第3話 異変(4)

 その頃、マーロスは牢獄の中で泣いていた。サラのことが心配だった。何もできない自分が情けなかった。サラは今、元気にしているだろうか? しっかりと家事をこなしているだろうか? まだ小さいので、できるかどうか不安だ。でも、牢獄の中で、何もできない。サラの近くにいられない。マーロスは、サラの力になれない自分を情けなく感じた。


 マーロスは、白いワンボックスカーに乗せられた。その中でマーロスは、車の中の男が持っていたガムテープで、ミイラのようにぐるぐる巻きにされた。さらにその後、何者かに催眠術をかけられた。そして、連れ去られた時の記憶を消されていた。そのため、どこに向かってのかわからない。どうしてここにいるのかわからない。ここがどこなのかわからない。ただ覚えているのは、連れ去られる前に、バス停を降りて、ハズタウンに向かったことだけだった。


 マーロスの前を、見張りと思われる男が通りかかった。その男は坊主頭で、とても大きな体をしていた。その男も、金色の龍のペンダントを付けていた。マーロスは、その男がだれなのか、全くわからなかった。連れ去られた時の記憶を消されたからだ。


「ここに閉じ込めて、どうなるの?」


「教えてやろう。お前は偉大なる創造神王神龍様の神の炎を浴び、偉大なる創造神王神龍様の生贄となる。そして、偉大なる創造神王神龍様が新たなエデンを築くためのお力となる。素晴らしいことだろ?」


 見張りは笑みを浮かべた。見張りは、マーロスが王神龍の生贄になるのを楽しみにしていた。


「そんなひどいこと、許さない! そのために人を殺すなんて、許せない! 訴えてやる!」


 マーロスは怒った。


「お前が生贄に捧げられるのには意味がある。お前はかつて愚かなことを犯した。お前はかつて、ロンという男を苦しめた。だからお前は愚かな人間だ。偉大なる創造神王神龍様はそのような魂を力としている。よって、お前のような愚か者は消え去り、偉大なる創造神王神龍様のお力になるのがふさわしいのだ。」


 マーロスは驚いた。自分が過去にやったことを知っているからだ。どうしてこの人は知っているんだろう。マーロスは首をかしげた。


「どうしてそれを知っているの?」

「本人が言った」


 マーロスは驚いた。あの弱気なロンが告白するのが信じられなかった。どうしてこんな正確になったのか?マーロスは疑問を抱いた。


「ロンを苦しめただけで、生贄になるの?」

「ああ、そうだ。」


 見張りは少し笑みを浮かべていた。生贄にされるのが嬉しいようだった。


「あの時のことは許して! 私、そのせいで、高校の進学が危うくなった。ロンをいじめていたほかの人も進学が危うくなり、内定が取り消されたこともある。だから私、高校の頃、人権サークルに入って、それを償おうとした。その努力を認めて!」


 マーロスは今までしてきたことを涙ながらに告白した。


 だが、見張りはその思いを受け止めなかった。見張りは後ろを向き、強い口調で言った。


「もう遅い!お前のしたことは一生償えないことだ。偉大なる創造神王神龍様の生贄となり、お力になることしか、償う方法がない」


 見張りは再び笑みを浮かべた。見張りは、その女を偉大なる創造神王神龍様の生贄に捧げることが嬉しかった。それによって、偉大なる創造神王神龍様からありがたい恩恵を受けるからだ。


 見張りは笑い声を上げながら、去っていった。マーロスは見張りをにらみつけていた。その男を殺したかった。だが、檻に閉じ込められ、何もできなかった。


 マーロスはサラのことを思い浮かべた。サラが心配だった。まだ子供のサラはこの先1人で生きていけるか心配だった。昨夜はそのことで眠れそうにないと思った。


 その時、別の見張りがやってきた。見張りは誰かをつかんでいる。その男は騒いでいる。誰だろう。マーロスは思った。


 マーロスの入っている檻の出入り口の鍵が開けられ、1人の男が投げ入れられた。男は気力失ったような表情だ。


「そこの檻に入っていろ、この愚か者!」


 牢屋に放り込むと、見張りはすぐにカギをかけて、去っていった。その金髪の男は、ぼろぼろの黒いTシャツを着ている。ひどい暴行を受けたのか、体中が傷だらけだ。ボブだ。その男は中学校の頃の同級生で、一緒にロンをいじめていたボブだ。まさかここで再会するとは。マーロスは驚いた。


