第4話 西へ(3)

 正午、3人を乗せたカーフェリーは、汽笛を鳴らして、埠頭を離れ、港を後にした。埠頭では多くの人が手を振っていた。


 3人は再び船首にやってきた。船首の先には、どこまでも続くような大海原が広がっている。3人は、船首に広がる大海原を見て、これからの大冒険に思いをはせた。そして、王神龍を必ず見つけ出し、倒すと心に誓った。


 まだ昼食を食べていなかった3人は、船の中にある食堂で昼食を食べることにした。この船の1階には、多くの店が軒を並べていて、どの店も行列ができている。その中にも家族連れが多い。ちょうどそのころ船内放送が流れていたが、家族連れの話声でほとんど聞こえなかった。


 3人は並ぶのを諦め、食堂のある1階の奥にある弁当屋の弁当を食べることにした。本当は食堂で食べたかったが、食堂の定食より弁当屋の弁当が安いうえに、時間がかからないからだ。


 3人はデッキで弁当を食べながら、着いてからの予定を話し合っていた。


「明日からどうする?」


 サラはリプコット大陸の地図を広げた。3人は、リプコットシティに着いてからどうやってインガーシティに行こうか、まだ考えていなかった。


「とりあえず、インガーシティに行くために、リプコット港に隣接したリプコットセントラル駅から発着している大陸横断鉄道に乗りましょ。それの大陸横断特急に乗ればまっすぐインガーシティに行けるわ。」


 サムはあまり旅行に行ったことがないが、交通機関のことはよく知っていた。


「そうしよう」


 マルコスは楽しそうな表情だった。


「でも、夏休みだから、なかなか席が手に入らないかもしれないわよ」


 カーフェリーであれだけ並んでいたから、大陸横断特急もなかなか乗れないとサラは思っていた。


「そういう時は急行でもいいから乗ろう。そっちのほうが自由席があるし」


 サムは何としても早く行こうと思っていた。


「そうだね。それでもかまわないわ。行くことができたらそれでいいから」


 人間を救うためにも、世界を救うためにも、そして、何よりも世界でたった1人の母を救うためにも早く行かなければ。


「さてと、俺はしばらくカーペットで休むとするか。あー、やっぱりカーペットは心地よいよな。昨日も今日も悪い魔獣をボコってきた疲れが吹っ飛ぶよ」


 マルコスはカーペットに横になった。マルコスは、昨日も今朝も多くの魔獣と戦ってきて、とても疲れていた。


「そうしよう」


 サムも釣られるように横になった。サムも町を逃げ回って、今朝は魔獣と戦って、疲れていた。


「私は船首に行って大海原を見てくるわ」


 サラは船首に向かった。


 サラはデッキにやってきた。船首には多くの人々がいる。特にこの時期は、家族連れが多く見られた。夏休みを利用して旅行をする家族と思われる。彼らはとても楽しそうな表情をしている。サラは彼らの幸せそうな姿を見て、母のことを思い浮かべた。母は今頃、何をやっているんだろう。元気でいるだろうか。また逢えたら、どこか遠くに行きたいな。サラは母と再び逢える日を楽しみにしていた。


「きれいな海」


 そのころ、近くにいた2人の男が話をしていた。


「最近、人間を捕まえるやつがいるけど、なんで捕まるんかな?」

「わからない。許せないことだよな。何の罪もないのに」


 彼らは、朝のニュースでアインガーデビレッジやハズタウンで人間が連れ去られたニュースを見ていた。


 サラはその立ち話をしていた。サラは腕を握り締めた。人間を捕まえる神龍教が許せなかった。王神龍を倒して、何とかしたいと思った。


 サラは船首にやってきた。船首の前にはどこまでも続く大海原が広がっていた。サラは大海原を見て、この先何が待ち受けているんだろうと考えた。母はどこに行ってしまったのか、そして、王神龍はどこにいるんだろうと考えた。


