第5話 大陸を越えて(1)

 3日後、3人はカーペットの上で目覚めた。今日も快晴で、カーフェリーの乗客の中には、まるで水平線のように広がる大海原から、日の出を見る人もいた。毛布を着て寝なかったが、室内が常温に保たれているため、風邪を引くことはなかった。


 マルコスはカーペット席の近くの売店にやってきた。朝食を飼うためだ。売店には何人かの人が並んでいた。


「いらっしゃいませ。何になさいますか?」

「サンドウィッチ3つと野菜ジュース3本をお願いします」


 マルコスは3人分の朝食を買おうと考えていた。


「かしこまりました。少々お待ちください」


 売店の店員は頭を下げた。マルコスはレジの横で商品を待つことにした。その後ろには、何人かの人が並んでいる。彼らも朝食を買おうとしている。


 しばらくして、別の店員がメニューを持ってきた。


「はい、どうぞ」


 マルコスはメニューを受け取った。


「ありがとうございます」


 マルコスはお辞儀をした。


「ありがとうございました」


 売店の店員もお辞儀をした。


 マルコスはカーペット席に戻ってきた。右手にはサンドウィッチとジュースが握られていた。


「サンドウィッチを買ってきたよ」


 マルコスはサンドウィッチとジュースを見せた。サラとサムは笑顔を見せた。マルコスは3人の朝食を買ってきたからだ。


「ありがとう」


 サラは笑顔を見せた。


 3人は、船首の近くのデッキで、朝食のサンドウィッチを食べていた。


「サラ、どうした?」


 マルコスは聞いた。サラが何かを考えているような表情だったからだ。


「昨日も、お母さんが白い服を着た男と話をしている夢を見たの」


 サラは昨日の夢のことが気になっていた。


「白い服を着た男? 誰だろう」


 白い服という言葉に、サムが反応した。サムは持ってきたバッグの中からある雑誌を取り出した。何かの月刊誌のようだ。


「白い服か。そういえば最近、雑誌で見たけど、王神龍も、こんな服を着ているらしいよ。これがその雑誌。これが王神龍」


 サムはその雑誌を見せ、王神龍の写真を指さした。その雑誌は、神龍教の間で配られている広報誌『メシア』だ。『メシア』とは、『救世主』という意味で、『弱き者の救世主でありたい』という彼らのモットーが由来だ。


 表紙には、白い忍者のような服を着た男の写真があった。それが王神龍である。その広報誌の表紙は、いつも王神龍だ。目つきが鋭く、いかにも怪しそうだ。


 サラは王神龍の姿に驚き、目を大きく開けた。夢に出てきたあの男と瓜二つだったからだ。もしかしたら、あの夢に出てきたのは、王神龍? だとすると母は、神龍教か魔界統一同盟に連れ去られたのでは? サラはその時思った。


「あの服!」


 サラは指をさした。


「えっ?!」


 サムは驚いた。


「こんな服を着てたの」


 サラは夢を思い出していた。


「だとすると、あの白い服の男って、王神龍? お母さんは魔界統一同盟か神龍教に捕まったのかな?」


 サムは首をかしげた。


「絶対にそうに違いない」


 マルコスも首をかしげた。


「だとすると、お母さんは、魔界統一同盟か神龍教にさらわれた?」


 サラは驚いた。


「かもしれない」

「サラのお母さんは絶対に生きているよ。奇跡を信じようよ」


 サムはサラの肩を叩いた。サラはサムを抱きしめた。励まされて嬉しかったからだ。


「この船は今日の正午にリプコット港に着くらしいな。もう大陸が見えるかな?」


 マルコスは船首の先を見た。船首の向こうには、大海原しかない。まだリプコット大陸は見えないないようだ。予定通りなら、今日の正午、カーフェリーはリプコットシティの港に着く予定だ。


「まだ見えないわね」


 サラは不安そうだった。船が遅れているかもしれないとサラは思った。


「今日の正午に着くはずなのにな」


 そう言って、サムは首をかしげた。


 その時、リプコットシティが見えた。桟橋の向こうには、高いビルが立ち並び、その向こうには山が連なっている。


 それを見てマルコスは指をさし、叫んだ。


「あっ、リプコットシティが見えてきた!」

「本当だ」


 サラは笑顔を見せた。ようやく目的地が見えてきた。


「もうすぐだね」


 マルコスは期待を膨らませていた。


「待ってろよ、王神龍。必ず倒すからな」


 サムは自信気だった。絶対に王神龍を封印することができると思っていた。




 その日の正午、カーフェリーは、リプコットシティの港に着いた。アカザ島へのカーフェリーが発着するのは、ここからかなり西に行ったインガーシティだ。


 リプコットシティはサイレスシティと比べ物にならないほど大きな都市だ。リプコットシティは200年以上前から発展してきた都市で、人口は1000万人以上、世界最大の都市だ。その街の中心部には多くの高層ビルが立ち並び、多くの人がここで働いている。近年、リプコットシティでは近代化が進んでいた。


