第5話 大陸を越えて(2)
その日の夕方、カーフェリーに少し遅れて、奴隷船がリプコット港にやってきた。港には何人かの魔界統一同盟の幹部がいる。彼らは奴隷船の到着を待っていた。魔界統一同盟は秘密組織なので、彼らが誰なのかは全く知らなかった。誰にも伝えていなかった。
人間を乗せたコンテナは、クレーンで吊り上げられ、貨物列車に積み替えられた。人間は、何かに吊り上げられているのを感じた。
その貨物列車も魔界統一同盟のもので、それを引く機関車の運転手も魔界統一同盟の幹部だ。ただし、そのことは誰にも話さなかった。人間を炭鉱で厳しい労働をさせ、彼らを弱らせて、大量に抹殺する計画を、誰にも知られたくなかった。もし知られたら、警察に捕まるからだ。
偉大なる創造神王神龍様が救ってくれるが、なるべくその手助けを借りないようにしていた。そうすれば偉大なる創造神王神龍様から暖かい恩恵を受けるだろう。彼らはそう思っていた。
人間は、何かに載せ替えられているのを感じた。何も見えないが、コンテナの中の揺れでそう感じる。これからどうなるんだろう。どんなところに連れて行かれるんだろう。その先で、何が待ち構えているんだろう。人間はおびえていた。きっと恐ろしいことに違いないと思う人間は少なくなかった。
「全部載せ終わったか?」
この運転手も魔界統一同盟の幹部だった。
「はい、載せ終わりました!」
「では、出発!」
運転手は汽笛を鳴らした。
大きな汽笛とともに、貨物列車が動き出した。貨物列車は、大量の人間を乗せて、重労働先に向かっていった。ここから目的地までは、およそ半日から1日かかるという。目的地で降ろされたかられは、鉱山などで厳しい労働をさせられる。彼らは、何をされるのか、全くわからなかった。捕まえた人々は、何も言ってくれなかった。ただ、列車に乗っていることはわかっていた。ジョイント音やけん引する機関車の汽笛が聞こえるからだ。
貨物列車は、工業地帯の中を走っていた。この線路は貨物船で、リプコット港から運ばれた貨物を運ぶための線路だ。旅客輸送も行っているが、それは朝と夕方だけで、日中は走っていない。
しばらくすると、鉄道の駅が見えてきた。この先は貨物船は旅客船と合流する。貨物列車はここから旅客線を走行する。駅では、普通電車が停まっていた。その普通電車は4両編成で、その中には多くの乗客が乗っていた。その多くは黒い制服を着ている。下校途中の学生だろうか。学生はその貨物列車に目もくれず、室内で騒いでいる。その声は、コンテナの中の人間たちにも聞こえた。人間はうらやましそうにその会話を聞いていた。ここから逃げ出して、自分もその輪の中に入りたい。だが、それは叶わぬことだった。
貨物列車は、駅の手前でタブレットを取り、旅客船に入っていた。駅員はそれを確認すると、信号室のてこを動かし、腕木式信号機を青にした。青になったのを確認して、貨物列車は旅客線に入った。
貨物列車は、しばらく市街地を走っていた。この辺りの住民は、従業員とその家族がほとんどで、他の路線と比べると、利用客はそんなに多くない。だが、そこを走る貨物列車のおかげで黒字路線だという。
しばらく走ると、広い田園地帯に出た。その田園地帯には、集落が点在していて、その田園で農業をしている人々が暮らしている。
農作業をしている人々は、長い貨物列車を見て、驚いた。この時間帯に貨物列車が走ることはないからだ。人々は首をかしげた。
その頃、魔界統一同盟の幹部が、貨物列車を1両ずつ回り、人間にえさを与えていた。奴隷船の中で与えられた餌とほとんど一緒だった。とても質素で、いつも食べている食事とは比べ物にならないほどだった。
しばらく走ると、貨物列車は雑木林に入った。この辺りに民家はなく、あるのはだだっ広い森だ。ここから少し下ったところに集落がある。かつて、その集落には、1000人ぐらいの人々が暮らしていたらしいが、過疎化が進み、今では100人程度だ。
雑木林の中を進むと、行き違い設備のある駅に着いた。その駅のホームはディーゼルカー2両分と短かったが、構内は広い。ここを貨物列車や特急電車が通り、それ同士の行き違いもあるからだ。その駅の主な利用者は集落の人々だ。駅からはかなり離れているものの、その集落の人々にとっては重要な駅だ。
貨物列車は行き違い設備のある駅を通過した。通過するとき、貨物列車はタブレットを投げた。そして、その先にある別のタブレットを受け取った。近くにいた駅の職員は、乗務員が投げたタブレットを拾った。
