ?!」


 電車の音があっても車内に響き渡る大声で反応するも、すぐに口を塞ぎ、気弱な少女に戻る。

 けど中身がボクっ娘なので、小声でまくし立てる。


「ボクの気遣いは無駄だったの? 昨日の夜添い遂げないで、何してんの?」


「それは気が早すぎ。もう一人の天沢さんとハルカさんとの話が済んでからじゃないと、色々前には進めないって」


「そうかな? ボク的には、一線超えといた方が、むしろ話は簡単に済むと思うんだけど」


「それって、もう一人の天沢さんも、同じように考えてるのか?」


「それは分かんないけど、その辺は受け入れてるよ。どう考えても、『夢』の向こうの方が色々早いでしょ。こっちだと、結婚なんて早くても10年くらい先の事だよ」


「それはそうだけど」


「それに」


「それに?」


 そこで悪戯っぽい表情に戻る。


「ボクも順番待ちしているんだから、急いでね」


 言葉の最後は中性的な少女じゃなく、女性、女を感じさせる表情と声だった。

 少し卑怯だと思うものの、すぐに返し出来ない隠キャな自分がちょっと情けなかった。

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