第三十八話 空白
「――で、どうするの? オウガ」
ひばりの計画通りに、初から大鎌を受け取り、オウガを追い詰めたぼくたちの元に、ひばりが姿を現した。
鎌の能力を持ったぼくを相手にオウガはなす術もなく両足を破裂させ、仰向けに倒れている。
誰が見ても劣勢、敗北は濃厚……、
あいつ自身もひばりから提案された選択肢の内、実質、一択しかない答えを選び取るしかないと自覚しているはずだ。
ひばりに体を返し、能力を得てぼくたちに対抗する……。
しかし、体がひばりに返ったところでぼくたちの目的は達成されており、今更、ひばりがぼくに刃を向けることなど……、
いや、嫉妬深い彼女のことを思うと、ないとは言い切れないけど――。
ともかく、オウガの脅威は一旦、先延ばしにできると見ていいだろう。
そう思っていたのに――、
「なん、ですって……?」
「いらない、と言ったんだ」
立ち上がったオウガがひばりの体を腕で押し返し、拒絶する。
能力を得るメリットを捨ててでも、ひばりに体を返さないようだ。
……予想外、ではなかった。
もちろん、十中八九はさすがのオウガでも一旦は受け入れると思っていたが、残った一つの可能性に、今回は当てはまってしまったらしい。
彼らしくない、とは思うものの、先を見越した判断なのか冷静さを失った末の判断ミスなのかは分からないけど、オウガにとっては譲れない部分なのかもしれない。
合理的よりも感情を優先させる時だってある。
オウガは目的のために融通を利かせることが多い性格ではあるけど、機械じゃないのだから当然、百回も試行していれば一回くらい大回りをすることくらいある。
目的達成のための必要な寄り道ではなく、感情を優先させた独自のルート。
そこがたとえ藪の中だったとしても、茨の道を歩くことを覚悟したなら、通れない道ではない。
ぼくの能力で破裂し、立ち上がれなくなった自分の足を見たオウガが、
「風船を割ったみたいな傷痕なら、直せるな」
足を持ち上げ、破れた傷口を片手でまとめ、ラッパのように注ぎ口を作り、口をつけて息を吹きかけた。
膨らんで元の形を取り戻した足を引き千切った衣服の布で縛って塞ぐ。
即席で作り上げた足は、オウガの機動力を大きく削いだはずだが……、
対処法が知られてしまったということは能力が解明されたと同義だ。
認めなければまだ先があると思わせることも可能だけど、あくまでもハッタリ。
警戒させることができても、いつかはばれる。
対人戦において心理戦に長けたわけではないぼくがそんなことをしても、あっさりと見破れるのがオチだ。
足首を回すように、縛った部分の調子を確かめるオウガが呟いた。
「なるほどな、やはり縛っただけでは耐久力はないか」
両足に違和感を持っているようだ……なら、今の内に……っ。
オウガの全身を斬りつけて、全身の空気を抜いてしまえばぼくの勝ちだ!!
「――バカっ、ひつぎっっ!!」
ひばりの警告は遅く、オウガの姿が一瞬で消えた。
まるで、高速移動である彼の能力が戻ったかのように――。
「ぱんぱんに膨らんだ風船に穴を開ければ割れてしまうが、しかし、つまんだ唯一の空気の出入口を離すと、風船はどうなる?」
耳元、至近距離で聞こえた声に、オウガが隣にいることに遅れて気付く。
ぼくは一度、体験している。
かつて初と戦った時のことだ……。
足下の地面に鎌の刃が突き刺さった時、近くにいたぼくを吹き飛ばした原因が一体なんなのか、ということを。
「空気を排出した風船は勢いよく飛んでいく――蓄えた空気の容量によって飛距離は変わるが、オレとお前が向かい合うこの距離なら、万が一にも届かないってことはないだろ。今、そう証明された」
――オウガは、ぼくの能力を、利用して……ッ!?