その駅では、2両編成のディーゼルカーが行き違い待ちをしていた。ディーゼルカーの車内はとても閑散としていた。ディーゼルカーの停まっているホームでは、運転手と車掌が通過する貨物列車を見ている。この便はここで行き違いを行わないのに、今日は行き違いを行う。臨時便だと聞いていた。いったい、何があったんだろう。緊急物資だろうか? それとも? 運転手は駅を通過する貨物列車を怪しげに見つめていた。
駅長室から出てきた駅の職員は跨線橋を渡って、ディーゼルカーに停まっている向かい側のホームにある駅舎の中に入った。駅の職員はタブレットを持っている。ディーゼルカーの前方の信号機が青になった。それを見て、運転手と車掌はディーゼルカーに乗り込んだ。てこを動かした駅の職員が、運転手にタブレットを手渡した。
ホームにいた駅長が笛を吹いた。片開きの扉が閉まった。長い汽笛を鳴らし、ディーゼルカーが動き出した。後ろの運転席にいた車掌は、怪しげにその貨物列車を見送っていた。車掌も、その貨物列車のことが気になっていた。ディーゼルカーがポイントを通過し、見えなくなると、駅員はてこを動かした。信号は再び赤になった。
その後も貨物列車は、いくつかの駅や信号場でいディーゼルカーや貨物列車と行き違いをした。ディーゼルカーは単行や2両編成が大半だ。この辺りは人口が少なく、乗客が少ない。信号場の中には、かつて駅だったが、利用客の減少によって信号場に降格になった駅もあった。
この路線は貨物列車が多くとるその貨物列車の大半は、アフールビレッジで採掘された鉱石を運ぶためのものだった。それはリプコット港で船に積まれ、世界各地に運ばれる。
その次で行き違いを行う場所は、信号場だ。その信号場は険しい山間に渓谷にあった。人の気配はない。当初から信号場だったようで、駅のホームの跡がなかった。信号場の先で、線路が二股に分かれていた。
予定では、この信号場で特急と行違うことになっている。信号場には、別の魔界統一同盟の幹部がいる。その幹部は、機関車に乗り込み、ここまで運転してきた幹部と交代して運転する予定だ。また、この駅で、一部のコンテナが切り離され、別の強制労働所に向かう予定だ。
貨物列車が信号場にやってきた。寝台特急はすでに信号場に着いていた。その寝台特急は8両編成で、食堂車のある寝台特急だ。その寝台特急は、各駅停車の用のディーゼルカーよりも速く、見た目が新しい。だが、車内は暗くて、うっすらと非常灯がついている。乗客の就寝を妨げないためだ。
また、その信号場は、別のディーゼル機関車が停まっていた。切り離された車両を別の強制労働所までけん引する機関車だ。その機関車の運転手も魔界統一同盟の幹部だ。もちろん、許可を得ての運行だが、何を運んでいるかはもちろん秘密だ。
貨物列車が停車した。信号場の職員は貨物列車からタブレットを受け取り、それを寝台特急の運転手に渡した。その間に、貨物列車の運転士が交代した。タブレットを確認すると、職員は事務所に入った。その間に、後ろの貨車の何両かが切り離された。
しばらくして、上りの信号機が青になった。間もなくして、寝台特急は、大きな汽笛を上げ、信号場を後にした。信号機を貨物列車が通過するとすぐに、信号が赤に戻った。
その運転手も車掌も、わずかに起きている乗客も、その貨物列車を怪しげに見ていた。臨時だったからだ。わずかに起きている乗客も怪しげに見ていた。普段はこの信号場で停車しないはずだが、今日は特別だ。運転手は首をかしげた。アフール鉱山で何かがあったのかなと思った。
アフール鉱山は最近、宗教団体の神龍教の私有地になったため、立ち入りが禁止されている。神龍教の私有地になってから、誰もアフール鉱山の様子を見ることができなかった。
貨物列車の運転手は、職員から別のタブレットを受け取った。アフール鉱山方面の下り信号が青になった。貨物列車は、寝台特急のやってきた線路と別の線路に入っていった。信号機を通過してすぐ、信号が赤になった。
その路線は主にアフール鉱山の功績を運ぶために利用されている貨物専用路線だ。かつては旅客列車も走っていた。といっても、多い時期でも旅客列車は1日に4往復前後しか走らなかった。アフール鉱山で産出される鉱石を運ぶ貨物列車が旅客列車よりもはるかに多く走っていた。
旅客列車がなくなったのは、神龍教の私有地になったからだ。それ以後、鉱山を出入りする人は、有蓋貨車に乗って近くの駅まで行っているという。
貨物列車が去ってすぐ、別のディーゼル機関車がやってきた。ディーゼル機関車は、残った貨物列車の先頭に連結された。ディーゼル機関車は、汽笛を上げて、寝台特急のやってきた線路を走っていた。その先は、寒い寒い北国だ。どうやら別の場所で重労働を受けるみたいだ。