「ボブ!ボブ!」


 ボブはマーロスに気づき、近寄った。


「マーロス、マーロスじゃないか! いなくなったと思ったら、こんなところにいたのか」


 マーロスとボブは抱きついた。こんな場所ではあるが、久々の再会が嬉しかった。


「私、捕まったの。あなたも捕まった?」

「うん、捕まった。旅行中、神の命令だと言われて、奴らにつかまって、ワンボックスカーに無理矢理乗せられた」


 ボブは息を切らしていた。ボブはエムロックタウンを旅行中に捕まった。


「私もそんな感じだった」


 マーロスは自分に何があったのかはっきりと話した。


「俺、思うんだ。神の命令って、何が神の命令なんだよ。あんな乱暴なことをするのに・・・」


 ボブは震えていた。まだおびえていた。


「私もそう思う。あれは絶対に邪神よ」

「うん、僕も邪神だと思っている」

「ひどい傷。奴らにやられたの?」


 マーロスはボブの頭の傷を触った。ボブの頭から血が出ている。


「たぶん」

「やられた時のこと、覚えてないの?」

「うん。たぶん記憶を消されたんだと思う」

「ひょっとして、ロンを苦しめたから?」

「わからない。何も理由を言ってくれなかった。でもなんで、ロンを苦しめたことが関係するんだ?」

「たぶんそうよ。私、そんなことしたから、生贄にされると見張りに言われたの」


 マーロスは捕まった理由を話した。


「生贄に捧げられるって、本当?ひどいな。じゃあ、僕も生贄に捧げられるんかな?」


 ボブは驚いた。生贄に捧げられることを知って、ショックを隠し切れなかった。もうすぐ殺されると確信した。手の震えが止まらなくなった。


「たぶんそうかもしれない」


 マーロスは残念そうな表情だった。もっと生きたかったからだ。


「怖いな」

「いじめられていたこと、ロンが言ったんだって」


 マーロスは信じられない表情だった。弱気なロンが真実を話したことがいまだに信じられなかった。


「ロンが言った? 信じられない。あんな弱気なロンが?」


 ボブは驚いた。ボブも、ロンが真実を話したことが信じられなかった。


「私も信じられないわ。でも、強くなってくれて、嬉しかったわ」


 ロンの成長ぶりに嬉しかった。


「僕もそう思うよ。そうだ、ちゃんとロンに謝れば、大丈夫かな?」

「ううん。もう遅いと言われたから、私もボブも生贄に捧げられるんじゃないかな?」


 マーロスは残念そうな表情だった。


「そんな、あの時、いじめていなければ、こんなことにならなかったのに」


 ボブは目の前が真っ暗になった。こんな形で死ぬのは嫌だ。もっと生きたかったと思った。


「私もそう思ってるわ。あの時いじめたことを後悔してるわ。でも、もう遅いのよね」

「死ぬのが怖いな」

「私も怖いわ。そんなことで命を落としたくない」


 2人は死の恐怖におびえていた。




 その頃、牢屋の向こうの部屋では、やり取りが行われていた。その部屋には、昨日人間狩りを指揮していた獣人がいた。


「マーロスの様子はどうだ」


 獣人は龍の置物を撫でていた。


「まだ興奮しております」


 男は焦っていた。態度の悪いマーロスに手を焼いていた。


「近々、マーロスを生贄に捧げる。ボブはその次の日だ。わかったな?」


 獣人は後ろを向いた。


「はい!」

「今日はどこの人間を狩ってきた?」

「本日はアインガーデビレッジとハズタウンの人間を飼ってまいりました。アインガーデビレッジは昼と深夜に二度侵入し、1人残らず狩ってまいりました」


 男ははきはきと答えた。


「よろしい。明日はインガータウンを狙え!」

「かしこまりました」


 男は笑顔をのぞかせた。マーロスを生贄に捧げられるのが楽しみだったからだ。


「あと、アインガーデビレッジで狩りを行ったワイバーン団から聞いた話ですが、我々に抵抗した魔族の子がいたそうです」

「知っておる。サラとマルコスだろ」

「どうしてそれを知っていらっしゃるのですか?」

「私は全てを知っている。面白そうじゃないか。一度、王神龍と対決させてみよう。そして、偉大なる創造神王神龍様がどれほど恐ろしいか思い知らせてやろうじゃないか?」


 獣人は笑みを浮かべた。何か悪いことを企んでいるような笑みだった。




 その日の夜のこと。ここは広大な樹海。ここは有名な自殺スポットで、多くの人が自殺しようとする。今日もまた多くの人が自殺をしにきた。彼らは、何らかの理由で生きることがつらいと感じ、自ら命を絶とうとしていた。政府は自殺を防ぐために、森のあちこちに自殺を防ぐためのメッセージを書いた紙を貼ったり、自殺を防ぐためのパトロールを派遣して、自殺を減らそうと努力していた。だが、自殺は一行に減らなかった。年々増加していた。


 そんな広大な樹海で、1人の少年が自殺しようとしていた。父が痴漢と間違われて捕まり、いじめられた。痴漢をやってないことが明らかになっても、少年はいじめられた。それを苦にした自殺である。彼は数日前から行方不明となっていて、警察が全力で探しているが、まだ見つかっていない。


 少年は大きな木の前に立った。少年はリュックから持ってきたロープを取り出した。このロープを木の枝に結び付け、首を吊ろうと思った。少年は遺書を取り出した。それを見て、少年は泣きだした。両親と永遠の別れをするのがつらかった。だが、またいじめられてしまう。こんな辛い毎日、生きていても意味がない。