「待ってろ、王神龍! 絶対倒すからな! 人間の未来は、私が守る!」


 大海原に向かってサラは叫んだ。




 午後6時ごろになって、サラが船首から戻ってきた。


「ただいま」


 サラはとても元気そうだった。母がいなくなったつらさをすっかり忘れていた。


「おかえり」


 カーペットに横になっているマルコスは笑顔を見せた。


「初めてリプコットシティに行くの。楽しみ。あそこ、世界の経済の中心なんだって」


 サラは嬉しそうな表情だった。


「僕も行ったことがないんだ。楽しみだな」


 サムも嬉しそうだった。


「僕も」


 マルコスも初めてだった。3人ともリプコットシティに行くのを楽しみにしていた。


 3人の隣で寝転がっていたカップルが何か話をしていた。1人は丸刈りの若い男で、もう1人はやや背の低いロングヘアーの女だった。


「何この雑誌」


 男はある雑誌を出した。神龍教の雑誌だった。


「神龍教の雑誌」


「インチキね。そんな宗教に入会しちゃだめだよ」


 おんなは厳しい表情だった。


「わかってるよ」


 男は雑誌を破いて捨てた。


 サムはその様子を怪しそうに見ていた。そんな悪い宗教団体に手を出してはならないと言いたかった。




 3人はカーフェリーに乗ろうとしていた頃にサイレスシティに停泊してた貨物船は、カーフェリーより少し遅れて港を後にしようとしていた。貨物船の行き先はカーフェリーと同じくリプコットシティだ。


 貨物船の周りには、多くの乗組員が立っていて、どこか物々しい雰囲気だ。その乗組員は、怖そうな表情をしている。腕が太くて、刺青をしている。まるで海賊のようだ。荷物を積み込んでいる人も、怖そうな表情をしている。


 実はこの船は、昨日ハズタウンやアインガーデビレッジにいた魔界統一同盟の船だ。サムの言ったことは正しかった。乗組員や周りの人は全員魔界統一同盟の幹部だ。そして、この船は、捕まえた人間を運ぶ奴隷船だ。その貨物船のコンテナの中身は、捕まえた人間だ。水兵やサラの予感は正しかった。


 その中には、昨日捕まえたアインガーデビレッジやハズタウンの人間も入っていた。ただし、その中身が人間だとは誰にも話していなかった。コンテナの中身は野菜だと嘘をついていた。人間が積まれていると思ったら、逮捕されるからだ。


 捕まえられた人間は、この暗いコンテナの中に大量に閉じ込められていて、どこかに連れ去られる。その行先は、幹部しか知らない。彼らは、今からどこに行かされるか教えていなかった。


 船の上から下を覗いていた男が言った。その男はスキンヘッドで、サングラスを付けている。太い腕には白い龍の刺青がある。


「よーし、全部載せ終わったか?」

「全部載せ終わりました」


 その男も、魔界統一同盟の幹部だった。その男は黒いドラゴンに変身し、貨物船に飛び乗った。


「よーし、では、出航だ!」


 男はすぐに、船長のもとに行った。出航の準備ができたことを船長に報告するためだ。


 しばらくして、船長がやってきた。その船長も、魔界統一同盟の幹部だった。


「よし、出航だ!」


 奴隷船は汽笛を上げ、サイレス港を後にした。目指すはリプコットシティ。コンテナを列車に載せ替えて、奴隷は各地に送られる。


 奴隷には、汽笛の音が聞こえた。その時初めて、自分たちは船に乗っていると実感した。


 船の近くには、多くの人がいた。だが、コンテナの中に人がいることを知る人はいなかった。見ている人は普通の船だと思っていた。


 それからしばらく走り、サイレス港が見えなくなったころ、食事係は、コンテナのわずかな隙間から、まるで動物のえさのような食事を落とした。


「おらおら、食事だぞ!」


 隙間から顔をのぞかせた食事係が叫んだ。それを聞いて、人間がえさに群がった。捕らわれた人間は、まるで動物園の動物のような扱いを受けていた。その姿はまるで、檻の中の動物のようだ。捕らわれた人間は、どうしてこんなひどい扱いを受けなければならないのかと思った。同じ生きる物なのに、どうして? 捕らわれた人間は怒っていた。


 コンテナの中からは、様々な声が聞こえてきた。捕らわれた人間たちの声だ。彼らはとても怒っていた。寿司詰め状態でコンテナに積まれ、与えられる食事はまるで動物のえさのようだからだ。こんな生活はもう嫌だと思っていた。早く逃げ出したいと思っていた。だが、逃げ出すことができなかった。


