第3話 地底の祠(1)

 その日の夕方、5人はエリッサシティにやってきた。空襲の被害を受けたエリッサシティは焼け野原になっていた。美しい街並みは跡形もなくなくなった。中心駅のエリッサ駅には電車が散乱している。


 サラはデラクルス家のことが気になった。今頃どうしてるんだろう。空襲の被害を受けて、家はどうなったんだろう。家族はどうなったんだろう。まさか、全員死んでいたらどうしよう。


 サラはデラクルス家の前に来た。デラクルス家はがれきの山だ。サラは家族が気がかりになった。


「誰もいない」


 サラはがれきの山を見て呆然となった。みんな死んだのでは?サラは落ち込みそうになった。だが、今は落ち込んでいる場合じゃない。世界を救うまで、弱気を見せてはいけない。


 その後ろから、青年が近づいてきた。サラが兄のように慕ってきたパウロだ。


「サンドラ?」

「お兄ちゃん!」


 パウロの声にサラは反応した。振り向くと、そこにはパウロがいた。服はボロボロで、汗びっしょりだ。空襲にあって、逃げまどったと思われる。


「あれっ、あの時の?」


 バズを見た時、パウロは驚いた。あの時救ってくれた聖魔導だ。こんな所で会うとは。


「バズ? 知ってるの?」

「うん、僕が聖魔導となった時に助けたんだよ」


 バズもその顔を知っていた。ダハーカから聖魔導の力を授かったことだけでなく、パウロを救ったことも。


「うん。あの時はありがとう」


 バズは笑顔を見せた。パウロに褒められて嬉しかった。


「見ての通り、ここは焼け野原になっちゃったんだよな」

「ひどいよね」


 サラとパウロはがれきの山となった家をじっと見つめていた。


「でも、信じてるんだ。いつか、世界は平和になると」


 パウロは信じていた。白竜団の一員として、必ず世界が救われる日が来ると。


「ありがとう。王神龍を封印して、必ず世界を救ってみせるから!」


 パウロのためにも、そして、この街の人のためにも。王神龍を封印して、世界を救ってみせる。サラは改めて決意した。


「家族はどうなっちゃったの?」

「僕を残してみんな死んだんだ」


 パウロは悲しそうだ。昨日まであんなに幸せだった家庭が一瞬で奪われた。


「そんな・・・」


 サラは言葉を失った。記憶を失っていた私をここまで育ててくれたのに。こんなことで死ぬなんて。サラは信じられなかった。だがそれ以上に神龍教に対する憤りが強くなった。サラは拳を握り締めた。


「王神龍め、こんなことしやがって」

「こんなことするなんて、許せない!」


 サラは拳を握り締めた。必ず王神龍を封印して平和を取り戻す。


「サンドラ! サンドラじゃないか!」


 サラの後ろから誰かが声をかけた。サラは後ろを振り向いた。そこには小学校時代の先生がいた。先生の服はボロボロで、片足を引きずっていた。空襲でけがをしたと思われる。


「うん。でも、私、本当の名前はサラだったの」


 先生は驚いた。以前から名前のわからない養子だと知っていたが、まさかサラという名前だったとは。


「そうか。でも僕にとってはサンドラだよ」


 先生は笑顔を見せた。サンドラという呼び名になれているから、やっぱりサンドラでいいか。


「サンドラ、家が・・・、家が・・」


 少年は泣いていた。その少年はデラクルス家の隣に住む少年で、空襲で家族をみんな失った。


「空襲で全焼したの?」


 泣いている少年を見て、サラは少年の肩を叩いた。


「うん。生き残った人々はみんな市役所に集まってる。市役所はガラスが割れただけでほぼ大丈夫だったから」


 少年は市役所を見た。市役所は外観をとどめていた。ガラスは割れていたものの、焼け残った市役所だけが街の希望の光のように見える。


「もう夕方だから今日は市役所で一夜を過ごそう。みんな崩れたんだから」

「そうね」


 5人と少年は市役所に向かった。そのほかにも、市役所に向かう人が何人かいた。彼らはみんな服がボロボロで、元気がなさそうだ。身内を失ったショックで落ち込んでいた。


 5人と少年は市役所にやってきた。市役所は騒然となっていた。けがをした人がうめき声をあげている。身内を失った人が泣いていて、あるいは落ち込んでいる。とてもこの世とは思えない光景だ。


 サラは神龍教に憤りを感じた。こんなひどいことをするなんて。それでも人間か? こんなことをする奴、絶対倒してやる! そして、王神龍を封印してやる!


