第2話 滝に眠る祠(8)

 突然、大きな地響きがした。この祠が崩壊するのか? それとも、大地震か? 5人は驚いた。


「な、何だ?」

「私の後ろに外に出られる魔法陣がある。乗って外の様子を見てくれ!」


 5人は魔法陣に乗った。5人は光に包まれ、祠の入り口に戻ってきた。地響きはここでもしている。更に、どこかで爆発音が聞こえる。


「わからないな。空から見てみよう」


 4人はサラの背中に乗った。サラは大きな羽をはためかせ、飛び立った。辺りではいまだに地響きが聞こえ、爆発音も聞こえる。


「あれ見て!」


 サラの声に反応して、アインガーデビレッジを見ると、村がドラゴンに襲撃されていた。神龍教のドラゴンだ。村は火の海と化し、多くの人が焼死している。とてもこの世とは思えない光景だ。


「何だありゃ?」


 サムは開いた口が塞がらない。なぜ、村がこんなことになっているのか、わからない。


「神龍教のやつらがやってんのか?」


 マルコスは拳を握り締めた。こんなひどいことがあっていいのか。これが現実なのか。マルコスは夢なのか現実なのかわからなくなっていた。


「許せない! こんな現実、許せない!」


 サラは怒りに満ちていた。サラは拳を握り締めた。


「王神龍め、絶対に許さんぞ!」


 バズも拳を握り締めた。自分が持つ聖なる力で、王神龍を封印して、世界を救ってみせる。


 空襲が収まり、5人はアインガーデビレッジに戻ってきた。村の建物はほとんど全壊していた。朝は美しい風景だったのに。戻ってきたら、まるで廃墟のようだ。


 洗脳が解けた人々もほとんどが空襲で死に、生き残った人々はみんな服がボロボロだった。


「あらっ、今さっきは洗脳を解いていただいて、ありがとうございます」


 洗脳が説かれた女なサラを見て笑顔を見せた。だが彼女は元気がなかった。家族をみんな空襲で失い、そのショックから立ち直れずにいた。


「いえいえ」

「アレックスを見つけたんですか?」

「うん」


 アレックスを見つけてやっつけたことを伝えると、女は再び笑顔を見せた。だが、家族をみんな失って、あまり喜べずにいた。


「それはよかったですね。でも喜べませんよ。悪いドラゴンに襲われまして。朝は美しかった村も今はこの有様。どう生きていけば」


 女は泣き崩れた。何もかも失った。これからどうすればいいんだろう。


「待っていて! 私たちが必ず平和を取り戻すから」


 サラは女の肩を叩いた。何とかして立ち直らせたかった。


「ならいいけど。あんな神龍教になんて。あんなに強いんだよ」

「僕たちに任せてください!」

「それじゃあ、頑張ってね」


 女は応援していた。だが、神龍教に勝つなんて、不可能だと思っていた。あんなに強い部隊を従えていて、神様がいる。そんな奴らに勝てるわけがない。


「うん。おばちゃんも、希望を捨てないで、生き抜いて!」

「わかったわ」


 サラは女の手を握った。自分には何もできないけれど、世界の平和にして再び戻ってくる。だからその日まで生き抜いて。サラは女を励ました。


「家がつぶれてもうた。これからどうすれば」


 老人は家の前で泣いていた。長年住んできた家が一瞬で焼き払われ、焼け野原になった。もう絶望しかない。これからどうすればいいんだ。


「希望を捨てないで! 私たちが世界を救うから!」


 レミーは老人を慰めた。だが老人は泣き止まない。


「ならばいいけど、家は帰ってこないんじゃぞ!」


 老人は泣き崩れた。大好きな家が失うのは、これほど悲しいものか。焼き払ったドラゴンが許せなかった。


「おかあちゃん! どこ行ったの?」


 少年が泣いている。両親が空襲で焼死した。取り残されたのは外で遊んでいた少年だけだ。


「大丈夫、お姉ちゃんが幸せにしてあげるから」


 サラは少年を慰めた。すると、少年は泣きながら笑顔を見せた。


「ありがとう。お姉ちゃん、大好きだよ」


 すると、少年はドラゴンに変身した。少年はドラゴン族だった。ドラゴンとはいえ、サラの足までしかない。とても小さい。


「かわいい」


 ドラゴンは羽ばたいて、サラの顔の所まで飛んできた。ドラゴンはサラの顔をなめ始めた。


「くすぐったい」


 サラは癒されつつ、決意を新たにした。この少年を、この笑顔を守るためにも、王神龍を封印しなければ。


「もうこの世界の終わりじゃ」


 別の老人はがれきと化した家々を見て呆然としていた。


「希望を捨てないで! 私たちが平和を取り戻すから」


 サラは慰めた。いや、慰めることしかできなかった。自分たちにできることは、これしかできないけれど、世界を救うことはできるだろう。世界を救って、この人たちの笑顔を取り戻さねば。