「何だこの食事は」

「まるで家畜じゃないか?」

「もっとしっかりとしたのが食べたい!」

「俺たち、どこに連れて行かれるのかな?」

「わかんねぇ。こんなひどい食い物与えられているから、ろくじゃないところじゃね?」

「なんでこんな食事をしなければならないんだよ!」

「もっと普通の食事がしたい!」

「そんなの嫌だよ。早く普通の生活がしたいよ!」

「俺も同じだ」

「なんでこんなひどいことをやるんだ!」

「俺の女房、今頃どうしているかな?」

「大好きな妻のもとに帰りたい!」

「おじいちゃーん、助けて!」

「お母さん、助けて!」

「お父さん、どこにいるの?」

「こんなの食べられるか!」

「もっとまともな食事をくれ!」

「まるで動物の餌みたいだな」

「まるで俺たちは動物園の動物みたいだ」

「俺たちは動物園の動物じゃねぇ。人だ!」

「そうだ! 俺たちは人だぞ!」

「裁判で訴えてやる!」

「そうだ! 脱走して、訴えてやる!」

「でも、どうやってここから出るの?」

「どう考えても出れないじゃん!」

「あいつら、知っていてやってるのかな?」

「知っていてやっているに決まってるさ!」

「ひどすぎる! なんでこんなことをするの?」

「後でたっぷり仕返しをしてやる!」

「神様、我々をお助けください!」


 コンテナの中から様々な悲痛な叫びが聞こえた。だがその声は、誰にも聞こえなかった。このコンテナは、中の音を完全に遮断できるように作られたからだ。それに、彼らは人間の言うことを全く聞こうとしなかった。


「やかましい! 静かにしろ!」


 見張りは怒って、銃を撃って脅かした。人間は一気に静まり返った。ある人間は涙を流し、ある人間は震えた。


 人間たちは、どこに行くのか、全くわからなかった。窓がなく、たった1つの照明塔が人間たちを照らしていた。しかし人間たちは、海を渡っていると感じた。船の汽笛みたいな音が聞こえ、その後、モーターの音と波しぶきの音が聞こえるからだ。これからどこに連れられるのだろう。また元の生活を送れる日は来るのか? それまでに死んでしまうかもしれない。人間たちは不安になった。彼らは、これから過酷な重労働をされることを、全く知らなかった。生きて帰れないことを、全く知らなかった。




 夜も更けた。もう寝る時間になった。周りの人の中にはもう寝ている人もいる。カーフェリーは就寝の妨げにならないように部屋の明かりを暗くしていた。起きている人はカーペットの上で話をして、暇をつぶしていた。


「もう寝よう」


 マルコスはすでに寝入っていた。


「そうしましょ。おやすみ」


 サラは横になった。


 3人は、カーペットに横になり、夜を越した。必ず母と再会できることを祈りながら。




 その夜、サラは変な夢を見た。それは、洞窟のような岩がむき出しのところにある牢獄に閉じ込められている母が1人の男を目の前で見ている夢だ。サラは驚いた。どうして母が牢獄に閉じ込めらているんだろう。何も罪を犯していないはずだ。あんなにやさしい母がそんなことをするはずがない。サラは思った。


 マーロスはうずくまっていた。マーロスは、王神龍の命令で、1週間後、生贄に捧げられることが決まっている。明日、王神龍の生贄に捧げられるのが怖かった。死ぬのが怖かった。サラを残して死ぬわけにはいかない。もっといる時間が必要だ。一刻も早くここから脱出しなければ。でも、何もできない。何もできない自分を、マーロスは嘆いていた。だが、何も起こらない。奇跡は起こらない。


 突然、見張りがやってきた。


「面会だ」


 マーロスは驚いた。誰が面会に来たんだろう。自分に親しい人かな?サラかな?サラだったらいいな。母はそう願っていた。死ぬまでに、もう一度サラに会いたい。あって、いろんなことを伝えた。料理の作り方や、これからの人生に役立つ知恵を。そうしなければ、サラは社会人としてやっていけないに違いない。マーロスはそう感じていた。


 だが、訪ねてきたのは、親しい人でも、サラでもなかった。白い忍者のような服を着た男だった。母は起き上がって、鉄格子越しに、白い忍者のような服を着た男を見た。その男は、首にいくつものペンダントを付けていた。頭には金色の龍の飾りがあった。その飾りは、マーロスを誘拐した人々と同じ模様だった。左手には杖を持っていた。いかにも怪しげな、魔法使いのような男だった。


「久しぶりだな」


 白い服の男は、マーロスのことをよく知っているようだった。男は、えくぼをのぞかせた。男の笑顔はどこか不気味だった。


 マーロスはその声に反応して、驚いた。マーロスはその男を知っているようだ。


「お前は」


 マーロスは開いた口がふさがらなかった。以前あったことがあるからだ。その男は、かつていじめていたあの男だった。


「まさか」


 ボブは驚いた。


「そうだ。全て俺がやった。俺が理想の世界を作るためにした。その願いに犬神様が応えて、俺に力を与えた」

「待って! あなたがやったことなの?全部あなたがやったことなの?」

「ああ。憎しみが俺に大きな力を与えた。そして俺は神の力を手に入れた。それによって俺は世界創造する力を持つことができた。ありがたく思え! 理想の世界を作るのだから」