貨物列車は本線と別れ、アーチ橋を渡ると、すぐに長いトンネルに入った。アフール鉱山への最後のトンネルだ。このトンネルを抜けたところにアフールビレッジがある、その手前に鉱山がある。そのトンネルに入った直後、陽が差してきた。朝が来た。
貨物列車の中の人間は、この先に何が待ち受けているのかと思っていた。そのことを考えると、眠れなかった。きっと厳しいことがある。きっと辛いことがある。そんな考えしかなかった。ある人は涙を流し、ある人は怯えていた。
長いトンネルを抜けると、そこには都会のような風景が広がっていた。高層マンションが多く建ち、多くの人が行き交っている。とても村とは思えない風景だ。ここは、鉱山の村、アフールビレッジだ。標高は1000m以上。冬はとても寒い。
貨物列車はアフール駅に着いた。貨物列車の扉が開いた。中からすし詰め状態だった人間が出てきた。人間は、辺りを見渡した。いったいここはどこだろう。誰もがそう思っていた。
「さっさと出てこんか!」
守衛の男は怒鳴った。守衛の男はドラゴンの尻尾で人間を叩いた。
「痛い!」
人間は涙ながらに叫んだ。
「痛いのはわかってる! もっとやられたくなかったらさっさと出て来い!」
だが、守衛がそれが聞こえないかのように怒鳴った。
「はい、わかりました」
怒鳴られ、人間は泣いていた。長時間すし詰めにされ、精神的に疲れ果てていた。
「整列! 今からお前たちは、この鉱山で働くことになる。厳しい労働だが、絶対に逃げるな。逃げたら銃殺だ。覚えておけ。なお、労働状況によって、1か月ごとに表彰を行う。最も多くの功績を掘り出した人は、労働から解放してやろう。だが、最も少なかった人は、我々の宗教が拝める神の生贄に捧げられるので、覚悟しておけ!」
守衛はこれからのことを説明した。その守衛も神龍教の信者だった。
その話をしているとき、1人の若者がだらっとした姿勢で立っていた。守衛の男はそれを見て、にらみつけた。
「そこ! なんだその態度は!」
守衛の男はドラゴンの尻尾で叩いた。人間はみんな震え上がった。
その日から人間は、アフール鉱山で過酷な労働をさせられた。だが、新たなエデンを迎え、自分たちが絶滅するということは知らなかった。彼らはそのことを全く話さなかった。ただ、一生ここで過酷な労働をすることになるかもしれないことしか聞いていなかった。
鉱山の手前の信号場で切り離された貨車は、ディーゼル機関車に引かれて雪の降る北国へ向かった。彼らはその村の製糸上で過酷な重労働を課せられる。
貨物列車は北国の駅にやってきた。ホームは1面2線だけだが、駅舎の向こうには何本かの側線があり、そこで特産品の糸の積み込みが行われる。
貨物列車は駅に着いた。しかしそこは、旅客用の駅より少し離れたところにある貨物ホームだった。秘密事項だからだ。そのホームも神龍教の建物で、立ち入り禁止だった。
駅には製糸場の工場長がいた。社長を含めて関係者はみんな神龍教の信者で、魔界統一同盟の幹部だ。
「出て来い!」
「待っていたぞ!」
工場長たちは大声で叫んだ。
「さぁ働け! 国のために命をかけて働くんだ!」
工場長は持っていたドラゴンの尻尾で人間を叩いた。
「こっちに来い!」
魔界統一同盟の幹部は人間を無理やり連れ出した。
人間は怯えていた。これから人間たちは1日18時間、休みなしで労働をすることになる。食事は1日1回、しかも少量だけ。とても過酷な労働だ。けがをしても保険はなし。体調が悪くても仕事をしなければならない。まるで地獄のような労働だった。
次の日の夜、神龍教の信者になった少年は自分のベッドで寝ていた。ふわふわの毛布で、とても心地よさそうだ。少年はこの日も王神龍に抱かれる夢を見ていた。少年の寝顔はとても穏やかだ。夢の中で王神龍に抱かれていたからだ。
そこに、獣人がやってきた。昨日話しかけた獣人だ。獣人は古びた経典を持っている。獣人は嬉しそうな表情だ。また1人熱心な信者が増えたからだ。
獣人は少年に向かって呪文を唱えた。
「全能の神よ、その人間に魔獣の力をお与えください」
すると、魔獣の霊が現れ、少年と重なった。まるで、霊が少年の体に乗り移ったようだ。
霊が少年と重なったその時、少年が目覚め、起き上がった。少年は鋭い目つきだった。まるで別人のようだった。
その少年は魔獣に変身した。少年はもはや人間ではなく、魔獣だった。
少年は人間を捨て、魔族になった。偉大なる創造神王神龍様のために。人間を全滅させるために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます