第5話 大陸を越えて(3)

 2日かけて、急行は様々な風景の中を走ってきた。都会の複々線区間では様々な電車を追い越し、山間部では美しい峡谷に沿って走った。ある時は美しい海や湖に沿って走り、山を越え、どこまでも続くような広大な平原を走っていた。3人は雄大な車窓に興奮していた。


 3人は自由席の座席にすら座ることができなくて疲れていた。家から持ってきた寝袋で寝ていた。それでも疲れは取れなかった。


 朝7時、急行の車内はあわただしくなっていた。あと1時間足らずで、終点のインガー港駅に着くからだ。そのため、乗客は荷物の整理で忙しかった。3人も荷物の整理をしていた。今日の8時に終点のインガー港に着くという放送がしきりに流れていた。


「大陸横断鉄道のご利用、ありがとうございます。この列車は8時に終点のインガー港に着きます。お忘れ物のないよう、お降りのご支度願います。お出口は右側、1番線に到着します。」


 3人を乗せた急行は、しばらく田園地帯を走っていた。とてものどかな光景で、農作業をしている人の姿もある。その向こうには港町が見えている。終着駅のあるインガーシティだ。


 終点が近くなると、急行は美しい海岸線を走っていた。その向こうには、大海原が見える。そして、秘密要塞らしき建物も見える。アカザ島だ。


 サムは車窓から見える建物を指さした。


「あれが秘密要塞かな?」

「きっとそうだろう」


 サラはじっと秘密要塞を見つめていた。この中に母がいるに違いない。今すぐ助け出さなくては。そして世界を救わなければ。サラは決意を秘めていた。


「待ってろよ! 今すぐ倒してやるからな!」


 マルコスは拳を握り締めていた。


 駅が近くなり、案内放送が聞こえてきた。


「長らくのご乗車、お疲れさまでした。まもなく、インガー港、インガー港、終点でございます。インガー鉄道とカーフェリーはお乗り換えです。どなた様のお忘れ物のないよう、お降りのご支度願います。お出口は右側、1番線に着きます。大陸横断鉄道のご乗車、ありがとうございました。またのご利用、お待ちいたしております」


 急行は、アカザ島やゴルドの国などに行くカーフェリーの発着する港町、インガーシティの中心駅、インガー港駅に着いた。駅舎は、人口のそんなに多くないインガーシティに似合わない大きな駅舎だ。駅舎が大きいのは、カーフェリーとの連絡客が多いためらしい。インガータウンは古代文明で栄えた小さな港湾都市で、ウンディーネ族の最後の生き残りが命を落とした場所として知られている。そのためこの街には、ウンディーネを祀っている神殿があると言われているが、もはや伝説でしか信じられていないようだ。乗客のほとんどはここでカーフェリーに乗り換えるという。


 3人はホームに降り立った。乗客のほとんどは隣接するカーフェリー乗り場に向かった。残りの乗客はここを観光する人々と思われる。


 3人はインガー港にやってきた。インガー港には、多くの家族連れがいて、カーフェリーを待っている。家族連れの表情は明るく、これからの旅に希望を膨らませているようだ。サラはその様子をうらやましそうに見ていた。そして、早く母を救い出さなくては。サラは決意を胸に秘めていた。