 マーロスは茫然としていた。




 サラは目が覚めた。だが目の前に母はいなかった。そこは船のカーペット席だった。マルコスやサムはすやすやと眠っている。しかしサラは汗をかき、息がとぎれとぎれだ。


 サラはここ最近、母の夢を見るばかりだった。全てないような違うものの、夢ではないみたいだった。場所が似ている。昨日の夢の続きのようだ。まるで現実に起こっていることを見せられているようだった。サラは再び眠りについた。




 昨日、変な煙を吸わされた少年は、放心状態のまま変な場所に連れて行かれた。そこには、巨大な龍の彫刻があった。その龍は、昨日の夢に出てきた王神龍のような白い体だった。そこでは、ある儀式が行われていた。


 祭壇の前には、犬神がいた。あるものを掲げ、それを見た人々は歓喜を上げていた。人々は、何かにとりつかれたかのように祈りを捧げていた。彼らの目は赤く光っていた。


 その後、あるものが宙に浮いた。ある程度宙に浮くと、巨大な白い龍の幻が現れた。その龍は彫刻の龍だった。巨大な白い龍はあるものに向かって炎を吐いた。あるものは炎で跡形もなくなった。その跡には光り輝く何かがあった。


 白い龍は光るものを飲み込んだ。人々は再び歓喜を上げた。少年はその場所で行われている儀式を見て、真似をしていた。祈りを捧げ、歓喜をあげた。少年も、まるで何かにとりつかれているような表情だった。少年の目も赤く光り、うつろな表情だった。


 その儀式が終わると、少年の目は元に戻った。少年の表情も元に戻った。そして、少年は笑みを浮かべた。少年は不思議な感覚になっていた。


 儀式を終え、少年は寝室に戻ってきた。寝室には、王神龍や犬神教祖をはじめとする神龍教の幹部の銅像が所狭しと置かれている。壁には王神龍や犬神の絵が並んでいる。最初は異様に思えて嫌っていたが、1晩で慣れた。そして、王神龍や犬神が少しずつ好きになり始めた。


 少年は疲れたのか、すぐにベッドに横になり、寝入った。




 その日の夜、少年はある夢を見た。それは、王神龍に抱かれる夢だった。王神龍に抱かれた少年の表情はとても嬉しそうだった。


「抱かれて気持ちいいか?」

「はい、とても気持ちいいです。」


 少年は自殺しようとしたことをすっかり忘れていた。信頼できる人や神様がいるから、自殺しなくていいと思っていた。


「今日いただいた魂、おいしかったぞ」


 王神龍は笑みを浮かべていた。また1人、神龍教の信者ができて嬉しかった。


「あ…、ありがとうございます」


 少年は戸惑っていた。少年は心地よさそうな表情だった。まるで母親に抱かれる赤ん坊のようだった。


「これからも祈りを捧げますか?」


 王神龍は笑みを浮かべた。とても優しそうな声だった。


「もちろんです。私は偉大なる創造神王神龍様に祈りを捧げると誓います。憎い人間を生贄に捧げる時、憎しみの数だけ人は強くなると強く感じました。その考えは、間違っていなかったと思います」


 少年は神龍教を信仰すると誓った。


「よろしい」


 王神龍は笑った。少年はとても心地よさそうだった。そして、少年は、白い龍のためにその儀式を行う決意をした。




 次の日の朝、少年の寝室に犬神がやってきた。分厚い辞書を右手に握っていた。


「犬神様」


 何かに気づき、少年は横を向いた。


「よく眠れたかな?」


 犬神は笑みを浮かべた。その表情は夢の中の王神龍に似ていた。


「はい」


 いい夢を見ながらぐっすりと眠れることができた。


「それはよかった」


 犬神は感心した。王神龍の力が確実に効いているからだ。


「昨夜、偉大なる創造神王神龍様に抱かれる夢を見ました。神龍教は素晴らしいと思います。昨日の儀式を見て、人は憎しみの数だけ強くなれると実感しました」


 少年は昨日の夢のことを嬉しそうに話した。そして、神龍教を信仰しようと決意た。


「よろしい。神龍教信仰の証として、この紋章を授けます。これを持っている限り、あなたは父なる創造神王神龍様の恩恵を受けることでしょう」


 犬神は王神龍の絵の入ったペンダントを与えた。少年は嬉しがっていた。これで神龍教の信者になれたと思っていた。少年は笑みを浮かべた。そして目を光らせた。

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