第三十七話 全部を手に入れるために
「なによ、それ……!」
なぜか、ひばりがさらに怒り出した。
「今更……ッ、あんたがそんな態度をしたら――あたしは……っ」
知秋が溜息を吐いて、
「ひばりは結局、ひつぎが母親に対して酷い仕打ちをしていから怒っていた……だけじゃないよね? ただの嫉妬でしょ。根本はそれ。ひつぎが母親への認識を改めたところで、春日がひつぎを愛していることに変わりがないんだから」
「うるさいッッ!! こんな、やつ、より……あたしの方が春日さんを幸せにできる! 墓杜家の中で唯一、あたしを我が子のように大切にしてくれた春日さんが、あたしにとってのお母さんなんだから!!」
ひばりの境遇を考えれば、納得でもある(これも聞いた話だ)。
ぼくには反発や家出という選択肢があったけど、ひばりにはなにもなく(ひばりの父親は母さんよりも厳しかった。そこに愛情がないから、なのかもしれない。少なくともぼくにはそう見えたし聞こえた)、家畜におけるしつけを我慢して受け入れるしかなかった。
墓杜家の道具だと言われ続けてきた彼女は、身も心も既に染まり切っていて、墓杜家の人間然り、使用人さえも、ひばりへの扱いはぞんざいだった。
その中で、母さんだけがひばりに優しく接した。
自意識過剰だけど、ぼくから貰えなかった愛情に飢えて、ひばりに必要以上に優しく接したのかもしれない。
それがひばりを道具から人間に戻した――そして、ひばりは母さんに執着するようになった。
まるで、本当の
そんな境遇で過ごしてきたひばりが、ぼくから母さんへの態度を見て怒るのは納得だ。
……本当の息子であるぼくに嫉妬するのも――分かる。
なに一つ、理不尽なことなんか一つもない。
……ぼくから母さんへの態度が改まったところで、根本的な解決にはならない。
ひばりは母さんを独占したいのであって、相手の幸せなんて二の次だ。
口では言っても結局、自分のしたいことをしたいのが、ひばりの動機なのだから。
「……ぼくは、邪魔者なんだな」
「そうね、でもあんたを消したら春日さんが悲しむ。だから、それはしない」
消す、なんて伏せた言い方をしたけど、つまりは殺すってことだろう。
腹の内ではそんな思惑もあったわけだ。
だから最初、連れ戻すと言いながら殺しにきていたのは、私情が漏れていたからか。
あわよくば……ってところ?
「うん、分かった」
「…………なによ、分かったって。なめてるの……?」
勝者の優越感を振り回していると思っているのだろうか。
そんなつもりはないけど、そう捉えられても不思議ではない。
多分、なにを言ったところで、ひばりは悪い方向に解釈するだろう。
こんなの、解決方法なんてない。
だから、相手にしていたってわだかまりが増えるだけで、進展なんてしない。
ぼくが自分の意思で母さんから離れたところで、ひばりは納得しないだろう……。
自分が自分が、と言いながらも母さんの気持ちも同時に考えているのだから、母さんの気持ちとひばりの欲望は両立しない。
母さんが心変わりしてぼくを捨てない限り、ひばりの理想は叶わない。
仮にそうなったとして、果たしてそんな母さんをひばりが受け入れるのか?
それは母さんという容れ物に収まった、別の誰かなのではないか?
ぼくに愛情を注ぐ母さんを、ひばりは好きになったのだろう?
「『助けて』を言う必要はないよ、その提案に、ぼくは乗る」
知秋は黙って聞いていた。
「ひばりを助けるつもりはこれっぽっちもない。母さんを守るために必要だと思ったからその提案を借りるだけだ。だからこっちも、その提案が欲しいから助けてくれとも言わない。思う存分に、利用させてもらうだけだ」
「……勝手に、したらいいわ――」
以前と比べて勢いを失ったひばりが、ふん、と言いたげに視線を逸らした。
「渡さないぞ」
ひばりとの接し方は、多分、こっちの方が正しい。
「初も母さんも、ぼくが貰う。夏葉さんも知秋も、みんなぼくの傍にいればいい!」
「ふえ!?」
と知秋が驚いて変な声を出し、
「前向きなのは良いことだけど、ちょっと変な成長の仕方をしちゃったみたいね……」
と夏葉さんが苦笑いを見せていた。
変なことかな?
使用人に囲まれていた時もあったし、女性を周りに置くのはおかしなことではないと思う。
「……これだから、お坊ちゃんの天才は……ッ!!」
いっそう強くなったひばりの敵意は、必要なことだとぼくは思う。
初も母さんも、ぼくに対して過保護過ぎる。
その逆が一人くらいいたって、いいだろう。
だから。
「ひばりのことだって、狙ってる」
「……………………………………………………へ?」
「ぼくにはひばりが必要なんだ」
そう。
ゆえに、無理に言う必要はない。
だって。
「言われるまでもなく、ひばりのことも助けるからさ」
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