第二十四話 オウガの革命
屋敷の廊下や壁が軋み始め、上から力を加えられたように歪んでいく。
亀裂が走り、木材が折れて鋭利な断面がわたしたちを狙っているようにも感じられた。
自意識過剰……、ではない。
今、屋敷にいるのはわたしとお母さん、オウガだけだ。
生き残りが仮にいたとして、墓杜家として強い力を持つ霊能力者は軒並みオウガに殺されているはず……、
少なくともお祖父ちゃんと叔父さんは、霊能力者として有名であるけど、確実に死亡を確認した。
あの二人に勝る霊能力者は、才能だけで言えば、ひつぎしかいないだろう。
それも今はわたしだし、わたしは力を使っていない。
霊力が常に漏れ出しているという意味では、使っているかもしれないけど、その影響を軽減させるために墓杜家は力を使っている。
わたしがこの家にいても、一度も悪霊に襲われなかったのは、屋敷を囲むように張られた結界が守ってくれていたからだ。
一体、誰の手によって?
お祖父ちゃんだ。
だけでなく、叔父さんも、かもしれない……一ヶ月前だったら、ひばりも参加していた可能性もある。
一人なのか、大人数なのかは、今になっても分からなかったけど……もはや調べようもなく、人がいなくなれば結界もなくなってしまう。
そうなれば当然、ひつぎの力に吸い寄せられた悪霊たちが屋敷の中に入ってくる。
わたしに宿っているひつぎの力を目的に、襲ってきているのだ。
「……なに……? どうして、霧が……」
照明が点滅する。
まだ昼間だというのに、差し込んでいた日差しが消えていて、どんよりとした曇天の真下にいるような薄暗い外の景色が、倒れたふすまの先に見えている。
見通しの悪い霧は、見慣れていた懐かしさを感じられた。
まるで、クロスロンドンだった……。
木材の破片が小型のナイフのような鋭さを持って、宙に浮かんでいる。
お母さんは、
「浮いて……!」
と驚いていたが、わたしには幽霊が手に持って周囲を回っている姿が見えている。
「おねーちゃん」
と、足下にいた子供の幽霊に遅れて気付いた瞬間、
太ももに、木材の破片が突き立てられた。
「いっ……ッ!!」
周りの幽霊たちも木材を投げつけてくる。
わたしを殺して、自分の世界へ引きずり込もうとしているのだろう……何度も何度も、ひつぎを守って戦った相手と変わらない。
なのに、ひつぎを守るのも、お母さんを守りながら戦うのも同じことなのに、どうしてここまで苦戦するの……?
手を握り締めることで感じる、掴んだ感触。
大鎌はある。
能力は宿らないものの、霊体を捉える鎌本来の力は備わったままだ。
振り回しているのか振り回されているのか、ともかく周囲の幽霊たちを斬って退治していくが、相手の数が多くて処理できない。
ひうんっ、と死角の殺気を察知するも、鎌の重さにバランスを取られてしまって、咄嗟に体が反応しなかった。
まずい――刺される!!