 だが、近代的なビルだけではなく、歴史的な建造物も立ち並ぶ。町には多くの人が行き交い、道路を車がひっきりなしに走っている。


 また、ここは大陸横断鉄道の始発駅で、ここから3日間かけて、アカザ島へのカーフェリーが発着しているインガーシティまで延びている。その他にも多くの鉄道が走っていて、その鉄道の多くは、大陸横断鉄道の始発駅であるリプコット駅を経由または発着駅としている。


 3人は港に降り立った。その到着とともに多くの乗客が降りてきた。その多くは家族連れで、華やかな服を着ていた。


「切符を買おうか」


 マルコスは切符売り場を探した。


「そうしましょ」


 サラは焦っていた。早く取らなければ席が取れなくなってしまうからだ。


「大丈夫かな? 利用客多そうだし」


 大陸横断特急は全席指定で、個室タイプの1等寝台、2段ベッドの2等寝台、3段ベッドの3等寝台があった。同じ区間を走る急行は1等寝台がないものの、自由席があった。


「とりあえず調べて、予約しましょ」


 サラは切符売り場に急いだ。


「うん」


 3人はフェリー乗り場の奥にあり、大陸横断鉄道の駅に向かった。駅はレンガ積みで、非常に大きい。2階にはインガーに向かう大陸横断特急などが発着する電車のホームがあり、3階には海沿いを走る路線のホームがある。


 3人は大陸横断特急の3等寝台を予約しようと、大陸横断鉄道のリプコット駅の切符売り場にやってきた。切符売り場には多くの家族連れが並んでいる。彼らの多くは大陸横断特急の切符を買うために並んでいる。


「すごい人だな」


 行列を見て、マルコスは驚いた。


「買えるかな?」


 サムは不安になった。これほど並んでいると取れないんじゃないかと思った。


「とりあえず、聞きましょ」


 サラは前向きだった。


「うん」


 並んでからおよそ10分後、ようやく切符売り場の前にやってきた。


「すいません。インガーまで、3等寝台、こども3枚、お願いします」


 だが、女は頭を下げた。


「申し訳ございません。どの寝台も、明日まで満席です」

「それじゃあ、急行の指定席はありますか?」


 サラは聞いた。しかし女は再び頭を下げた。


「申し訳ございません。こちらも満席です」

「それじゃあ、その自由席3枚でお願いします」


 サラは残念そうな表情だった。


「かしこまりました」


 サラがお金を差し出すと、女は乗車券と急行電車の自由席を出した。


「ありがとうございます。良い旅を」


 女は笑顔を見せた。


 3人は港に隣接するリプコット駅にやってきた。世界最大の都市の世界最大の駅で、まるで宮殿のような外観だ。入口のロビーは広く、天井は高い。いくつものホームがあり、私鉄や地下鉄も発着している。ロビーには多くの人がいる。船から降りてきた人々の多くはここから各地へ行く観光客がほとんどだ。


 3人は大陸横断特急の発着する5番ホームにやってきた。2階の突端式ホームには、大陸横断特急の他に、4扉ロングシートの普通電車、区間快速電車、3扉セミクロスシートの快速電車、特別快速電車も停まっている。ホームに着いたちょうどその時、多くの乗客を乗せて普通電車と区間快速が同時に駅を出発した。


 次の急行電車は現在5番ホームに停まっている大陸横断特急の後にやってくる。3人は大陸横断特急を見ていた。


 大陸横断特急は14両編成の長い列車だ。客車の車体は濃い緑色をベースに、高級感のあるデザインだ。先頭と最後尾は2階建てで、展望ラウンジだ。一番前はガラス張りで、とても眺めがよさそうだ。列車の一番前には大きな電気機関車が連結されている。その電気機関車はとても大きく、客車よりも大きい。電気機関車の外観は客車の塗装に合わせた特別仕様だ。


「残念ね。乗りたかったのに」


 サラは大陸横断特急に乗れない辛さを実感していた。乗客の表情は楽しそうだった。大陸横断特急に乗れるからだ。


「仕方ないよ。こんな時期だもん」


 サムは仕方ないと思っていた。




 午後1時ごろ、大陸横断特急はリプコット駅を出発した。3人はうらやましそうに見ることしかできなかった。


 それと入れ替わるかのように、別の客車がやってきた。大陸横断特急と同じ区間を走る急行電車だ。大陸横断特急と比べると、外観は古くて、展望車や1等寝台がない。後ろ7両が自由席で、寝台車ではなく座席車だ。そのため、屋根が寝台車よりも少し低い。


「これが僕らが乗る急行か」


 これに乗れば、王神龍に会える、母に逢えるとサラは思っていた。サラはわくわくしていた。

 急行電車がリプコット駅の5番線に停まった。それと共に、乗客が入った。客車は手動ドアで、列車がよく停まってから乗り込むようだ。


「やっと来たわね」


 サラは乗るのが楽しみだった。


 3人は急行電車に乗り込んだ。自由席は窮屈なボックスシートで、大陸横断特急と比べてあまり清潔ではない。中には家族連れが多く乗っている。子供は車内ではしゃいでいる。これからの長旅が楽しいからだ。


