第二十五話 信頼の力

 能力がなければ、差が出るのは頭脳、もしくは肉体――身体能力だ。

 男女の差が、歴然と出てしまう。


「…………あ」


 悪霊との戦いの最中で、わたしが感じた違和感の正体が分かった。


「前にも言ったが、覚えてるか?」


 オウガが繰り返す。

 彼が忠告したのは、まだ死に神だった頃、彼との初めての戦闘中だった。


「わたしの高い身体能力は、ひつぎがいてこそ発揮されるものだった……?」


 パートナーと信頼関係を強く結んでいれば、わたしたち死に神の身体能力が、大幅に向上する。

 当時、相変わらずの巨体と頑丈さを持っていたオウガを鎌の能力でなく身体能力で圧倒できたのも、ひつぎとの信頼関係のおかげだった……。


「後で後悔する、とも言ったはずだがな」


 手に馴染んでいるはずの大鎌も、今は重たく感じ、軽々と持ち上げられない。

 致命的な大きな隙を相手に見せていることになる。


「――今、後悔してるか?」


 オウガはあの頃と変わらない身体能力を発揮し、大きく踏み込んできた。

 彼の場合、ひばりとの信頼関係がそう強く結ばれていたわけではない。

 にもかかわらず高い身体能力を持つのは、死に神関係なく、彼自身の天性か、努力によるものだ。


 死に神の力に依存しなければ、ひばりと入れ替わっても消えることのない力。


 ……にしても、オウガの力はいき過ぎている気もする。


 人の頭蓋を握り潰す? 

 そんなことが人間にできる芸当なわけがない。


「そのあたりはひばりに感謝だな。オレらを形成するのはパートナーの邪念だ。不満とも言っていいか。死を拒み、抗いたい難問に対してオレらは最適な見た目、能力を携えて主を救い、生まれ落ちる存在だ。オレは元々の身体能力が高かった――それだけ、ひばりの中にある闇が深かったとも言える。ひばりの親父を見れば、察することができるだろ?」


 娘を道具と呼ぶ父親の元で育ったひばりが、なにを抱えていたのか、想像はできないけど、予想はできる。

 あの父親がいて、壊れていなかったことが珍しいと言える。


「元々高い身体能力を、先を見据えてさらに鍛え上げたオレは、人間の限界をとうに越えた数値を出している。ただ、ここが打ち止めだろうな。これ以上はさすがにオレでも、鍛え上げたところで成長は見込めないだろう」


 だが――、

 そう言いながらフルスイングした彼の拳が、わたしに迫っている。


「今のお前を殺すには、充分だ」


 わたしは鎌を地面に突き刺して、彼の拳を鎌の面で受け止める。

 ただ構えていただけでは絶対に吹き飛ばされていたが、地面に突き刺したことで彼の拳を止める頑丈さを一時的に加えることができた。


 ただ、身動きが取れなくなる。

 ……構わない。


 自立し、持ち手が地面と水平になり、飛び乗って足場にする。

 跳躍力も随分と落ちたが突き刺した鎌の高さを利用してオウガの顔面へ蹴りを浴びせた――が。


 顔をしかめたのはわたしの方だった。


 ……硬、い……っ。


 蹴りを入れた足の親指に、金槌で打たれたような痛みが走る。


「虫が当たったのかと思っちまうほど、弱い蹴りだ」


 足首を掴まれ、横に放り投げられる。

 慣れているはずの着地も、足が体重を支えられなくて転がってしまう。


 …………見えない。


 イメージ通りに体が動かない。

 だから今のわたしの身体能力を踏まえてオウガとの戦いと勝利をイメージしてみたけど……見えない。


 消そう消そうと意識しているわたしが負けるイメージしか、浮かんでくれなかった。


「自分ならなんでもできると思ったか?」


 言い当てられる。

 返す言葉も出ないまま、矢継ぎ早にオウガの言葉が投げられた。


「お前が自慢するように強さを見せびらかしていたが、宿った大鎌の能力とパートナーとの信頼関係ゆえの特典だったことも忘れて、自分自身の力だと勘違いしていたか?」


 人間になれば、死に神としての力は失われる。

 残るのは、わたしが誰にも頼らず自分の力で鍛えたものだけだ。

 オウガのように、体を鍛えたわけじゃない。


 そうだ、わたしは……当然のように手の中にあったものを、ただ振り回して、約束された勝利を掴んでいただけ……。


 わたしだけの力で、成し遂げたことは一つもない。


「お前の言う革命がどんな意味なのかは、詳しいことは分からねえが――笑わせる。年相応の、ただの少女に戻ったお前に、なにができるって言うんだ?」


 ひつぎの、ために……。

 ひつぎを犠牲にしてでも変えたかったことがあった――。


 でもそれは、わたしよりも未来を見据えて努力をし続け、決して驕らず、怠けることもなかったオウガによって、邪魔をされた。


 彼に軍配が上がるのは、当然の結果だ。


「墓杜家は一人の男によって殺害され、犯人も自殺した――そういうシナリオで進めてる……だからよ、墓杜の名を持つ者が一人でも生き残っていたら、困るんだ」


 お前も、お前の母親も――そう言って、オウガがわたしの頭へ手を伸ばす。


「……お母さんは、逃がしても、問題はないでしょ……?」

「ダメだ」


「っ、お母さんは! 元々墓杜家の人間じゃない! それに、あくまでもお母さんだけ、性は旧姓のままだった! 墓杜家に一時的に居候をしているだけで、墓杜家とはなんの関係もないことを強調していた――だから!!」


 無能力者を受け入れたくないお祖父ちゃんは、墓杜家とは関係ない女性として、お母さんを受け入れたのだ。

 性は違うというアピールをしながら、ひつぎの母親でもあり、そのひつぎの性は墓杜というややこしい状態になっている。


 かつてのわたしはひつぎとは違う名にしようと、お母さんには内緒で(当時はお母さんじゃなかったけど)日暮初と名乗ることにした。

 今になって思えば、未来を予期して、お母さんの味方だよと言えなくもない行動だ。


 こんなのは、ただの自己満足に過ぎないけど……、

 日暮春日というのが、お母さんの本名だから。


「あのな……、分かりやすく言えば、墓杜家であるかどうかは関係ない。簡単な話だろ、目撃者は殺すと言っているだけだ。だから当然、見逃すわけもない」


「そん、な……っ!」

「安心しろ、どうせお前の後を追って、母親もそっちへ逝く」


 オウガがわたしの頭蓋を鷲掴みにした。


「オレらからしたら、生きていても死んでいても、見えている世界はなに一つ、変わらねえじゃねえか」

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