第122話「腐龍(1)」
「うおっ、でけーっ!」
「怪獣映画みたーい!」
「アレ、ドラゴンゾンビよね」
「神殿がマズそうだな」
ヴァイスの背から見える眼下の光景は、レナの言うとおり巨大生物と戦う特撮映画を思わせた。
と言っても、立ち向かうのは人だけで、深緑の戦車はないし、灰色のジェット戦闘機も飛んでいない。
むしろオレたちが戦闘機枠だろう。
そして巨大怪獣役のドラゴンゾンビが、どす黒い霧のような息を吐きながらゆっくりと進撃している。
ドラゴンゾンビの大きさは、今まで見た一番大きなドラゴンよりさらに一回り以上大きい。
それもそのはず、首が二本あり二匹がくっついたよう歪な姿になっていた。
手足も4つずつあるのだろうが、上空からはよく分からない。
けど、大まかな特徴がレナがこの辺りで散々落とした飛龍なので、墜落した2匹がゾンビ化した上に合体したのだろう。
しかもよく見ると、他の生き物も取り込んだような形跡も体のそこかしこに見える。
ドラゴンゾンビというより、異形のキメラのようだ。
2本の首のうち片方がうなだれているなど無傷ではないが、十分元気を残している暴れっぷりだ。
取り巻くように数十名の兵士とオレたちと同じ『ダブル』の冒険者が戦いを挑んでいるが、戦況は芳しくない。
戦闘跡を見る限り、かなりの時間をかけてジリジリと後退してきたようだ。ドラゴンゾンビの腐肉に触れて、枯れたような草木の帯ができている。
しかも、もう逃げることも難しい。
何しろ、数日前にオレたちがいたこの地域で、最後の稼働している神殿が彼らの背後に控えている。
その距離はもう100メートルくらいで、すでに廃村の外周で戦闘になっている。
今も眼下では、ちょうどドラゴンゾンビが毒の息を周りに吐き散らして、慌てて兵士や『ダブル』の冒険者達が範囲外に逃げていた。
そして毒の息、ポイズンブレスは、直撃しても一瞬で倒れる程ではないらしい。
なおオレたちは、朝食後に飛び立ち高度100メートルくらいの巨鷲にとっては低めの空を1時間半ほどで飛んで、一気に目的地まで進んでいた。
オレたちの予定では、神殿でアクセルさんに合流して、ハルカさんがけが人の治癒をして、場合によってはオレたちも戦闘参加するという程度にしか考えていなかった。
しかし状況は予想を大きく超えて悪く、絶体絶命一歩手前といった雰囲気だ。
オレたちというより、ヴァイスの姿を見た地上の神殿辺りから、「疾風の騎士だ!」「援軍だー!」などと歓声が上がるのが聞こえる。
つまり、オレ達の見立ては間違っていないということだ。
「めっちゃピンチだね。どうする?」
「まずは魔法の爆撃で、空からヤツを足止めしよう」
「じゃ、私も一緒に攻撃するわ」
「魔法をヴァイスの上からって、できるのか?」
「普通なら構築が簡単なマジックミサイルが精々ね。だから私とシズの体をしっかり支えておいて」
「という事だ、頼むショウ」
「り、了解」
そう答えつつ、腰に下げている荷物の中からロープを取り出す。
腕で二人を抱えるのは問題ないが、念のため命綱があったほうがいいと考えたからだ。
魔法を発動させるには精神集中が必要で、高度な魔法ほど他のことが手につかなくなる。
だから普通は空を飛びながら魔法などあまり考えられないが、巨鷲ほどの巨体となると、今回のような戦法もあるらしい。
そのことは出発前のミーティングで、今後を踏まえた念のための作戦の一つとして提案されていたが、いきなり決行とは思いもよらなかった。
「命綱を付けている暇はない。私たちの間でしっかり腕で抱えてくれればいい」
「嬉しいでしょ、美少女二人を両腕に抱けるなんて。けど、変なところ触ったら、そのまま魔法叩きつけるからね」
「り、了解。まだ死にたくないから真面目にするよ」
言いながらも、位置の変更など準備を進める。
前は巨鷲のヴァイスを操るボクっ娘が、少し開けてオレが足でしっかりヴァイスを挟み込んで体を横にひねった上で、両腕に前後に位置する二人の腰あたりを抱える。
かなりの密接度合いで、これが飛行中でなければいい匂いもしていた事だろう。
けどハルカさんは、別の意味でご不満のようだった。
「ねえ、これじゃ前というか下が見えにくいわ」
「私と変わるか?」
「それじゃシズが見えなくなるでしょ」
そこでピンときたオレは、多少の茶目っ気を込めて行動に移した。
「じゃ、これでどうだ!」
「なっ!」
「えっ!」
やや強引に二人を両脇で「お米様だっこ」した上で、一気に90度体を回してオレも前を向く。
これなら二人とも、前方視界も下方視界も良好間違いなしだ。