「窮屈そうだな」


 マルコスは車内の様子を見た。


「いいじゃないの。早く行かないと、大変なことになるよ」


 サラは何としても早く行って王神龍を倒さなければと思っていた。


「そうだね」


 サムもサラの考えに同感だった。


「お待たせいたしました。5番線から、インガー行きの急行が発車いたします」


 午後1時半、急行電車は大きな汽笛を上げ、ゆっくりと動き出した。それと同時に普通電車や快速電車も発車した。ここからこれらの電車としばらく並走する。


 その間に、一度は追い越された普通電車が次の駅に停まり、急行はそれを追い抜いた。急行は快速電車と並走していた。快速電車にも多くの乗客が乗っていた。


 急行電車はしばらくリプコットシティの市街地を走っていた。高層ビルがいくつも立ち並び、駅周辺にはビジネスホテルが多く建っていた。


 電車はいろんな電車とすれ違い、並走し、追い抜いていった。ここからしばらくは複々線区間で、急行電車の通っている中央の2線は快速用の線路で、端の2線は緩行線用のホームだ。


 緩行線のホームには多くの人がいて、電車を待っていた。電車がホームに着くと多くの人が乗り降りしていた。どの電車も車内は混み合っていた。


「サラ、こんな長旅、初めて?」


 マルコスはサラに聞いた。マルコスは流れる車窓を見ていた。


「うん」


 サラは答えた。サラも車窓を見ていた。


 急行電車は、しばらく市街地を走った後、新興住宅地を走った。この付近になると、快速電車も各駅に停まるようになる。住宅地はどこまでも広がっているようだった。その住宅地の所々には大きなショッピングセンターがある。レールは住宅地の先にまっすぐ伸びていた。


 やがて急行電車は大きな川を鉄橋で渡った。川辺では人間の子供たちが遊んでいる。子供たちは楽しそうな表情だ。これから起こる悲しい出来事を全く知らないかのようだ。サラは車窓から彼らを見ていた。それを見て、子供たちの笑顔をいつまでも残したいと感じた。


 向かいの席には、あるカップルがいた。女はあるパンフレットを持っていた。女は男にそのパンフレットを見せた。


「あなた、これ見て」

「何だい、これ?」


 男はパンフレットを見た。男はパンフレットに興味津々だった。


「神龍教のパンフレットよ」


 女は神龍教に興味がないようだ。


「インチキだな。変な宗教団体パンフレットなんか、捨てちまえ!」


 男はパンフレットを奪い取り、バッグに入れた。サラはその様子を見ていた。


 後ろのボックスシートでは男たちが話をしていた。


「最近、魔界統一同盟っていう連中が人間を探して捕まえているの。なんで捕まえているのかな?」


 男は不安そうな表情だった。自分も狙われるかもしれないと思っていた。


「いくら何でも乱暴だと思うな。罪のない人にこんなことするなんて」


 男はかわいそうな表情をした。


「それはそうと、最近変な宗教団体が現れたんだよ」

「何ていう教団だ?」

「神龍教」


 男も興味がないようだ。


「ああ。聞いたことある。僕は入りたくないよ。不気味だもん」


 向かいの男は嫌そうな表情だった。


「僕も入りたくないよ。昨日、勧誘に来たけど、断った」


 男は厳しい表情だった。しつこく入らないかと行ってくる男がうっとうしかった。


「だろうな。あんなの入ったら、きっと恐ろしいことが起こるに違いない」


 サラはその言葉を聴き耳していた。彼らの考えに同感だと思った。そんなとこ入ったら、人間を散々な目に合わせるだけだ。強制労働させて、時には殺そうとする。


 その時、客室にある男がやってきた。スポーツ刈りの男で、首にはペンダントをぶら下げていた。神龍教のペンダントだった。


「ねぇねぇ、あの人」


 サラは小声でサムに話しかけた。


「どうしたんだよ」


 サムも小声だった。


「神龍教の?」


 サラは男のペンダントを見ていた。


「うん」

「乗客の人間が連れ去られそうで怖いわ」


 サラは不安な表情だった。


「それはないだろ。車掌さんがいるんだぞ」


 サムは笑顔を見せた。


 そこに、ある女性とその娘がやってきた。だが、2人とも寂しそうな表情だった。娘は泣きそうな顔だった。


「今日、旅行のはずだったのに、お父さん、どこ行っちゃったのかな?」


 娘は叫んだ。娘は泣いていた。


「楽しみにしてたのにねぇ」


 母は悲しい表情だった。泣き崩れる娘を見て、母は抱っこして励まそうとした。


「あいつらに連れ去られたのかな?」


 サムは娘の表情を見ていた。


「わからない。でも否定できない」


 サラは首をかしげていた。サラは心配そうに娘を見ていた。そして、再び父に会えるようにしなければと心の中で誓った。

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