「お兄ちゃん! 戻ってきてよ!」


 幼い少女ががれきの前で泣き崩れていた。


「大丈夫かい?」


 バズは少女の肩を叩いて慰めた。


「うん」

「もし、世界を救ったら、俺がお兄ちゃんになってやるから」


 バズは世界を救ったらこの子を何とかしたいと思った。そのためには、まず王神龍を封印せねば。この子のためにも。そして、聖魔導として与えられた使命のためにも。


「でも、本当のお兄ちゃんは世界でたった1人。いなくなっちゃ悲しいよ」


 少女は死んだ兄のことは忘れられずにいた。


「悲しいのはわかる。でも、それを乗り越えないと。もしよかったら、俺がお兄ちゃんになってやるぞ」

「本当に? ありがとう」


 少女は短い腕でバズを抱きしめた。バズは誰かに抱き締められたことがなかった。本当に嬉しかった。


「この世の終わりじゃ!」


 がれきを前に、青年は泣き崩れていた。


「まだ諦めないで! 世界は必ず復興する! 私が邪神を封印して、世界を救ってみせる!」


 サラは青年の肩を叩き、元気を出すように促した。だが。青年は元気が出ない。


「そうか。でも、人間も建物も戻ってこないんだぞ」

「冬があるから春が来る。希望を捨てなければ村は復興する! だから負けないで!」


 サラは青年を励ました。だが、青年は泣き崩れるばかりだ。サラは思った。この青年のためにも、いつか涙を笑顔にしなければ。


「世界はどうしてこうなっちゃったんだ?」


 老婆は泣き崩れた。長年付き添った最愛の夫を亡くし、意気消沈していた。


「神龍教のせいよ。私たちが何とかするから、頑張って!」


 サラは老婆の肩を叩いた。どんなに苦しいことがあっても頑張ってほしかった。サラは今までに母の死や記憶喪失を乗り越えてここまで頑張ってきた。そして今、世界を作り直そうとしている邪神に立ち向かおうと頑張っている。そのように、老婆も頑張ってほしかった。


「村はもう終わりじゃ!」


 別の老婆はがれきの山となった土産物屋を見て泣いていた。この土産物屋の店主だ。今まで頑張ってきたのに、こんなことで店が奪われるとは。あまりにもひどいとしか言いようがない。


「諦めないで! 人がいる限り、村は消えない!」


 サムは老婆を慰めた。それでも老婆は泣き止まない。


「でもこんな状況じゃあ、どうしようもないよ!」


 老婆はより一層泣き始めた。サムはその様子を見るしかなかった。


「諦めないで! きっと村は蘇る! 希望を捨てないで!」


 サムは声をかけることしかできなかった。王神龍を封印することしか、自分たちにできることはないと思っていた。


「おお、アレックスを倒してくれたか。ありがとうな。じゃが、村がこうなってしまった。もうどうしたらいいやら」


 洗脳されていた男がやってきた。男は空襲で最愛の妻と息子を亡くしていた。


「くそっ、足をやられた。」


 その近くで、足を怪我した男が倒れていた。足からは血が出ていた。下敷きになった時に落ちて気ががれきでけがをしたと思われる。


「大丈夫ですか?」

「何とか大丈夫だ。」


 サラはけがをした男を気遣った。大丈夫だとはいいものの、男の表情は苦しそうだ。


「病院に行かないと」

「病院はみんな空襲で全部だめになったそうな」


 病院も全部被害を受けたなんて。じゃあ、どうすればいいのか、どうすればけが人を見てもらえるのか。サラは想像できなかった。


「そんな・・・」


 マルコスも呆然となった。収容する病院が全滅した今、こんなけが人をどうすればいいんだ。


「この世の終わりじゃ!」


 別の老婆は泣き崩れた。家も家族も失い、絶望していた。


「まだ終わっていない! 希望を捨てないで!」


 サラは老婆を励ました。だが、これ以上何もできなかった。どうしようもないからだ。でも、自分には王神龍を封印するという大きな使命がある。それで彼女だけではなく、世界中の人々を救い、希望をもたらすことができるはずだ。


「この先、どう生きていけばいいの?」

「また頑張ればいいじゃないの。希望を捨てないで!」


 サラは泣き崩れる少女を励ました。空襲で両親を失っていた。だが、少女は泣き止まなかった。突然母を失ったサラには、少女の気持ちがよくわかった。この子も、自分みたいに現実と向き合って力強く生きてほしい。そう願うしかなかった。


