第123話「腐龍(2)」

「というわけで、レナ、ヴァイスよろしく!」


「オーケーお客さん。二人はしがみ付いててね」


 言うが早いか、再びさっきのような進路をとる。

 その間オレは、飛び降りやすい場所に入れ替わってもらって剣を抜いて待機。そしてタイミングを見計らって、敵の頭を目標に見据えて一気に飛び降りる。

 現実では絶対出来ない事だけど、この世界のオレの体だと十分に対応してくれる。


 狙い違わず、剣をドラゴンゾンビの元気な方の頭に思いっきり突き刺し、同時にその場に着地。

 暴れるドラゴンゾンビの頭の上で、さらに力を入れて剣を押し込んでいく。

 新しい剣は、前よりずっといい切れ味だ。


 そして剣の先のドラゴンゾンビの頭の中で「ガキンっ!」という音がしたかと思うと、ドラゴンゾンビは糸が切れたように体勢を崩し、そしてその場に沈んでいく。


 ヴァイスが小さく旋回して、さらにハルカさんも胴体に飛び降りてくる時には完全に沈黙していた。

 けど、何事にも抜かりないハルカさんは、素早くドラゴンゾンビの心臓あたりに剣を2度深々と突き刺す。


 しかもどちらの攻撃でも、剣を突き刺した先から何かの魔法か剣の特殊攻撃を送り込んでいる。

 そしてそれを終えると、彼女がオレの方を向く。どこか優越顔だ。


「甘いわよ、ショウ。覚醒してるドラゴンゾンビは、頭と心臓のそれぞれの龍石を破壊するか、その周辺に致命傷を与えないと完全停止しないのよ」


「えーっ、キイテナイヨ。そんな情報」


 いやマジで。

 まあ、フォローもしてくれているからいいんだけど。


「そういえば、普通ドラゴンゾンビなんて相手にしないから言ってなかったかも。ご免なさい」


「なんか、まだまだチュートリアル足りてないかも」


「そうかもね。今度みんなも交えて、色々足りないところを教えてあげるわ」


「イエス、マム。頼むよマジで」


 そんな事を言っていると、ヴァイスが近くに力強く降り立ちつつ、ついでとばかりに周りにいた何か大きめの魔物を苦もなく踏み潰す。

 さらに、今までドラゴンゾンビと戦っていた人たちも集まりだした。


 オレたちを讃えようというのではなく、ドラゴンゾンビの周辺の魔物と戦い、そして追い詰めていたら自然とそうなってきたみたいだ。

 一旦地表に着地したヴァイスからはシズさんとボクっ娘も降りて、戦闘に加入し始めている。


「私たちも加わりましょうか」


「ああ、もう一踏ん張りみたいだな」


 その後の戦闘は、多少時間こそかかったが呆気なく終了した。

 ただハルカさんは、「光槍陣」の魔法を放った時点で「えっ?」て感じで少し固まってそのままだった。

 周辺のモンスターを一掃できたから問題もなかったが、オレは周辺の敵を掃討し終わるとハルカさんの方に駆け寄った。


「何かあったのか? 調子でも悪い?」


 その言葉に、まだ少しボーッとしていた彼女は首をゆっくりと横に振る。


「……むしろ逆。良すぎるのよ。さっきの私の魔法見た?」


「『光槍陣』か? いい感じに決まったよな」


「槍の数は数えてた?」


「ん? 何か違いがあったのか?」


 オレの質問に、彼女が顔ごと向けてきた。

 もう放心している感じはない。


「ええ、『光槍陣』は使用者の魔力総量で本数が変動するんだけど、今まで1ダースだったのが15本に増えてるのよ。よく考えたら『光槍撃』も10本に増えてたわ」


「えーっと、どういうこと? 気づかない間にレベルアップしてた、みたいな?」


「まさにそうね。ショウと模擬戦とかしてたからかも」


 少し考え事をするように言葉を口にしている。

 思い出しつつ話しているせいだろう。しかし最後の言葉は、聞き捨てならない。


「えーっ、オレのせい?」


「ああ、ごめんなさい。悪い意味じゃないの。ショウも最初の頃と違って最近成長が停滞気味だったけど、多分『魔女の亡霊』との戦いで一気に強くなってるのよ。自覚ない?」


「体は快調だけど、怪我が治ったくらいにしか思わなかった」


「飛んだり跳ねたりしても?」


「まあ調子がいいかな、ってくらいにしか。そもそもオレの強さの基準はハルカさんだし」


 オレの言葉に、彼女は「ああそうだった」的な表情をする。

 それでオレも合点が行った。


「つまり、二人して一緒に強くなってたから、ハルカさんは自分が強くなったことに気づかなかったって事か?」


「ええ。しかも、ちょっとヤバいくらいにね。多分、ショウ、あなたもよ」


「マジか。ついにチートに突入って感じ?」


「チートと喜んでいいのかしら」


 彼女が困惑げな顔をしていると、周囲に人が集まってくる。

 その前列には、シズさんとボクっ娘もいる。


「おつかれー。どうしたの? 魔力切れ?」


「そっちもお疲れ様。まあ、そんな感じよ」


「オレは無駄に元気余ってるけどな」


「ボクも暴れ足りないかなー。良いところは皆に持っていかれちゃったし」