「アカザ島へのフェリーの時刻を調べなくっちゃ」


 サラは時刻表を見た。アカザ島へのフェリーはある日とない日があった。車内で配布されていた時刻表によると、今度来るのは明日の午後3時らしい。


「明日の午後3時だって」


 だが、張り紙が貼ってあった。多くの人がその張り紙を見ていた。彼らはアカザ島に向かう人々と思われる。


「あれ見て!」


 サラは張り紙を指さした。その張り紙には、こう書いてあった。




 秘密要塞建設に着き、しばらくの間アカザ島へのフェリーの運航を休止します。

 なお、再開時期は未定です。

 ご了承ください。


 インガーフェリー




 その前には、多くの人が集まっていた。運航休止の知らせを見ている人達だろう。彼らは騒がしそうに話していた。おそらく彼らは運航休止の知らせに驚いていると思われる。


「運航休止って・・・」


 老人は島に行くのを楽しみにしていた。この島にある神社に参拝しようと思っていた。


「まさか」


 老婆は乗る予定はなかったものの、予想外の事態に驚いていた。


「あの変な建物のせいだ」


 男はこれから妻とゴルドの国に行く予定だ。


「なんであんなの建てるのかな?」

「何これ」


 サラの声に反応して、マルコスは張り紙を見た。マルコスは驚きを隠せなかった。


「えっ、運航休止?」


 サムも驚いた。


「そんな」


 マルコスは開いた口がふさがらなかった。もうすぐ王神龍に会えると思っていたのに。マルコスはがっかりした。


「どうしよう」

「駄目か。どうしよう」


 マルコスは落ち込んだ。


「近くの漁師に頼んで、船に乗せてもらって、島に行きましょ。それしか手段はない」


 この付近には漁師が多く住んでいて、舟屋が多く並んでいた。


「乗せてもらえるかな?」


 サムは首をかしげた。


「聞いてみよう」


 マルコスは強気だった。


「うん」


 3人は駅を出て、海沿いを歩いて漁師を探し始めた。この辺りは平地が少なく、わずかな平地に漁師たちの家が建っていた。


 3人は駅の近くの漁師の家にやってきた。その家は木造で、海に面していた。1階が船小屋で、2階と3階が家だった。


 サラは玄関のインターホンを押した。


「はーい」


 インターホンから声が聞こえた。男の声だった。


「すいません、アカザ島まで乗せてってくれませんか?」

「そうだね。先生と一緒なら大丈夫だと思うけど、子供だけではねぇ…。それに、あんな変な建物が建てられている状況じゃねぇ・・・」


 漁師はアカザ島に行きたくなかった。行ったら殺されると思っていた。


「やっぱり子供じゃ駄目かな?それに、あんな建物があるからな」


 マルコスは行けるかどうか不安になってきた。


「そうだな」


 サムは残念そうな表情だった。


「この街で情報収集しましょ」


 情報収集をすればアカザ島に行くための手掛かりがつかめるかもしれないとサラは思っていた。


「うん、そうしよう。行く前に下調べしておいたほうがいいもんね」


 マルコスは何も知らないよりいいだろうと思っていた。


「街の中心部に行きましょ。その方が多くの人から情報を知ることができるから」


 サラは冷静だった。3人は電車に乗ってメインストリートに行くことにした。メインストリートの方が人通りが多く、多くの情報を得られると思ったからだ。


 3人はインガー港駅に戻ってきた。駅は集落から少し離れたところにある。そのために、この駅と街の中心部を結ぶ電車が通っている。この電車は路面電車のようで、駅のホームは低く、電車も路面電車のようだ。町の中心部までは道路の端を走っていて、中心部では中央を走っている。


 3人はインガー港駅に隣接した電停にやってきた。ホームは3本で、案内表示器には次にどのホームの電車が出るか表示してある。


 3人は次に出る電車に乗った。電車は単行で、乗客はまばらだ。多少老人がいるぐらいだ。3人は整理券を取ってロングシートに座った。その直後、電車は動き出した。電車は吊り掛け駆動特有のモーター音を響かせ、車体を揺らしている。


 電車は海沿いを走っていた。向かいには所々民家があって、見えなくなることがあった。海が見えるたびに3人は興奮していた。




 電車に揺られて10分後、電車は街の中心部にやってきた。週末と相まって、多くの人が行き交っていた。そのほとんどの人々はこれからフェリーに乗る人々で、出航の時間までを楽しんでいるようだ。


 3人は運賃箱に運賃を入れ、街の中心部に降り立った。


「ここで情報収集をしましょ。メインストリートで多くの人が通るから、多くの情報が得られるでしょ」


 3人はここで情報収集をすることにした。


「すいません、王神龍に関して、何かご存じでしょうか?」

「王神龍?聞いたことないな」


 通りすがりの若い男は首をかしげた。男は赤ん坊をあやしながら去っていった。


「すいません、王神龍に関して、何かご存じでしょうか?」

「ああ、知っているよ。世界を支配しようとしている神様じゃ。人間を絶滅させ、新たなエデンを築こうとしているらしいのじゃ。なんか悪い神様みたいじゃ。やっぱり、人間と魔族が共存する世界が理想じゃのう。何とかしたいけれど、太刀打ちできないほど強いから、どうしようがないのう」


