第2話 夏の夜は浴衣を揺らして


 ――私が初めて星灯祭に行ったのは5歳の頃だった。

 ピンクの浴衣を揺らしながら、父親に手を引かれて歩いていたのを覚えている。

「おとうさん、ひとがいっぱいいるね~」

「優実、これがお祭りってやつだぞ」

「あ、くもだ!」

「くも? ああ、あれはな、わたがしって言うんだ。甘いんだぞ」

「あまいの…? そうか、くもってあまかったのかぁ……!」

 大きな広場に並ぶたくさんの夜店。

 その全部がきらきらに見えて、きょろきょろしながら色んな方向に手を引っ張る私にお父さんは苦笑していた。

「おとうさん、くもおいしいよ。ちょっとあげる」

「お、ありがとうな。じゃあお返しに焼きそばどうぞ」

「ありがたくちょうだいします」

「どこで覚えたんだそれ」

 私とお父さんは夜店の前の長椅子に並んで座り、食べ物を交換しながら祭りを眺めていた。

 その中でも私は、さっきわたがしを買った夜店を見つめていた。細いわたがしが割りばしに巻き付いて、どんどん大きく丸くなっていく様は何度でも見ていられる。

 しかし突然、わたがし屋のおじさんは機械を止めてしまった。

「あれ。くもやさん、もうおかたづけしてるよ」

「ああ、もうすぐ8時だからね」

「?」

 腕時計を見るお父さんの答えがよく分からず、私は大きく首を傾げる。

 その様子を見て、またお父さんは笑った。

「優実。このお祭りはな、みんなで星を見ようってお祭りなんだ。だからわざわざ月のない夜を選ぶんだよ」

 どこからか、カウントダウンが聞こえてくる。

 ――5、4、3、2、1。

「それなのにさ、屋台のライトなんて野暮だろう?」

 ――0。

 

 突然周りの明かりが全て消え、黒しか見えなくなった。


「きゃっ!」

 急に完全な暗闇になり、隣にいたお父さんも見えなくなった私はパニックになる。

 その時、私の小さな左手は大きくあたたかい手に包まれた。

「優実、大丈夫だよ。ここにいるからね」

「おとうさん! こわい!」

「大丈夫。ほら、上を見てごらん」

 上?

 私はお父さんの手をしっかり握ったまま、上に目を向ける。

「う、わぁ……」

 私は自然と感嘆の声を漏らす。

 夜空は光で埋め尽くされていた。

 赤や青、大小さまざまな宝石のような光の粒が散りばめられている。

「そろそろ目が慣れてきたろう」

 その言葉通り、星の光に照らされたお父さんの顔がぼんやりと見えてきた。

「8時から5分間。全部の光を消して、星の灯りで時を過ごす。だから〝星灯祭〟と言うんだよ。優実にはまだ難しいかな」

 優しい声を耳で聞きながら、目は満天の星空を向いていた。

 綺麗、とはこのことなんだろうと私は思った。

 こんなにも目が離せない。

 もう一生、この景色しか見えなくてもいいと思えるくらいに。

「おとうさん」

「ん?」

「……あしたもこようね」

「あはは、明日はやってないんだよ。今日だけ」

 今日だけ。

 その言葉に少し泣きそうになる。

 でも涙で星空が見えなくなるのは勿体なくて、私はもう一度、ぎゅっと手を握った。

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