「初っ!」
どんっと押されて転んだ先で、幽霊を下敷きにしていた。
反撃される前にすかさず鎌で斬り、振り向くと――左肩に数本の木材が突き刺さっている、お母さんの姿があった。
じわぁ、と着物に赤い斑点が広がっていく。
「怪我、ないわね……っ?」
「わたしは……、――でも、お母さんが!!」
お母さんが怪我をしたのは、わたしを庇ったからだ。
周囲に幽霊が多いけど、誰もお母さんを狙ってはいなかった。
攻撃されているのはわたしだけ。
ここを危険な場所にしているのはわたしだ。
お母さんを巻き込んでいるのも――わたし。
「……出ていって、お母さん」
「なにを言っているの……? この状況であなたを置いていけるわけ――」
「なら、逃げるって、どこに!? こんな山ばかりの広大な敷地を歩いて逃げられると思うの!? ……それに、結界がない今、どこにいったってわたしはきっと悪霊たちに狙われ続ける……安全地帯なんてもうどこにもないよ!!」
お母さんがわたしの傍にいても足手まといだ。
このままだと、お母さんが無駄死にしてしまう……それは嫌だ。
「お母さんは、もう充分、頑張ったよ」
「…………」
「身の丈に合わない、こんな世界に浸る必要なんかない」
親であることが、わたしを一人前に育て上げなければならない責任が、母親という枠組みに縛り付ける鎖になってしまっているのなら。
もう、開放しても、いいと思う……。
そんなわたしの心中を察したのか、お母さんが言い当てる。
「義務感であなたを育てていると思っているの?」
…………違うって、分かる。
でも、だってそれはわたしではなくて、ひつぎのことだから。
どうしても、お母さんが向ける愛情が、わたしにあるとは思えなかった。
「勘違いだよ」
ひつぎへの愛情はひつぎに向けるべきで、わたしにじゃない。
だから勘違い――でも、お母さんは別の解釈をした。
これまでずっと、一緒に過ごしてきた日々の幸せは勘違いだったって、わたしが言ったのだと思ったみたいだ。
幸か不幸か、怪我の功名か。
勘違いされたわたしの言葉は、わたしが到底できなかった相手を突き放すという目的を、偶然にも達成させていた。
お母さんの足が一歩、遠のいた。
わたしはそれを、引き止めてはならないし、勘違いを訂正してはならない。
わたしから離れれば、お母さんはこれ以上の怪我を負うこともないのだから……。
今度はわたしが、堪える番だ。
「そう、なのね……」
お母さんが、さらに遠ざかる。
「自覚はあった、それでもあなたのためだと思って厳しく接してきた。分かってたのよ、でもやっぱり、そう言われると心にずんとくるものがあるわね……」
多分、なんてことない日常の中で言っても、お母さんは気にしなかったかもしれない。
気にしてはいても、決して表には出さなかった、それくらいの強さがある。
でも今、危機的状況において、わたしはお母さんを、結果的に突き放した。
命を懸けた状況で咄嗟に出る言葉は本音だ……相手にどう思われるか、なんて考える余裕なんてないのだから。
それが悪い意味であれば尚更、心の底から出たものだと思われる。
「私は、邪魔なのね?」
今に限れば、お母さんにできることはない。
お母さんも、自分の無力を分かってる。
わたしは頷いた。
「ごめんなさい、初……」
それが、お母さんと最後に交わした言葉だった。
「たかが悪霊に、酷く苦戦してたな。本調子には程遠いか?」
集まっていた悪霊を全て退治したのを見計らい、オウガが姿を見せた。
ずっと近くで見ていたのだとすれば、(敵に期待するのもおかしな話だけど)助けてくれないオウガを憎んだものの、わたしを放って先にお母さんを狙わなかった気まぐれに感謝もしている。
「……なんの用?」
「予定通り、墓杜家の人間は全員、殺す。お前も例外じゃねえってだけだ」
「そう。なら、最後は自分のことも殺すって言うの?」
「戸籍の上ではな。自害なんかしたら本末転倒だ。だから名を変え、顔を変え、オレは本物の自由を手に入れる。ひばりの立場と入れ替わったところで、結局あいつの境遇という縛りからは抜けられない。――言っただろ、革命を起こすって」
何度も言っていた。
それを勝手に思い違いをしていたのは、わたしだ。
「……墓杜家に対する、革命じゃなくて――」
「ああ、死に神というシステムに対する、革命だ」
新しい風、とも言うか、とオウガがくつくつと笑う。
その笑みもすぐに消え去り、殺意の視線がわたしに向けられた。
「前にも言ったが、覚えてるか?」
手がかりの少ない質問だけど……、
わたしが抱く違和感を察して聞いているのだとしたら、それこそが手がかりになる。
「今のお前に、負ける気はしねえな」
「鎌の能力が使えないのは、あなたも同じだと思うけど」
「まあそうだ。だから、死に神としてではなく、人間としての強度に関わる差だ」
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