 通りすがりの老婆は詳しく答えた。3人はその話をよく聞いていた。


「どうやって王神龍を知ったんですか?」

「知り合いから。神龍教という新しい宗教団体が崇めているらしいのじゃ。あんたも入ればと言われたけれど、見た感じ、怪しそうだったから、断ったのう」


 3人は喜んだ。やっと、王神龍に関する有力な情報を得た。だが、情報によると、太刀打ちができないほど強いらしい。3人は勝てるかどうか心配になった。負けると思った。


 3人は近くの公園にやってきた。公園では子供たちが遊んでいる。夏休み真っ最中とあって、公園では朝からたくさんの子供が遊んでいる。


「あの先生、どうしちゃったのかな?」


 ある子供が心配そうにしゃべっていた。


「あの先生って?」


 サラは子供に聞いた。サラは聞き耳していた。行方不明というだけで、母のことを思い出したからだ。ひょっとしたら、これも神龍教の仕業じゃないかと思った。


「あの丘の上にある小学校の先生。半年間行方不明なのよ」

「そうそう、うちの子供、あの先生が白い龍の生贄に捧げられる夢を見たの」

「白い龍・・・」


 サラは白い龍という言葉に反応した。王神龍も白い龍だからだ。


「その夢の話、教えてください」


 突然サラに話しかけられ、主婦は驚いた。聞いてくると思ってなかったからだ。


「わかったわ。洞窟のようなところにある礼拝室で、巨大の龍の彫刻があるの。先生は、その中央に連れて行かれて、仰向けにされるの。その状態で浮かされて、龍の彫刻の前まで上がるの。すると、巨大な白い龍の幻が現れて、龍が吐く炎で跡形もなく消えるの。で、そこには光り輝くものが浮いていて、それを白い龍の幻が飲み込むの。すると、見ていた人は歓喜を上げるの」


 主婦は夢に出てきたことを詳しく言った。


「何か、恐ろしいわね」

「そんなことするなんて、許せないな」


 マルコスは拳を握り締めていた。


「私もそんな夢を見たの。怖かった」

「近隣の子供たちが同じ夢を見るなんて、何だか怪しいわね」


 同じ夢を見るのは、それが正夢で、神龍教の信者が見せているものだとサラは思った。


「うん、何か関係がありそうだ」


 マルコスはサラの推理に納得していた。


 その時、道の向かいで街の住人が話をしていた。どうやら小学生のようだ。


「ねぇねぇ、この街にすっごい先生がいるんだって」

「知ってるよ。子供を育てるのがとてもうまくて、明るいらしいよ」


 主婦はその話を不安そうに聞いていた。


「どうしたんですか?不安そうな顔をして」


 サラは主婦に聞いた。主婦は不安そうな表情だった。


「あの先生の勉強会を受けた子、何か様子が変なの。変な呪文を唱えたり、突然いなくなったり。それでも先生に怒られないの。どうしちゃったのかしら」


 その話を聞いてサラは思った。神龍教に入った人によくあることだ。だとすると、あの先生は神龍教と何か関係があるのでは? サラはその先生のことが知りたかった。


「ちょっと待ってください」


 サラは右手を上げた。


「その先生、今、どこで何をやっているの?」


 サラは立ち話をしていた小学生に聞いた。


「今日は小学校で勉強会をやっているらしいよ」


 その少年は少し目つきが悪く、何か悪いことをやっていそうな感じだった。


「みんな積極的に参加しているんだって」


 その少年はとてもかわいらしい顔をしていた。


「行ってみようか」


 サラは神龍教の信者に違いないと思っていた。絶対に真相を突き止めてやる。サラは強気になっていた。


 3人はその教師のことが気になった。サラはその時思った。どんな教師何だろう。どんな顔をしているんだろう。どこが評判なのかな? 会いたい。会って話がしたい。3人は私たちの小学校にもそんな教師がいたらいいのにと思った。


 学校に向かう途中、3人はアカザ島の見える海岸にやってきた。その海岸は、今頃だったら、多くの観光客でにぎわっているはずだ。だが、今日は人混みがまばらだ。これも、城の建設で景観が損なわれているかもしれない。


 3人はアカザ島を見た。すると、アカザ島は大変なことになっていた。木々が全て伐採され、城のようなものが建設中だった。


「これが、噂のアカザ島?」


 サラは言葉を失った。島が変わり果てていたからだ。


「そうみたいだな」


 マルコスは腕を組んでいた。


「なんだか不気味ね」


 サラは開いた口がふさがらなかった。


「これじゃあ、観光客が引くのも当たり前だ」


 サムは観光客の気持ちがわかった。


 道路の向こうでは、若者が立ち話をしていた。


「アカザ島には変な要塞が建設されているらしい。あんなん作ったら海岸の景観が損なわれるよ。やめてほしいな」


「この街にはきれいな海水浴場がある。今の時期、多くの海水浴客がやってくる。でも、最近、アカザ島に変な要塞が建てられていて、景観が悪くなっている。あんなの建設しないでほしいよ」

「アカザ島に建てられているの、神龍教の関係施設なんだって。何に使うのかしら?変なことに使わなければいいんだけど」


 その話を聞いて、サラは一刻も早く王神龍を倒して、元の景観に戻さなければと思った。


 3人は海岸を後にして、話題の教師がいる学校に向かった。あの教師のことが気になったからだ。子供の行動といい、神龍教の信者の気がしたからだ。彼なら神龍教のことについて、王神龍のことについて何か知っているかもしれない。サラは教師から聞こうと思っていた。


「学校はあれだよね」


 サラは丘の方を指さした。


「うん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る