第124話「祝勝会(1)」

 戦闘の後始末が終わる頃には夕食時になっていたの、オレたちも今日はこちらで一泊することにした。


 高緯度地帯の夏だから、まだまだ日も長いので飛んで帰れなくもないが、短い間とはいえ苦楽を共にした人たちとゆっくり話せる、またとない機会だからだ。



「「かんぱ〜い!!」」


 その夜の何度目かの乾杯の声が、野営地のようになっていた廃村の一角に響く。

 神殿には、すでにかなりの量の食料や酒など嗜好品も運び込まれていたので、十分宴会を開けるほどだった。


 しかも『ダブル』の中に料理のできる人、おそらくプロの料理人がいたので、オレ達に馴染み深い感じの料理がいくつも並んでいた。

 僅か一週間足らずで、隔世の感ありだ。


 そして魔物討伐もひと段落ということで、今まで禁じられていたお酒も振る舞われたこともあり、賑やかな宴会となった。

 当初10数人だったという『ダブル』の数は、すでに20人以上に増えていた。


 宴会には、この場にいる兵士たちの半数も加わっているので、50名近くがそれぞれテーブルを囲んでいる。

 ただ残念ながら、アクセルさんはここでは一番偉い人なので、最初の乾杯と挨拶回り程度に参加しただけで仕事に戻っていた。


「これだけ『ダブル』がいても、ドラゴンゾンビは強敵だったんですか? こないだは4人で倒してましたよね」


「あれ覚醒前だったし、今回のとは大違いだ。軽くランク1つ違ってたな」


「そんなに違う風には見えませんでしたけど」


 オレの言葉に、ジョージさんがシミジミと言った仕草を取る。なにやら、先輩リーマンが後輩リーマンに教えを諭す演技っぽい。


「なあ、兄弟。お前さんの強さの尺度がハルカさんだってのは聞いたけど、あんなすげー人はノヴァでも数えるほどしかいないぞ」


「その辺が、まだ今ひとつ感覚掴めてないんですよね。他のよく知ってる『ダブル』もレナだし」


「まあショウも大概だよ。まだ試用期間中とか、さっきの戦い見てたら誰も信じないぞ」


 レンさんの言う「試用期間中」とは、『ダブル』になって3か月以内の人を指す。

 こっちに出現出来てもそれぐらいまでに脱落する人も多いので、そう言われているのだ。


 本当の『ダブル』は3か月過ぎてから、と言うこともあるそうだ。

 なお、今のオレの周りには、ジョージさんとレンさんがいるだけだ。ハルカさんたち3人は、別のテーブルでマリアさんたちと女子会中だ。


 オレやハルカさんには、他の『ダブル』も興味深げな視線を向けてきているが、それ以上踏み込めない感じだ。

 レンさんの言葉も、その辺を察した方がいいと言っているのだ。


「ぶっちゃけ聞きますけど、オレの強さってどれくらいのランクだと思いますか? マジで全然掴めてなくて」


「そうだなあ。魔力総量と身体能力はAランクは確定だろ」


「ああ、身軽が信条のオレでも、あのアクロバットは出来るかどうかだ」


「どこのアニメ主人公だよって感じだからな」


 さっきの戦闘を思い浮かべながらだろう、ジョージさんがオレの肩を軽く叩きながら笑う。

 アニメ主人公という言葉には、流石に苦笑いだ。

 そうなりたいと来た頃は思っていたが、今ではそんな気持ちもほとんど持たなくなっていたから、耳に痛い言葉に思える。

 だから苦笑するしかなかった。


「剣筋も試用期間中とは思えない」


「ハルカさんは、俺が中学の頃に剣道してたおかげだろうって」


「なるほど。確かにそういうヤツもいるよな。他には、どっかで鍛えたか?」


「まあこっちでは、ハルカさんにブートキャンプされた、的な状況らしいです、オレ」


「あの人、意外に脳筋なのか?」


 コソコソ声のジョージさんは、顔の方はすましている。

 レンさんも興味深げだ。彼らと同じパーティーのマリアさんやサキさんも十分魅力的だとは思うが、ハルカさんが美人だからだろう。


「結構厳しいけど、ついていけないほどじゃなかったですよ。それに魔法もすごく勉強しているみたいだから、全然脳筋じゃないと思います」


「俺もリアルは脳筋体育会系だったけど、ショウも同じ雰囲気感じるよ。だからブートキャンプにもついていけたんだろうな」


「俺、そういうのは苦手」


「その割には、弓は頑張ってるじゃん」


「当たり前だろ。パーティーに付いてく為だったら、な」


 つまりレンさんは、マリアさんかサキさんに惚れているか、すでに付き合っているのだろう。

 男女比2対2だと、ダブルカップルなのかもと邪推してしまう。

 そんな風に思っていたのが、顔に出ていたようだ。

 ジョージさんが、いい笑顔でガッツリと肩を抱いてきた。


「なあ兄弟、オレたちのこっ恥ずかしい話を披露しても構わないと、お兄さんは思わなくもないが、兄弟の事も教えてくれたらスラスラ喋ってしまうんだがな」


「こういう時は、飲み比べで負けたらゲロするってのも定番じゃないのか?」


