第516話「エピローグ(別れの宴)(2)」
「レイ博士。今更って感じなんですけど、レイって名前に由来とかあるんですか? 確か以前は、本名に近い名前だったとか聞いたような」
「ん、んん? 昔の名などとうに捨てた。誰から聞いた? いや、シズくん辺りだろ?」
「名前自身は聞いてませんが、以前そんな話を聞いただけです。それで、何か由来でも?」
「ウム。とある創作物からのリスペクトだ」
「数字のゼロとは関係ないんですね」
「あー、リスペクトしたキャラの名前の由来に遡るとゼロ、零に行き当たるので、一応数字のゼロでも正解だな」
「けどよう、博士。そういう名前って、とっさの時に反応し辛いんじゃないのか?」
ジョージさんは、オレと同じように思っていた。
けど、レイ博士はどこかドヤ顔だ。ポーズまで決めている。
「フッ。我輩は戦闘には参加せんから、ノープロブレムだ」
「戦うのはわたくしとゴーレムで、この役立たずは作る以外能はございませんので」
綺麗なお辞儀でスミレさんが締める。
今日は『帝国』人の目もあるので、肌がほぼ隠れているクラシックメイドスタイルだ。
普段からこの格好の方が余程良いのにと、ヒシヒシ感じるシックかつ可憐な姿だ。
そしてスミレさんがそうであるように、今日はキューブな魔導器の多くが給仕をしている。
なんでも、クロ曰く「最近お役に立ててない」からだそうだけど、そんな事はない。今回はクロ達を揃えてないと入れなかったんだから、いるだけで千金の価値だ。
もっとも、トモエさんのキイロと殿下のルブルムは、みんなの周りで遊んでいるだけだ。どう見てもただの子供でしかない。
キューブそれぞれの個性なんだろうけど、こうして見ると生物とは言わないが人格とか人権的なものはあっても良さそうに思える。
航海中の暇な時にでも話してみよう。
そしてそんなクロ達を、リョウさんがちょうどスケッチしていた。
ていうか、ほとんど食べたり飲んだりせず、スケッチばかりしている。
(まあ、リョウさんは後で幾らでも話せるか)
そう思いつつも、取り敢えず近くのノヴァの飛行船の人達の方へと向かう。
ノヴァの飛行船も、今後はオレ達と共に地球を半周してノヴァに戻る旅に出るけど、その為にも一言くらい声はかけておくべきだろう。
「おう、辺境伯ではないか。楽しんでおるか?」
最初に鉢合わせしたのは空軍元帥。
赤ら顔で酒とツマミを両手に持っていると、立ち飲み屋で一杯ひっかけているオッサンだ。
他の二人も似たような雰囲気で、オッサンの飲み会みたいだ。けど空軍元帥共々、歴戦の勇士なのは間違いない。
「ちょっと腹休め中です」
「若いのにいかんな。まだ体調が優れんのか?」
「いえ、絶好調ですよ」
「そうか。まあ、辺境伯は今夜寝かせてもらえんだろうから、しっかり食っとけ」
「アハハ」と誤魔化し笑いで返すけど、言ってる事と表情、そして言葉の後の馬鹿笑いが、まさにエロオヤジだ。
普段の威厳というか迫力はないので人間味はある反面、異世界らしさは台無し。ただのセクハラオヤジでしかない。
「ホラホラ、そんなオッサンの集まりに居ると染まっちゃうわよ。こっちいらっしゃい」
そう言って腕をぐっと引っ張り、わざと胸を押し付けてくるのは火竜公女さんだ。
この航海で知ったけど、この人こそ酒豪というかウワバミな人だった。現に今も、もう片方の手に体に不釣り合いなジョッキを握っているけど、顔は薄く赤い程度だ。
しかもすでに瓶を幾つも空にしている筈だ。
「ご機嫌ですね」
「ご機嫌なものですか。殿方は皆私よりお酒が弱いし、良い男は少ないし。今夜は少年を買わせて頂こうかしら」
真顔で怖い事を言う。
お付きと言うか、多分恋人なのだろう二人のイケメン竜騎士に視線を向けると、軽く相手をお願いできないか的な視線が返ってくる。
本当にこの人達も『ダブル』なんだろうかと、少し疑問に感じるくらいの忠誠心だ。
お嬢様とお付きの人の関係にしか見えない。
「オレは複数から売却済なので、勘弁して下さい」
「あら、あの堅物女一人じゃないのね。どなた? て、そりゃ全員か」
そう言ったあとに艶やかな笑い声が続く。
その後しばらく火竜公女さんの相手をしていると、向こうからマーレス第二皇子が近づてくる。
「これは男爵夫人、それに我が友ショウ。いや、エルブルス辺境伯と言うべきか」
「これはこれは、マーレス第二王子殿下からご挨拶を頂くとは、望外の厚遇痛み入ります」
すぐにもオレから離れて優雅に一礼する。
この辺りは流石だ。
「なんの。この度は、貴殿らには随分と助けられた。足を運ぶくらいわけない事。それに他国にはいない乙女の竜騎兵と知己を深めておきたいと思うのは、愚かな男心というもの。笑ってくだされ」
そんな感じでしばらく二人の話が続く。
というのも、ノヴァトキオ評議会としてこの世界の国家目線で見た場合、一番偉いのは火竜公女さんになるからだ。オレも国として見た場合は、下っ端の一人に過ぎない。
「で、今後の旅の相談か、エルブルス辺境伯よ?」
「ただの雑談、いや歓談中ってやつです。それと、この場で堅苦しい肩書きは必要ありませんよ、殿下」
「そうか、我が友よ」
ニカッと大きく歯を見せる笑みを見せ、その後しばらくマーレス殿下と火竜公女さん、空軍元帥と話した。
公的な場に近いので、マーレス殿下とは結局砕けた会話はしなかったけど、その分色々話す事もできた。
そうしてようやく解放されて、宴会場の片隅になる飛行船の壁にもたれかかる。
そこに目の前にジョッキが差し出される。
「お疲れ様」
「ありがと。まあ、気心は知れてる人達だから気疲れはないよ」
「どうだか。隠キャのくせに頑張りすぎ」
「かもな」
そう言って彼女、ハルカさんがくれたジョッキをグッと空ける。同時に彼女も、もう一つ持っていた自分のジョッキに口をつける。
「それで、一回りしてきた感想は?」
感想と言われても、単に挨拶回りしてきただけだから、これと言ってない。
ただ改めて言われて気がついた。
「二人で始めた旅も、これで一区切りだなって」
「一区切りか。ホントそうね」
そう言って二人してエモる。
視線の先では、仲間達が楽しそうに談笑している。
けど目の前の光景の半分以上は、今日限りのものだ。
そして明日からは、多少寂しくなるけど今までのようにまた違う旅が始まるのだろう。
「さあ、何時までもエモってても仕方ないわ。みんなのところに戻りましょう」
そう言って差し出された手を取り、みんなの輪の中に戻って行った。
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