「ここだけ残ったのか」

「そうみたいね」


 5人は辺りを見渡した、サラは茫然としていた。もし、市役所も崩れてなかったら、彼らはどこに逃げればいいのか。サラは答えられなかった。


「サンドラ! 生きてたのか?」


 中に入ると、男が声をかけた。中学校の頃の友人、ジャッキーだ。ジャッキーの服もボロボロだ。母は助かったものの、父と祖父は死んだ。


「うん、ガーデの滝にいたの」

「あそこは人里離れた所だからね」


 ジャッキーはサンドラが無事で嬉しかった。空襲を受けた時、サンドラも死んだと思っていた。


「エリッサシティは見ての通りだ。生き残った人々はみんなここに来ている。ほとんどの人が死んじゃったよ。なんでこんなことになるんだろう。ところで、サンドラは何をしてたの?」

「世界を救う旅をしてるの」


 ジャッキーは驚いた。サンドラが世界救おうとしているなんて。ジャッキーは信じられなかった。


「そうか! あの神龍教にか?」


 ジャッキーは神龍教のことを知っていた。だが、空襲を受けるまでそんなに悪い奴だとは思わなかった。


「うん。そいつらが崇めている王神龍って悪い神を封印するために旅をしているの」


 ジャッキーは王支流のことを知らなかった。どういう宗教なのかは深く聞いたことがなかった。


「そうか。期待してるぞ」


 ジャッキーはサンドラを励ました。王神龍を封印して、またここに帰ってきてほしい。


「サンドラ姉ちゃん!」


 白いドラゴンがサラに声をかけた。小学校の後輩のリサだ。リサはドラゴンの姿で市役所に逃げてきた。


「リサじゃないの! 大丈夫だった?」

「家族みんな死んじゃったの」


 それでもリサは悲しい表情を見せなかった。家族の分も生きてみせる。


「そうか、辛かったでしょ?」

「うん。でも、前を向いて生きていかなきゃ。」


 リサは涙を見せなかった。家族の分も力強く生きていこう。リサは大きな羽をはためかせた。


「サンドラ姉ちゃんがみんなを幸せにしてやるから」

「サンドラ姉ちゃん、ありがとう!」


 サラとリサはドラゴン同士で抱き合った。


「サンドラ、サンドラか? 生きとったんか!」


 中年の男性が声をかけた。向かいの家に住むサンチェスさんだ。


「人里離れた所にいたから」

「それはよかったな。エリッサシティはこの通り。それだけじゃない、世界中の市町村は壊滅状態だ。みんな悪いドラゴンに襲われた。」


 サンチェスは街の被害状況を説明した。サンチェスはリプコットシティのことも気がかりだった。サンチェスはリプコットシティの会社に勤めていて、出勤日は毎朝電車で通勤している。空襲で交通網が完全に寸断され、鉄道も会社もどうなってしまうのか。


「そう。私、今さっきリプコットシティを上空から見たの。とても先日のリプコットシティとは思えない光景だったわ。ほとんど焼け野原で、見るも無残な姿だったの」


 サンチェスはサラから被害状況を聞いてショックを受けた。電車も会社も壊滅状態で、会社はもう廃業になるだろう。ここまで頑張ってきたのに、残念だ。


「それはそれは。あんたが住むマンションは大丈夫だったか?」

「だめ」


 サンチェスはサンドラも気の毒に思えた。サンドラも暮らす場所を失ってしまった。


「そうか。これからどうなっちゃうんだろうな」

「きっと明るい未来が来るから。希望を捨てないで!」

「わかった」


 サラは泣き崩れるサンチェスを励ました。きっと私が世界を救うから。その時まで元気でいて。


「サンドラ!」

「ギルバートさん!」


 後ろから黒いドラゴンが声をかけた。ギルバートだ。高校時代の初恋の人で、別の大学に行ったのを機に離れ離れになっていた。


「生きてたんだな」

「うん、ガーデの滝にいたから」

「そうか。見ての通り、エリッサシティはほぼ全滅だ。リプコットシティの方はどうだった?」


 ギルバートはサンドラのことが気がかりだった。サンドラはリプコットシティの大学に通っている。サンドラがリプコットシティに住んでいることを知っていた。あっちの状況が気がかりだった。


