第二十話 オウガのために
「よう。思ったよりも早い再会だったな」
伝えられた客間に向かうと、オウガが先に到着していた。
彼が言うように、さっき別れてから一時間も経っていない。
「オレが直談判したら、お前のスケジュールをごっそり空けてくれたみたいだぜ」
「そう。あなたはこの家に信用されてるみたいね」
「まあな。お前みたいに才能だけの器じゃない。信用される実績がある。こっちは才能がない分、努力と経験で補ってきた。あいつにできなかった強い一押しをすれば、簡単に中枢に食い込むことができる条件は、既に整っていたんだからな」
「その一押しで上手くいったのは、ひばりが積み上げてきたものを利用しているだけで、別にあなたの実力じゃないって、分かって言っているのよね?」
「それが分かっているお前に、迂闊に大きなことは言えねえな……、で、お前の方は? 思ったよりも状況は芳しくないって顔をしてるぜ? 厄介な問題を引き継いだ、って後悔でもしてるか?」
「全然。いま、悪化したのはわたしのせいでもあるし……」
さっき気付いたけど、もしもひつぎのままだったら、ひつぎとひばりが、今と同じ状況になっていたのだろうか……?
外の人間に頼むわけにもいかない手前、抜擢されるのはひばりだと思うし……。
「お前、なんて顔してんだよ」
「……え?」
「この世の終わりみたいな顔だ」
どういう顔なのよ……?
「前と比べると随分と感情が出てきたな。人間らしくなった。それでこそ死に神だがな」
「…………?」
「おっと、元死に神か」
言い回しの違和感に、わたしが首を傾げたわけではない。
「自覚がないのか? お前、ひつぎと一緒にいる時、まったく表情が動いてなかったぞ。言葉も端的で、必要なことしか喋らない、機械みたいな奴だったよ」
「そんなわけない。はっきりと愛情を表現をしていたつもりだった」
やり過ぎだと自覚して、少し抑え気味にしていたのが勘違いの原因なのだろうか。
「あれで愛情表現をしていたつもりだったのか……?」
呆れるオウガに、納得がいかなかった。
「別に責めてるわけじゃない。お前が思っているほど表には出なかった、それだけの話だってだけだ。こういうのは人から見ないと分からないものだしな。オレはどうだ? 極力出しゃばらないように意識していたが、思惑通りに見えているか?」
裏方での動きや懐に携えた反抗心を、ばれないようにと隠すため、控えめな発言と行動を意識していた、と以前にも聞いてはいたけど、その時からわたしも思うことがあった。
その割りには積極的にひつぎやひばりと関わっているなあ、と。
おとなしくしていた、なんてどの口が言っているの?
「そういうことだ。お前がいくらひつぎへ好意を見せつけていたとしても、あの時のお前じゃあ伝わってねえってことだ」
「…………でも、いまのわたしは、人間らしい……?」
「ああ。今、というより、ひつぎと入れ替わる寸前からだな。前兆はあった。オレと手を組んだ時点でお前にはひつぎと入れ替わり、果たしたい目的があった……だからお前は人間に都合良く使われる道具でなく、相手を陥れるための頭を使うようになったんだ」
「陥れるって、わたしは、そんな――」
「おいおい、自己を優先させて他者を蹴落とし、欲望に忠実に行動するのが、人間らしさだろ」
……わたしも、否定をしなかった。
「少なくとも、オレはそう思ってるが」
「ようするに、やりたいことを気兼ねなくやっている時こそが、人間らしさ……ってことなら、分かる」
「人間らしさというより、それが人間だな」
わたしたち死に神は、自分の意思を優先させた時から、人間に近づいていく。
やりたいことを実現させるためにはまずパートナーと繋がれている鎖を切らなければならない。
だけど死に神と人間には上下関係がある。
人間である主人(ひつぎ)の命を守るために生まれたわたしたちは、あくまでも二人目だから、所有権は人間の方にあるのだ。
わたしたちは、わたしたちの意思で鎖を切ることができない。
主人を殺すことは絶対にできないし、鎖を破壊することもできない。
ならどうするか。
――オウガが同じ目的を持つ死に神を集めて徒党を組んだのが、ここへ繋がる。
自分で壊せないなら他人に壊してもらえばいい。
オウガが仕組んだ殺し合いという架空のイベントも、実は死に神が互いに鎖を狙い合って戦う、という主旨だった……鎖を壊す、もしくは人間を殺せば、鎖がなくなり、死に神が開放される。
イベントこそオウガの嘘であるが、殺し合いというのはいつどこで起きてもおかしくなかったのだ。
『生き残った者は、どんな願いも一つ、叶えることができる』
……オウガが用意した賞品も、嘘ではなかったのだ。
既に叶っている――だって……、
「あいつらも短い間に良い夢を見れただろ。発現した鎌の能力が、あいつらの望みを反映しているってわけだからな」
「……そうね」
なんとなく、ひばりが望んだ能力は分かるけど……、
じゃあ、ひつぎはなにを思ってこの能力にしたのだろう――。
鎌はわたしが持っているものの(出し入れが可能だ)、能力は既に手元にない。
だから、今のわたしは能力を使えなかった。
それは、オウガも変わらない……。
「お前だけは、殺し合いに参加しなくても鎖を切れる立場にいたのに――それを使わず参加を決めたのは、ひつぎに嫌われると思ったからか?」
わたしだけが特別ってわけではなくて、誰だって自力で鎖を切れる状態にすることができる。
簡単な話、
「鎖を切って」と頼んで、相手が受け入れてくれれば、鎖が切れて、死に神は自由になれる……、
その信頼を取ろうとする死に神が少ないから、わたしが特別に感じられるのだ。
「考えてもみろよ、鎖を切ろうと望むってことは人間らしくなるってことだ。人間らしくなれば、同じ人間は敏感に気づき、他者に喰われまいとする……信頼を得れば得るほど、オレたちはつまり、鎖への執着がなくなるわけだ。牙を剥かない道具だからこそ、人間はオレらを信頼してるって理由もあるだろうしな。それがなくなれば警戒は元通り。自由を欲した時点でオレらは自然とパートナーと敵対するようになっちまってるんだ」
――だからこそ、
「お前の自由を受け入れたひつぎに、お前は一体なにをしたんだって疑問が残る」
「わたしは、なにも……」
「この件に関しては、お前だけが後ろめたさを感じる結果になったわけだな」
……そう、わたしは、恐かった。
ひつぎに嫌われるのが。
人間らしくなってしまったわたしから、鎖を切ってと頼むのが、どうしてもできなかった。
敵意に近い、嫌悪に変わった彼の視線を向けられたくなくて……、誰かに壊してもらおうと思った。
でも、ひつぎはずっとわたしを信じて……ひつぎの方から鎖を壊してくれた。
わたしが人間らしくなっても、変わらずに――。
「……ひつぎが苦しんだこの場所を、変えたい」
「オレも同意見だ。同じ家で苦しむパートナーをずっと見てきたんだ、あの時はオレたちにどうすることもできない、立場の制約があった。だが今はどうだ? オレたちは望んだ通りにあいつらの後釜に入ることができた。なら、するべきはまずは、改革だ」
目的の一致。
オウガが仕組んだ殺し合いに乗り、ひつぎを裏切ってでも彼と手を組んだのは全て、今この時のためだ。
そしてこれからが――本番になる。
「わたしと、身の回りの関係の改善をして、『彼』に返すために――」
「下調べは済んだ、後は徹底的に潰すのみだ。……ひばりのため? バカ言うな」
――徹頭徹尾、オレのためだ。
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