 少年はロープを木の枝に結び付け、首にロープをかけた。少年は目を閉じ、首を吊ろうとした。


 その時だった。目の前に1人の男が現れた。男は魔法使いの服を着ている。その男はハンサムな顔をしていた。男は自殺をしようとしている少年に気づき、駆け寄った。


「何をしてるんだ!」


 少年はそれをに気づいた。少年はすぐに首を吊ろうとした。何が何でも自殺しようと考えたからだ。


 その時男が駆け寄り、少年を抱きかかえた。少年は抵抗した。だが、逃げることができなかった。


「自殺なんかしちゃ駄目だよ」

「ごめんなさい」

「さぁ、こっちにおいで。悩みを聞いてやろう」


 男は少し笑みを浮かべていた。何か悪いことを企んでいるような表情だった。


 2人はどこかに行ってしまった。少年は少し戸惑っていた。突然のことだったからだ。


 その時、少年は知らなかった。この後、人間の体を捨て、魔獣の力を得て、邪教の信者になるということを。


 少年はワンボックスカーに乗せられ、知らない間に同乗者に催眠術をかけられ、その中で眠ってしまった。この後、何が起こったのか、少年はわからなかった。少年は同乗者によって、記憶を消されていた。




 少年は目を覚ました。気が付くと、そこは密室だった。空気の逃げ場のない、密閉された空間だった。少年は驚いた。目が覚めたらわけのわからないところだ。少年は辺りを見渡した。自分以外誰もいない。


「ここは、どこ?」


 その時、部屋の通気口から白い煙が出てきた。火事だろうか? 少年は首をかしげた。


「何をする!」


 たった一つの扉を叩きながら、少年は叫んだ。


「何も悪いことはしない。素晴らしい夢を見せてやろう」


 男の声がした。樹海で会った男の声だった。少年はその男の声に気づき、少年は悪い奴だと思った。ついていかなければよかったと思った。だが、もう遅い。部屋に閉じ込められた。


 その後も煙は広がり、部屋全体に充満した。少年は必死で煙から逃れようとしたが、逃げ場がなかった。


 煙が部屋全体に充満すると、少年は息を止めた。だが、耐え切れず、少年は煙を吸ってしまった。


「ケホッ、ケホッ・・・」


 少年はせき込んだ。まるでたばこのような匂いだった。だが、どこか気持ちいい匂いだった。その直後、少年は倒れ、意識を失った。その後、何があったか、少年は覚えていなかった。


 煙が止まり、扉が開いた。少年を連れ出した男が入ってきた。少年はまだ意識を失っている。少年は何かに驚いた表情だ。男は少年を抱きかかえ、ある部屋に向かった。少年はそのことを全く知らない。夢の中だった。


 意識を失っている間、少年は夢を見た。少年の目の前は真っ白だった。誰もいなかった。少年は辺りを見渡した。


 その時、自分の目の前に美しい神が姿を現した。白いマントを着て、白い布で顔のほとんどを隠している。その神は、やさしい目をしている。まるで父のようだった。


「あ・・・、あなたは?」


 少年は問いかけた。


「私は王神龍。偉大なる創造神王神龍。あなたの悩みを聞き入れましょう」


 王神龍は自己紹介をした。とても丁寧な口調だった。


「は…、はじめまして。」


 少年は途切れ途切れに答えた。少年は緊張していた。神様が目の前にいるからだ。


「何をされたのですか?」

「父が痴漢と間違われて捕まり、いじめられました」

「そんなことをされたのですね。辛かったでしょう。いじめた奴らが憎いでしょう。でも、我に従えば、その苦しみから解き放たれるでしょう。憎しみの数だけ、人は強くなれる。そしてあなたは、大いなる力を手に入れることができる。その力は、世界を豊かにする力になる。私はそう感じております。さぁ、私に従いなさい。そうすれば、あなたは幸せになれるでしょう」


 王神龍は男を抱きしめた。とても心地よかった。




 少年は目を覚ました。ある部屋のベッドの上だった。少年は起き上がり、部屋から出ようとした。だが、鍵がかかっていた。その部屋には、あらゆるところに白い龍の絵や置物が並んでいる。『父なる創造神王神龍様、我は魔獣の子。新たなエデンを築くまで、愚かな人間を生贄に捧げることを誓う。』という張り紙もあった。


「助けて! ここから出して!」


 少年は大声で叫んだ。少年は不快に思い、ここから出ようとした。だが、やはり鍵がかかっていた。少年は扉をゆすった。しかし開かなかった。


「開けろ!」


 少年はあきらめずに扉を叩いた。だが、誰も開けようとしなかった。聞こえていたが、誰も開けようとしなかった。


 少年は諦めた。ベッドに寝そべり、部屋の中でじっとしていた。そして、家族のことを考えた。両親はどうしているんだろう。元気でいるだろうか。少年は心配していた。その一方で、あの夢のことを思い浮かべていた。あの神様のことだ。まるで父のように優しくて、自分の悩みを受け入れてくれる。こんな神様がそばにいたらいいのに。少年は願っていた。


 少年はその後も礼拝の時以外はこの部屋で監禁された。吸わされた煙によって、少年は洗脳されていく。そして少年は、神龍教を信じるようになっていった。

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