「ほぼ全部焼け野原になったわ。私の住んでるマンションも」


 サラは残念そうな表情だった。


「そうか。それにしても、神龍教が許せんな。こんなひどいことするとは」


 ギルバートは拳を握り締めていた。悪い奴らだと聞いていたが、こんなことをするとは。


「そいつら、私の母を殺したの」

「そうだったのか」


 ギルバートは驚いた。サンドラの母が殺されていたとは。


「それから、私の本当の名前はサラ。母のマーロスを王神龍の生贄に捧げられて、殺されたの」

「そうだったのか。本当の名前はサラだったのか。お母さんを殺されていたとは。なんて悲しいことに」


 ギルバートは初めてサンドラの本当の名前を知った。デラクルスさんの本当の子供ではないと知っていたが、本当の名前は知らなかった。


「でも、あの時に不思議な力が発動したの。でも、その代償で私は今までの記憶を失って、サンドラとして生きてきたの」


 サラは記憶を喪失するまでの経緯を話した。ギルバートはそれを食い入るように聞いていた。


「そうか。その不思議な力って、何なんだ?」


 ギルバートは興味津々だった。自分のようなドラゴン族にそんな力があったとは。ドラゴン族にはまだまだ知らないことがいっぱいだ。


「金色の巨大なドラゴンになれるの。そうすると、力が大幅に強くなって、どんな攻撃も受け付けなくなるの。でも、1日に1回しかそれを使えないの」

「そうなのか。あんたも苦しい境遇があったんだな」


 ギルバートはサラの今までの人生に感銘を受けた。そして、ドラゴン族の秘められた力に驚いた。


「サンドラ姉ちゃん、元気だった?」


 後ろからバジリスクが声をかけた。向かいに住むアンドレだ。近所の子供であり、自分が家庭教師を担当している子供の1人だ。アンドレはバジリスク族で、バジリスクの姿をしていた。


「うん」


 サラはアンドレを撫でた。アンドレが無事でよかった。


「あのね、お母さん死んじゃった」

「そうなの。こんなことでみんな殺されるなんて、ひどいよね」


 サラは小さなアンドレを持ち上げて、抱き締めた。


「ひどいよ! 辛いよ!」


 アンドレは泣き崩れた。アンドレは母を失った。


 サラは空を見上げた。今日も美しい星空が広がっている。でも地上に広がる星空のような夜景は見えなくなった。サラは悲しくなった。だが、今は悲しんでいる暇はない。王神龍を封印して、世界に再び光を取り戻さなければ。


「星空がきれいだね」

「うん」


 その隣では、バズも星空を見上げていた。


「お母さん、元気にしてるかな? 変わり果てたサイカビレッジを見てどう思うだろう。悲しまないでほしいな」


 バズは帰ってきたかもしれない母のことが気がかりだった。今日から強制労働させられていた人間が戻ってくる。母がもし生きているのなら、廃墟となったサイカビレッジを見てどう思うんだろう。


「そうだね」


 その時、青いドラゴンの少年が後ろからやってきた。小学校の頃の後輩のドランだ。


「サンドラ姉ちゃん」

「どうした、ドラン」


 ドランも元気がなかった。ドランには8人の兄弟姉妹と両親がいたが、みんな空襲で死んだ。大家族だったのに、これだけ多くの家族を一瞬で奪われた。ドランはとても寂しかった。昨日までのにぎやかさが嘘のようだ。


「明日、また行っちゃうの?」

「うん。世界を救うために」


 サラはドランのためにも、みんなのためにも世界を救わねばと決意していた。今は休んでいる場合ではない。休んでいたら、人間が滅びてしまう。早く王神龍を封印するための旅をしなければ。


「お姉ちゃん、頑張ってね」

「ありがとう。さて、頑張らないとね」


 サラは思った。この世界にはまだ生きている人がいる。そしてかられもまた世界が作り直されて、滅びるかもしれない。その先には、夢も希望も未来もない。そんな運命にさせてたまるものか。絶対に平和を取り戻して、彼らの未来を取り戻してみせる。

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