祈り~ほかにすることは無いのですか?~

牛盛空蔵

祈り~ほかにすることは無いのですか?~

 突然ですが一つ質問です。


 とある高校二年生が「東大に入るにはどうすればいいですか?」と教えを乞うてきました。

 あなたはどう答えますか?


ア 可能な限り勉強できる環境を整え、効率の良い勉強法をもって日々学習を積み重ねる


イ 東大の傾向をよく研究し、確かな対策を立てた上でこれを実行する


ウ 一年間ひたすら神に祈り、神の命じるところの勧誘や金品上納に励む


 たぶんですが、ほとんどの人はアかイを正解だと考えるでしょう。

 つまりウを選ぶ人はまずいない。


 それなのに、人生だの世界だの、話が大きくなると、人間は途端に神にすがりたがる。


 上の質問の答えから分かるように、目的を達成する――ひいては運命に立ち向かうために必要なのは、力を用意したり、不確定要素をできる限り減らして博打の色を排除することです。

 仮に「それだけではない」という人がいたとしても、例えば試行回数を増やして、何度も「サイコロ」を振り、当たるまで続けるとか、何かの間隙を突くといったような、やはり現実に対して働きかけるような提案をするはずです。

 このことは誰でも理解していて、だからこそウを選ぶ人はいないのです。


 しかし、実際には神に祈り、宗教に供え物をすることで、何か成功に近づいたつもりになる人がいます。

 いや、そこまで明確な意識をしている人ばかりではなくとも、人は祈りたがります。

 病気の人には「祈りを込めて」千羽鶴を贈ったり、企業が落とした就活生に「他所での健闘をお祈りする」メールを送ったり、目標達成のためにナントカ参りをしたり。

 まるで神にすがることが万能であるかのような印象すら受けます。


 けれども、何度も言うように、実際の最適解はそうではない。

 前提として、運命を神の領分に属するものとし、運命の本質に不確定要素すなわち博打、確率の面と、なんらかの力による障壁の要素があるとしても、たいていの人はこの前提に異議を唱えないと思います。

 この前提に立てば、問題を解決したり目標を達成したりするために必要なのは、運命に立ち向かう――不確定要素を無力化したり、障壁となる力を乗り越える――こと、すなわち「神の挑戦を退ける」ことです。

 神を信仰したり、宗教組織を盛り上げることとは正反対の事柄です。


 この点につきいくつか述べます。

 まず「宗教組織に助けを求めることで、自分の代わりに問題を打破してもらえることがある」という反論があるかと思います。

 それはその通りです。しかしそれは、神ではなく現実の組織に助力を得ているのですから、「祈り」ではなく現実の力を調達する行為です。この文章で述べている「祈り」とは性質が違います。

 これをもって、いずれにしても宗教に奉仕して問題を解決しているのだから、宗教は否定されない、という人もいるかもしれません。しかし結局のところ、このやり方ならば「力のある組織」なら宗教以外でも何でもいいことになるので、やはり、神に祈る積極的な理由にはなりません。むしろすがるならば、宗教よりリスクの低い組織があることも多いでしょう。

 また「人付き合いや回避しがたい行事などで、やむをえず祈ることもある」という反論も考えられます。

 これもその通りです。しかしこれも、現実的な判断として、状況をやり過ごすためにしていることですから、結局先ほどと同じことです。加えてこの場合、「真摯に」祈ることまでは求められず、とりあえずそれっぽいことをしていればいいわけですから、なおさらです。


 世界は不条理に満ちています。

 現実的に動員できる力には限りがあります。不確定要素は何をするにしても完全には排除できず、国家の命運から子供の遊びに至るまで、どこにでも埋め込まれています。「サイコロ」を振る回数には制限がある場合も多く、相手に間隙が見当たらない場合も多々あります。

 しかしそれでも、いかなる場合においても「神に祈る」ことは無意味であり、問題は解決されません。

 このことは、冒頭で述べた受験のたとえが明白に示しています。「人のあずかり知らぬところで、神が運命を調整してくれるものだ」とは言わせません。それは結局のところ、ウが最適解だと主張することとなんの変わりもありません。

 また「努力を神は見ており、その量に応じて報われるように運命を調整する」といった言説も通用しません。努力――または現になされた解決策のおかげで問題が解決したならば、その功は神ではなく努力そのものに帰されるべきです。そうでないなら神による「成果の横取り」がなんにでも通ってしまいます。


 神に祈っても問題は解決しない。

 それは、神に祈っても東大には受からないのと全く同じことです。

 ほかにすることは無いのですか?

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