それにオレの今の身体能力なら、二人を抱えるくらいわけない。大きさ以外は、小型犬か猫を2匹を抱えるくらいの感覚だ。
「な、何てことするの。危ないでしょ!」
「だが問題解決だな」
それぞれの反応がちょっと面白い。
それに動じないシズさんは流石だ。
「二人ともウエスト細いからガッチリホールドできてるよ。心配するな」
「後で覚えておきなさい。それと絶対離さないでよ!」
「この見晴らしは、気分いいかも」
「……シズ、妙に馴染まないでよ」
「何してって……あっ、それ楽しそう。ボクもして欲しいかも!」
目線だけ向けてきたボクっ娘は、一瞬で目がキラキラする。
そんなに面白そうなに見えるのだろうか。
「いや、レナはヴァイスをちゃんと操っててくれ」
「了解、リョーカイ。じゃあ、そろそろ爆撃進路に入るよ。低空で少し揺れるけど、魔法よろしく!」
「はぁ。こんな格好で魔法とか前代未聞ね」
「何事も体験だ。何かこう、遊園地の絶叫マシンみたいだな」
「何を呑気な。……じゃ、まずは私が光槍を叩きつけるわね」
「ああ。こちらはすれ違いざまに炎弾の束を見舞おう」
そう言うと、一気に両脇に抱える二人の魔力が増大する。
そして1つ、また1つと魔法陣が出現して、ハルカさんは3つ、シズさんは4つ出現させる。そして待機状態に入る。
オレの両側でたくさんの魔法陣がゆっくりと回転しているのは、その魔法が破壊力を持っていると考えると精神衛生上あまり良しくない。
なんだか爆弾でも抱えている気分にさせられる。
「じゃ行くよ。10数えるから、1のところでハルカさんが、0でシズさんがやってね」
「了解」
「分かった」
そうしてボクっ娘が、すぐにもカウントダウンを始める。
高度は10から15メートルほど。巨鷲だとすぐ下が地面に思える。
攻撃の精度を上げるため少し速度を落としているが、速さは高速道路を車で走っているくらいの感じがするので、時速100キロくらいは出ているのだろう。
眼前には急速に巨大な腐ったドラゴンが迫ってくる。
カウントダウンの前に二人の魔法構築は終わっており、すでに発動タイミングを計るための待機状態だ。
そしてすぐにもゼロアワーが訪れる。
段取り通り「1」とボクっ娘が言った時点で、ハルカさんの「行け、光槍撃!」という鋭い声がすると、一気に10本の光る槍がドラゴンゾンビに殺到していく。
さらに真上に来る直前に「0!」と叫ぶと、「炎弾乱撃」というシズさんの冷静な言葉が紡がれると、沢山の小さな火球がドラゴンゾンビとその周囲に次々に叩き付けら、幾つもの爆発が生まれる。
飛び去ったオレたちの後ろからは、爆発音に混ざってドラゴンゾンビの苦悶の叫びが響いた。
そして二人をヴァイスの背に戻しつつ、オレはドラゴンゾンビの確認を行う。安定した場所に戻った二人も、同じようにドラゴンゾンビを見る。
ヴァイスは爆撃をゆっくりと右旋回して、少し高度を取っていく。
「足は止まったな」
「だが、致命傷ではないようだ」
「やっぱり飛びながらだと、思ったほど命中してないわね」
「次は、魔弾(マジックミサイル)の集中射撃をするか?」
「その手はもうやっていると思うわ。下のみんなと合流して対策立てましょう」
二人がオレを挟んで会話しているが、ようやくオレが口を挟める話題になった。
「魔法が効きにくいって事か?」
「もともと魔力量の多いドラゴンがゾンビ化してるから、魔法を防ぎやすい魔力で覆われているようなものね」
また一つ賢くなった。まあ、オレにはあんまり関係ないけど。
そしてボクっ娘も同じように考えたらしい。
「ボクらがヴァイスで押しつぶそうか?」
「敵の実力が分かるまで、その手もしない方がいいだろうな」
「じゃ、オレが一当てしてみるよ。レナ、あいつの頭の上まで低空で飛んでくれ」
オレの気軽な言葉に注目が集まる。
何考えてるんだ、という目線だ。
「ヴァイスと違って小さいオレなら、ダメでもすぐにヤツから逃げられるだろうから、いい手だと思ったんだけど……」
「ねえ、最近心臓に毛が生えてきてない?」
「勇敢と無謀を履き違えてないか?」
「ボクは、そういうの大好きだよ」
三人三様の感想を頂いてしまった。
少なくとも非常識だったようだけど、オレにはそうは思えない。
「大丈夫だって。さっきくらいの高度と速度なら、十分飛び降りられるって。ヴァイスから飛び降りるのは、前にも一回してるし」
「そう言えばそうだったわね」
ため息のようなハルカさんの言葉は少し心外だが、気にしている時間はなさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます