第二十三話 墓杜一族惨殺事件
――そっか。
ひつぎへの、嫌われる覚悟で徹底した厳しさも、屋敷の外から出さない縛り付けたような生活も、全てはひつぎを強くし、幽霊たちに負けないようにするためだったなら。
この母親なら、絶対にする。
……ひつぎは、このことを……っ、ううん、知るわけがない。
ひつぎはずっと、お母さんのことを大嫌いな悪者だって思い込んでしまっている。
こんなの、お母さんが報われない……。
人生も、人権も、最後に残ったひつぎからの好意も犠牲にして。
それでもお母さんを認めてくれる人は、誰もいなかった。
……わたしは、問題はお母さんの方にあるだろうと思って、ひつぎの周りにある最大の仲違いを解決しようと動いていたけど――、
手を入れるべきはここじゃなかった。
もっと早く、ひつぎに考えさせていれば、仲直りできていたかもしれないのに――。
「これは、わたしのミスだ……!」
そして、オウガが言う改革のこともそうだ。
もっと事前に互いの情報共有をしていれば、身近な人の死体を増やすこともなかった。
廊下を歩く度に見えてくる現状に、足が止まりそうになる。
お祖父ちゃん、お祖母ちゃんの死体が転がっていた。
出血はないが、首が折れている。
多くの使用人も同じように、廊下に倒れていた。
目を覆いたくなる凄惨な殺戮現場を辿っていくと、
「初っ、どうして!? 私の言葉は、あなたに届いてくれないの!?」
手を振り払ってここまできたけど、案の定、お母さんが追いかけてきた。
「お母さん、いいから――早く逃げてってば!!」
聞く耳を持たないと分かっていた。
だからわたしもここは徹底して突き放すべきなのだけど、できなかった。
相手のために相手を傷つける……簡単そうに見えて、難しい。
わたしには到底できないことを、お母さんは、十年以上も堪えていた。
「お母さんだって、これからどんな目に遭うか分からないわけじゃないはずでしょ!?」
わたしとお母さん以外、殺されたと思っていたが、かろうじてまだ息がある人物がいた――叔父さんだ。
しかし彼の体もまた同じく、ボロ雑巾のように扱われていて、ただ他の人と違うのは、全身から出血していたことだ。
叔父さんの頭を掴んで持ち上げるオウガがいる部屋へ、わたしたちが辿り着く。
叔父さんだけ執拗に痛めつけているのは、親子だからだろうか。
ひつぎが、勘違いとは言え、お母さんを悪者だと決めつけていたように、
ひばりもまた、父親に対して良い印象を抱いていなかったとすれば……近くにいたオウガも同じように思っていてもおかしくはない。
わたしたちの感性はひつぎたちと同じではないけど、似ていないとも限らない。
一緒にいることで影響されることの方が多いだろうと思う。
だから、オウガが叔父さんのことを憎むのも、予想できたことだ。
……前々から言っていたこれが、オウガの言う、改革……?
こんなの、ただの破壊だ……!
問題を解決しようとする気がなく、問題自体を押し潰す力技だ。
なに一つ苦労をせず、悩まず、結局これで前に進んだって、なにも得られない。
オウガは一体、この結末を作って、なにが欲しかったの……?
「なにが欲しかったって……オレは最初から、それしか求めてねえよ」
無意識に呟いていたのか、わたしの疑問にオウガが答えた。
もちろん気配で気付いているとは思うけど、もしも息を潜めて背後を取るべき状況だとしたら、今のわたしは最悪の失態を犯してしまっている。
叔父さんがオウガの手から逃れようと彼の手を掴むが、体格差があり過ぎる……立場が逆転したように、叔父さんの方が遊ばれていた。
走る痛みに野太い悲鳴を上げて、足をばたつかせている。
悲鳴の中でなにか言葉を叫んでいるけど、聞き取れなかった。
オウガは言った……たった一つだけを、最初から追い求めていると。
「それに執着しないお前が異端なだけだ、初。オレこそが、死に神のスタンダードだ」
その時、わたしたちの会話に割って入る、しがれた声がオウガを呼ぶ。
「オ、うが……ァ、どうぐ、ごとき、が……才能がない、おまえが、だれのうしろだて、もなく、いきていけるせかいじゃァ、ねえ、ぞ……ッ」
頭を鷲掴みにされた叔父さんが、最後の最後で、かろうじて出せた声で、体力の底をつかせてまで言いたかったことが……本当にそれなら。
相手がオウガだからいいけど……でも、ひばり相手でもそれを言うつもりだったのなら確かに――、こいつは酷い目に遭った方がいいだろう。
実の娘、(今は息子だけど)に対して、道具だなんて……っ!
「黙れ」
オウガの一言と共に、叔父さんの頭が握り潰された。
「…………オウガ」
「勘違いするな。ひばりのためじゃない。あいつのために行動したことなど一度もない。もしもそう感じたのなら、最終的に、オレに利があると判断したからだろうな」
後ろで音がして振り向いたら、お母さんが腰を抜かして尻餅をついていた。
わたしも、幽霊は見えるけど、死体や人が死ぬ場面を直接この目で見るなんてそうそうないから、死に神だと言うのに目を見開いて反応してしまった。
取り乱さないように、と言い聞かせて、小さく呼吸を繰り返してやっと冷静さを保てているのだから……お母さんが放心してしまうのも無理はない。
ここまでの道中は、多くの死体を見ないようにしていたのかもしれない……いや、わたしを追いかけていたから、わたしだけを見ていた?
だから惨状に気付かなかった?
もしもそうなら、お母さんは今、初めて人の死を目の当たりにした。
しかもついさっきまで傍にいた叔父さんが、だ。
「お母さ――」
「初、すぐに逃げるわよ。あなたは絶対に……ッ、もう二度と、私の家族をあいつらに奪わせてたまるものですかっっ!!」
思ったよりも早く、お母さんは放心状態から抜け出して、わたしの手を取った。
叔父さんの、記憶に残る殺され方を見ても瞬時に切り替えられるのは、お母さんにとっては、人生で一度もないだろう場面を見るのは、初めてじゃなかったから……?
これで、二度目……?
引っ張られながらオウガを見る――と、彼はわたしたちを見ていた。
いや、わたしを含め、特にお母さんを。
獲物を見つけた猛獣のような視線に、全身に寒気が走った。
彼がわたしに語りかける。
離れていくにつれて、彼の言葉はわたしには届かなくなった。
「オレが欲しいのはただ一つだ。……自由。それを手に入れるためなら、どんな犠牲が出ようが構わない」
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