「能力を扱うお前に対抗する武器を与えてくれて助かったぜ、ひつぎ」
彼が持っていた能力となんら遜色のない高速移動と同時、
一瞬で踏み込んだぼくの懐で、彼の膝蹴りがぼくの体をくの字に曲げた。
「ぁ……がぁ――ッッ!?」
「所詮、お前は守られるばかりのお姫様だった……そんな奴が、今になって戦場に出て戦い、勝利を得られると思うなよ。
胃の中のものが逆流する感覚に、嗚咽が止まらない。
人間に戻ってからまだ数十分すら経っておらず、それ以前も、食事などしていないのにもかかわらずだ。
一旦吐いてしまった方が楽かもしれないけど、吐き出すものがないのだから、この吐き気とは長く付き合っていかなければならない。
「結局、お前は矢面に立っただけで、お姫様であることに変わりないわけだ」
足の破損を改めて縛り直したオウガが近づいてくる。
「その力の源はお前かもしれないが、だが、死に神がいてこそ使える能力だ。お前は自分の足で立って進んでいると思っているかもしれないが、パートナーに寄りかかっていることに変わりない。能力を使っている以上、お前はなにも変わっていないんだよォッ!!」
……ようするに、だ。
「能力は、なしだ」
「ひつぎっ、聞かなくていい! そんなのオウガが自分の戦いやすいように場を整えているだけなのよ!! あんたは自分の有利を、わざわざ手放す必要なんかない!!」
ひばりのアドバイスはもっともだ。
自分から勝率を下げるほど、ぼくに余裕があるわけではない。
鎌を手放したことで、勝利も一緒に投げ捨ててしまっているのだから。
再び、握り込めるかは怪しい……いや、難しいよりもさらに酷い。
勝てる見込みが、まったくなくなるほどに。
「お前は、男なのか? それともお姫様でいることを、許せるのか?」
……ひばりには分からない、オウガとの対話がある。
初にも、母さんにも、夏葉さんにも、知秋にも分からない――。
くだらないと言われるかもしれない、だけどぼくたちにとっては大事な、プライドの話だ。
初を助ける、母さんを守る、ひばりを救う――そんなぼくが、未だお姫様?
その挑発は、聞き流せなかった。
「――鎌も、能力も使わない……殴り合いをするってことで、いいのか?」
「ああ。お前が男になりたいのなら、受け入れろ」
ひばりから、罵詈雑言と共に、ぼくを心配して止める声が届くも、聞けない。
鎌を近くにあった大木に突き刺し、手を離す。
「あいつ……ッ、ほんとに、バカじゃないの……っ!?」
「女には言わせとけ。あいつらには分からない。見せてやれよ、これが男だってな」
能力は使えない、鎌も手放し、武器もない。
あるのは鍛えていない両足両腕のみ。
純粋な肉弾戦において、ぼくがオウガに勝てる可能性は万に一つもないだろう。
それでも挑戦したのは、意味を見出したからだ。
確かめたかったから――。
初に守られ続けてきたぼくには、なにもなかった。
夢も目標も目的もなにもない……とまでは言わないけど、生きる上で人が胸の内に持つものがぼくには欠けていた。
それは自然と手に入れるものであり、自覚して手に入れるものではない。
欠けているとは言っても、それが人として、欠点であるとも言えなかった。
初がいた頃は気付きもしなかったが、一人になって、初めて痛感した。
一人で立ってみて、浮き彫りになった空白の部分に視線が向いたからだ。
昔から、ぼくは過保護に育てられた。
隣には必ず誰かがいてくれて、ぼくを助けてくれていた。
一人ではなにもできない……ってほど、小さい子ではないつもりだけど、人よりも経験が足りていないのはよく分かる。
経験がなければ、心はその体験を吸収しない。
吸収しなければ、心は変わらず、体だけが成長してしまう。
怪我をすることで体が丈夫になるように、様々な経験を踏まえて、心は簡単に挫けないための柱――信念を突き立てる。
いま思えば、鎌に現れた能力は顕著にぼくの心の不安と卑しさを出していた。
……それはきっと、ぼくにしか分からないだろうけど。
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