「あいつら、やっぱり悪い奴らだったんだな。入らなくてよかった」


 男は息子に勧められたが、断っていた。今頃息子は悪事を働いているんだろうな。


「あんな邪神になんて勝てっこない」


 その老人は友人から王神龍のことを聞いていた。


「神様、助けて!」

「このまま世界は終わってしまうのか?」

「絶対にそんなことはない。僕達が救うから」


 夫婦は不安しか見えなかった。そんな夫婦をバズは慰めた。


「世界はこれからどうなってしまうんだろう」

「希望を捨てないで! 私たちが何とかするから!」


 泣いている老婆をサラは励ました。それでも老婆は泣き止まない。祖母を失った悲しみから抜け出せずにいた。


「捕らえられていた人間が戻ってくるらしいけど、こんな状況では喜べないよ」


 ドラゴンの少女は悲しそうな表情だ。人間の友達が戻ってくるのが嬉しかった。だが、こんな状況では素直に喜べない。


「必ず平和な世界を取り戻して見せるから!」


 ドラゴンに変身したサラはドラゴンの少女を抱きしめた。この子のためにも、絶対に邪神を倒してみせる。


「そう言っても、こんな状況じゃあ、喜べないよ」


 それでも少女は泣き止まない。サラは頭をなでた。でも泣き止まない。


「俺は何もかも失った。もうおしまいだ」


 老人はやけくそになっていた。妻も息子夫婦も孫も失った。一瞬で自分以外の家族を失った。


「くじけないで! まだ希望は残されてるわ!」


 サラは老人を励ました。だが、老人のやけくそっぷりは直らない。


「神様、これは夢だと言ってください!」

「その気持ちわかるけど、これが現実なの。きっと明るい未来が来るから、その時を信じましょ」


 女は神に祈っていた。それが現実だと信じられなかった。


「ここは・・・、地獄・・・、じゃないんだよな?」


 青年は目の前の光景が信じられなかった。あんなに美しかった村がこんなになってしまうなんて。まるで地獄のように見えた。


「この世界はどうなっちゃうんだろう?」


 中年の男性は泣き崩れていた。5人はそれを見ることしかできなかった。


「悲しみに暮れてる暇なんてない! 早く最高神を助けに行かないと!」


 4人はサラの背中に乗って、エリッサシティに向かった。大陸神グラウのいる地底の祠はエリッサシティにある。


 向かう途中、5人はサイレスシティの上の上空を通った。サイレスシティは焼け野原になっていた。ビルは崩れ去り、がれきだけが残っていた。今朝行った時には美しい街並みが残っていたのに。とてもサイレスシティと思えない光景だった。


「ひどい! こんなことするなんて、許せない!」


 サラは怒りに満ちていた。世界中の市町村を焼け野原にした神龍教が許せなかった。王神龍を封印して、必ず平和を取り戻してみせる!


「戦争なんて、許せない!」


 バズは拳を握り締めた。戦争なんて、許せない。絶対に平和を取り戻さねば。それが聖魔導としての使命。


「俺も!」


 マルコスも神龍教が許せなかった。マルコスもこぶしを握り締めた。


「神龍教め、覚えてろ!」


 サムはかつて自分を洗脳した神龍教が許せなかった。


 海を越えて、5人はリプコットシティの上空にやってきた。リプコットシティも焼け野原になっていた。賑やかだったリプコット駅は跡形もなくなっていた。


 サラは旅に出た前日のことを思い出した。あの日、リプコット駅に降り立ち、路面電車に乗り換えた。あの時の光景がまるで嘘のようだ。鉄道は全て寸断され、列車は全部焼けた。


「マンションはどうなってるのかしら?」


 サラは住んでいるマンションが気がかりだった。大学生になってから住んでいて、先日、みんなと泊まったあの部屋のあるマンション。もう崩れているかもしれない。サラはマンションのあるはずの場所に飛んでいった。


 サラはマンションにやってきた。やはりマンションはがれきの山となっていた。サラは茫然とするとともに、焼け野原にした神龍教に憤りを感じた。絶対に王神龍を封印してやる!


「マンションもこうなっているなんて」

「絶対に封印してやる!」


 焼け野原になったリプコットシティを見渡して、マルコスは拳を握り締めた。


「今は悲しみに暮れている日々じゃないわ。泣くんだったら、平和になってから泣こう。王神龍を封印したら、思いっきり泣こう」


 サラは4人を励ました。王神龍を封印するまで、世界の平和が戻る日まで、涙は見せずに立ち向かおう。


 この日、世界中の市町村が神龍教のドラゴンによって空襲に遭った。世界中の市町村は焦土と化した。人々は逃げまどった。だが、あらゆるところから攻撃をされ、しまいに囲まれ、なすすべがなかった。世界の9割の人々が命を落とした。それは、もうすぐ来るかもしれない人間の絶滅を予感する出来事だった。


 神龍教の信者の大半は総本部に集結し、新たな世界の到来を待つようになった。それによって、捕らえられていた人間は故郷に戻ることができた。だが、焼け野原となって故郷を見て、声を失った。これからどうやって生きていけばいいのか。この先どうなってしまうのか。故郷に帰ってこれた喜びより、明日への不安でいっぱいだ。


 人間や魔族は荒廃した世界の中、これからどう生きていけばいいか、再び平和な世界になるにはどうすればいいのか、全くわからないままだ。絶望だけが、世界を支配していた。

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