「それだと、負けても俺かお前の話だけになるだろ、不公平は嫌だぞ」


「なにその妙な律儀さ」


 ドラマなどの酒の席で異性に関わる話をするシーンはよく見かけるが、陰キャのオレはこういう話題は苦手なので二人の会話に完全に置いていかれてしまう。


 この2か月ほどでオレも随分陽キャに近づけたと思うが、本物には敵いそうにもない。

 そういう感情も、表情に出ていたようだ。


「大丈夫。俺もリアルじゃ陰キャな方だが、こっちじゃ関係ないからな」


「だな。俺はあえて空気読まない派だから、あっちじゃ彼女いない歴更新中だし」


「じゃあ、こっちではいるんですね」


「おっと兄弟、それ以上はお前さんの話し次第だ」


 オレのジョッキに酒を継ぎ足しつつ、グイグイとくる。

 あっちでこんなことがあったら、間違いなく逃げ出していただろう。


「逃げるの、反らすのアリですか?」


「本当に話せないことなら戦略的撤退はアリだけど、ここは押してほしいな。やっぱ、ハラ割って話せるやつの方が命預ける時に安心できるからな」


「確かに、そうですね」


 レンさんの言葉にそう答えると、興味深々の二人の顔が眼前に迫る。

 もうここまで追い込まれたら、話さないわけにはいかなさそうだ。


「あの……」


「分かってるって、他言無用だろ。絶対話さないって」


「ああ、誓おう!」


「なに串でポーズつけてるんだ、飲み屋の騎士かっての」


「テンション高いですね。えっと、好きなのはハルカさんで、もうオレから告ったけど、返事はしばらく様子見って言われます」


 「「おーっ!!」ハモった感歎の溜息こそあったが、よく言ったという二人の顔を見ると、話してよかったかもと思える。


「それもうオーケーって事だろ」


「まあ同じパーティー組んでる時点で、そうだよな」


「けど、オレがせっかちすぎて、返事もらい損ねました」


「これからも同じパーティーなら、さらに距離を詰めるのも楽勝だろ」


「それにショウとハルカさん、戦ってる時めっちゃ息合ってるしな」


 上機嫌に肯定的な言葉ばかりかけてくれるので、なんだかすっかりその気にさせられそうだ。

 しかし、二人の追撃はまだまだだった。表情がそう語っている。


「で、他の二人……いや、もう一人は?」


「レナとは気の合う友達って感覚ですね」


「ハーレムルートは開かないのか? 狐の美人とも一緒に行動するんだろ。もうラノベみたいじゃん。あ、給仕さん、お酒追加ー」


 その言葉とともに、ジョージさんがジョッキを軽く開ける。


「テンション高すぎ。ハーレムとか、超金持ちになるか解放奴隷でも囲まないと無理だろ」


「弱者にマウント取るスタイルは俺嫌いだ」


「いやいや、好き嫌いじゃないだろ」


「分かってるって、ただのネタだよ。けど、女性メンバー多いと、男は多分大変だぞ」


 そんな真面目な表情で言わないでほしい。こっちは、それを実感しつつあるところなのに。

 もう、ごまかし笑いしかでてこない。


「アハハハ、確かにオレのヒエラルキーさらに下がったかも」


「だろうなー。そういえば、あのキラキラ騎士様は?」


 アクセルさんは、やっぱり誰が見てもキラキラしているらしい。

 後で聞いたが、『ダブル』達の間では半ばニックネームになっているほどだった。


「アクセルさんは結婚してますよ」


「こっちの人ならそんなもんか。じゃ、これからも一緒に行動したりはしないのか?」


「領主さんですからね。この辺に来たら挨拶には行きますけど」


「てことは、この辺から離れるのか?」


 ジョージサンが少し意外と言いたげな表情を浮かべる。


「オレこっちのこと何も知らないから、しらばく旅に出ようかと思ってます」


「疾風の騎士が同行するなら、世界一周すらできるよな〜」


 ジョージさんがマジで羨ましそうだ。確かに、オレもボクっ娘と出会う前なら同じ気持ちだっただろう。


「ま、少年が仲間と旅をするのも、物語のお約束だよな」


「お二人も?」


「俺も最初の頃は色んなとこ回ったぞ。さすがにオクシデント限定だけどな」


「俺は言うほど世界は回ってないなあ。ノヴァ近辺のダンジョン潜ってばっかりだった」


「今のパーティーはいつ頃から?」


 オレのその言葉に、二人が同時に反応を示した。

 しかしニヤリとした笑いと苦笑の好対照だ。


「ようやく突っ込んでくれたな」


「話さないとダメか?」


「俺が話したら、半分伝わるようなもんだろ」


 「それもそうか」とレンさんも半ばあきらめ顔だ。


「事情があるなら、別に話さなくても構いませんよ」


「大丈夫。恥ずかしいだけだから」


「まあ、少年に話させて年長者が話さないわけにも、な」

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