「レナがいなかったら、そもそもこんな荒っぽい作戦無理だったんだから、我慢してくれ」


 シズさんが軽く抱きつきながらボクっ娘を慰めているが、現実世界での二人のじゃれ合いに見えて仕方ない。


 もっとも、集まってくる人たちの視線から、軽くじゃれている場合でもない感じがしてくる。

 少し騒ついているし、オレたちへの視線が少し違和感がある。

 すると少し遅れて、見知った顔がやってくる。



「ハルカー、お疲れ様。助かったわ」


「あー、マリー! 無事だったのね」


「私は後方指揮が多いから、全然元気よ。それより随分と派手な登場ね」


「そんな積もり全然なかったんだけど、ヤバそうだったから、つい」


「『つい』で、あれだけできるって、あなた達どんだけーって感じね」


 マリさんがテレビで聞くような言葉を口にしつつ、軽く肩をすくめている。

 その言葉には、ハルカさんも苦笑いするしかないようだ。


「アハハハ、そんなに派手だった?」


「私たちが総出で丸2日かけても攻略できなかったドラゴンゾンビを、ピューって飛んできてアッと言う間に仕留めちゃうんだから。見ての通り、皆ドン引きよ」


「こいつ、そんなに強キャラだったんですか?」


「そーともよ兄弟。いや、ドラゴンスレイヤー様」


 オレの間抜けな言葉に、ジョージさんが気軽な感じで声をかけてくれる。

 周りの空気をほぐそうという意図なのは、鈍感なオレにも分った。


「何も分からない状態で飛んできたら、いきなりヤバそうな状態だから無我夢中でした」


「ヤバかったのは確かだったよ。ありがとうショウ。いや、みんな」


「魔法があんまり効かないから、泣きそうでした。けど、物理系でもある光の槍は効いてましたね、流石です。それに狐さんの『炎弾乱撃』すごいですね。本当はすごく名のある方ですよね」


 レンさんとサキさんも会話に加わってくる。それで空気も解れると、群衆の中から一人のキラキラと周囲を輝やかせそうな人影が姿を見せる。


「アクセルさん!」


「やあ、ショウ。それに皆さん。ご助勢本当に感謝します。本当は戦闘加入までしていただくつもりはなかったのですが、腐龍の討伐までしていただいき、このアクセル感謝の言葉もありません」


「こちらこそ、突然乱入してしまい、皆様の足並みを乱してはいないかと冷や汗ものです」


「とんでもありません。ご助勢がなければ、我々は窮地に陥っていたでしょう」


 そう言って歩み寄ってきたアクセルさんが、オレを軽く抱いてドラゴンゾンビを倒したことを祝福してくれる。

 他の三人を抱かないのは異性への礼の仕方が違うからで、オレの後にそれぞれ手をとって自分の指にキスをする形で礼をしていく。

 こう言う姿は、本当に絵になる人だ。

 そしてそれが終わると、集まっていた『ダブル』と兵士たちをゆっくりと見渡す。


「皆、魔物討伐ご苦労。たった2日間とはいえ我々を苦しめた腐龍は、こちらの神殿巡察官のルカ殿とそのお供の方々が討ち取られた! 勝ち鬨を!」


 アクセルさんの高らかな宣言を前に、兵士だけでなく『ダブル』達も「オーッ!」とノリノリで勝ち鬨を上げている。

 なんだか気軽な気持ちで援軍に来たのに、エラいことになってしまったようで、4人とも冷や汗ものだった。



 その後、ドラゴンゾンビを中心に魔石探しなどアイテムドロップタイムに入る。と言っても、敵は魔物ばかりなので、体内の魔石が中心だ。

 そのあと、ドラゴンゾンビの腐肉を焼き払う魔法をかける。


 ここでシズさんが大活躍で、魔女が『帝国』兵を苦しめたのと似た魔法で一気に周囲を高温状態に持ち込んで、そこに次々に火炎系の魔法を注ぎ込んでいく。

 魔法には炎を使える他の魔法使いも参加したので、かなり短時間で腐肉を焼き払うことができた。


 けれどシズさんの魔法には、「ドラゾンの丸焼きだ」「マジか、『煉獄(インフェルノ)』だ」「パねーぞ、あの狐」などという囁き声がそこらじゅうから聞こえてきた。

 第四列(フォース・スペル)だし、かなりすごい魔法のようだ。


 そして最後に、ハルカさんがここの神殿の神官たちと協力して鎮魂の儀式をして処置も終わりだ。


 ドラゴンから取り出した4つの龍石は、龍玉、龍核共に攻撃の時に二つかそれ以上に割れていた。

 それでも充填型の魔石としての力は保持されていたが、小さくなった分だけそれぞれの性能は落ちている。


 また、焼き払ってもドラゴンの鱗や骨の多くは価値が損なわれていないので、売れば十分な金になる。

 しかも図体がでかいだけに、かなりの値がつきそうだった。


 そしてオレたちは、最後に手負いのボスだけ倒しに来たような感じになっているので、アイテムの分け前については最低限以外は辞退した。


 数日前にすごい金額分のお宝は手にしていたし、これ以上は受け取れないという気持ちの方が強かったからだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る