第四十話 墓杜ひつぎという【人間】

 滑走路のように平らになった平地の先に、大木の下敷きになっていたオウガがいた。

 立ち上がってくるオウガよりも早くと思ったが、頑丈なオウガも今回ばかりは致命的なダメージだったようだ。

 空気が抜けてぺちゃんこになった大木を持ち上げる気力もなく、両手を広げて空を見上げている。


 喋る体力はあるようで、


「裏切られた気分だ……」

「正真正銘、堂々と裏切ったんだよ」


 オウガの目が語る。

 どうしてだ? と。


 敵を目の前にして、その相手にどうしてと聞くあたり、そのへん、敵ながらもぼくを信頼してくれていたのだろうか。

 だとしたら、少しだけ、罪悪感が生まれるけど……謝る気はない。


「ぼくにはなにもなかった。守れてばかりいたから心の内に柱なんて建っていなくて、ふらふらとしていたんだ。なにがしたい? なにを目指したい? 目的は? 目標は? 夢は? ……だからぼくにこの能力が生まれたんだって分かる」


 斬りつけたものの空気を抜く――最初は溜まったものを抜くという意味で、内に溜まる悪意や負担などを無くし、現状から前へ進むような前向きな能力なのかと推測もしたが、違う。

 ぼくからそんな能力が生まれるわけがない。


 もっと、後ろ向きだった。

 オウガに刃を突き立て、彼の体に溜まっている空気を、ゆっくりと、抜く。


「空気が抜かれたら、どんなものも、誰でも、ぺちゃんこになる。薄っぺらい、皮膚一枚の、破れた風船のビニールみたいに」


 ぺらぺらの。

 薄っぺらい、人間が出来上がる。


「ぼくはなにもなく、薄っぺらい人間だった」


「だから、みんなが薄っぺらくなれば、相対的にぼくは、厚みのある人間になれると思ったんだ――」


 ぼくが成長するのではなく、他人を落とす。

 そういう願いが込められた、能力だった。


 昔のぼくも、今のぼくも、どっちも卑怯ではあるけど。

 まだ、心に柱を持ち、そのために手段を選ばない今のぼくの方が、まだマシだ。


 いや――ぼく自身、その方がまだ、自分を誇れる。


「なにもなかったぼくには今、初を守りたいという、柱がある。それを確かめたくて、オウガのルールを受け入れたに過ぎないんだ。男のプライドとか約束とか、自分の命を優先して逃げ出しても良かったけど、その全てに背いてでも頑張ったのは、初のためだから」


 彼女のためなら、ぼくはなんでも頑張れる。


「そうか」

 と、短く、オウガが答えた。


 そして。


「知ったこっちゃねえよ」


 オウガの体が、それを最期にしてぺらぺらの、薄い一枚の肉の繋がりになった。


 平気そうな顔をしても、元よりオウガも限界に近かった。

 ぼくがぺらぺらにするまでもなく、オウガは蓄積されたダメージにより、やがて息を引き取っただろう。


 オウガがいなくなったことで、空いた器に再び収まるのは、ひばりだ。

 しかし彼女は喜ぶ素振りを見せず、ぼくの足下をじっと見つめていた。


「気付いて、ないの……?」

「…………なにが」


 全てを終わらせた安堵感と疲労により、意識が落ちそうになったのをなんとか堪える。

 ふら、と倒れそうになった体を、片足で踏み止まった時に――見えた。


 足下。

 鎖が、千切れている。


 冷水を浴びたように頭が冴え、理解する。


 ……………………………………………………初?

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