第十九話 才能の継承
「なッ、なにを言い出すのよ、お義父さん!!」
お母さんが立ち上がって声を上げた。
おかげで、思わず出そうになった反発の言葉を飲み込むことができた。
感情でものを言えば、立場が絶対の墓杜家で、お祖父ちゃんに逆らっては勝てない。
「誰が発言をしていいと許可を出した?」
自覚したお母さんが言葉に詰まるが、しきたりに倣って手を挙げる。
お祖父ちゃんが身振りで、
「構わん」
と許可を出し、
「ありがとうございます」
とお母さんが頭を下げた。
……ひつぎと一緒に見たドラマを通して見た家族とはかけ離れたやり取りだった。
いくらお母さんが血の繋がらない義理の娘でも、こうも突き放すなんて……。
一度、冷静になったお母さんが口調を改め、
「当主様、なにをお考えなのですか? 初はまだ十五歳です。結婚ができる年齢には達していません」
まだ誕生日がきていないだけで、今年で十六歳だから、お母さんの意見は厄介事をただ先延ばしにしただけだ。
一年にも満たない猶予なんて、ないも等しい。
お母さんも甘い意見だと自覚しているようで、苦い顔を崩せなかった。
お祖父ちゃんも障害にならないと判断し――元々気にも留めていなかったようで、
「結婚をしろとは言っていない。我々が欲しいのは夫婦ではなく、子供だ」
子供だけ授かればいい……だから年齢に達していなくとも構わない。
そもそも子供をすぐに授かるとは限らないのだ。
たとえすぐに行為に及んだとして、計算すれば産む前に誕生日を迎えることになる。
だから年齢による障害はほとんどなかった。
だから、障害があるとすれば、相手に対する嫌悪感だ。
従兄弟は近親婚にあたらないとは言っても……やっぱり抵抗がある。
周囲の目が気にならない状況がご丁寧に作られているとは言っても、まず感情が追いついていないのだから、いくらお膳立てされていても、すぐには頷けない。
「オウガの方に問題はないです、当主様」
叔父さんがそう発言した。
お祖父ちゃんは、今の発言に関して咎めることはなかった。
「もう十八だったか。さっきは結婚はしないでもいいと言ったが……人様の目に触れる以上は、夫婦も用意しなければならないか……」
やっぱり世間体を気にしている……、子供の気持ちなんて考えないで。
わたしたちのこともそうだけど、新しく生まれてくる子供に両親がいなかったら、寂しがらせてしまうだろう。
だからって、オウガと夫婦になるつもりはないし、
そもそも、わたしは子供を作ることに許可を出した覚えはない。
「どうして、子供が必要なの、当主様……」
「今更、利口なフリをしなくてもいい。お前についてはもう諦めている。だから今世代ではなく、次の世代へ期待することにした――子供はその手段に過ぎない」
もしも、この場にいるのがひつぎであれば。
こんなセリフは言われなかっただろう。
「お前が女で助かった」
「…………っ」
「もしも男だったら知り合いの女をあてがわせただろうな。お前の体質を完全に引き継ぐまで、女に子供を産ませ続ける。身内の女となると限られてくるから難しい話になるし、外から連れてくるとなると人道的にどうだという問題になる。だが、お前自身の体質を、子供に引き継がせるために産み続けるなら、なにも問題はない。体質という才能があってもあらゆる能力がないお前がこの家にいられるのは、お前にしかできないからだ」
お母さんと叔父さん以外は、わたしに特別優しくしてくれている。
それは、わたしに利用価値があるから、だったら――。
「自覚したか? お前は愛されてなどいない。お前の価値はその才能だけだ」
「当主様!」
お母さんが膝を立て、冷静さを必死に保っているように見えた。
「……初様の近くへ寄っても、よろしいですか?」
お祖父ちゃんがわたしを値踏みするように見てから、
「まあ、よい」
頭を下げたお母さんがゆっくりとわたしに近づき、オウガに対する叔父さんと同じように、わたしの斜め後ろに座った。
手を握られたわけではない、ただ近くに座ってくれただけだ。
ただそれだけで、ざわついていた心が落ち着いた気がした。
……ふと。
自分のことばかりで忘れていたが、相方の意思はどうだろうと気になった。
文句を言わないのだから納得をしているものだと思っていたけど、言えない立場であったら、口を閉ざして頷いておくしかない。
彼が黙って人の言いなりになっている、とは、思いにくいけど……、
「オウガ、あなたは……いいの?」
「構わない」
予想された答えだった。
彼でも、墓杜家の中ではわたしたちと同じで従うしか――、
「……え?」
オウガの唇の動きで、声に出さずに呟いた言葉が分かった。
……確かにそれは、事前に教えていたわたしの目的と同じ、だけど……。
「オレでは不満か?」
オウガが言った。
今後のためにも、わたしとオウガは二人きりにされるタイミングが多くなるだろう。
彼はそのタイミングを欲しているようで、視線でわたしに訴える。
合わせろ、ということなのだろう。
「従兄弟だし、そういうわけじゃない……」
「お前は人見知りをするからな。もっとオレと話す機会を作った方がいいだろう」
オウガが視線をわたしからお祖父ちゃんへ向け、
「当主様、オレに任せてはくれませんか?」
「構わん。力尽くでの行為も容認するが、壊したりはするなよ」
「かしこまりました」
叔父さんに連れられ、オウガが横のふすまから退出する――寸前で、
「また、後で」
そう言い残したのを聞き届け、わたしもお母さんに連れられ、部屋から出た。
「嫌なら嫌と言いなさい。前のあなたならすぐに言っていたはずじゃない」
自室に戻ると、ついてきたお母さんが戸を閉めて、わたしを真っ直ぐに見る。
お母さんはわたしが観念して受け入れたと思っているみたいだけど、これはただのフリだ。
オウガとの密談の機会を設けるために利用したに過ぎない。
……けど、それをお母さんに言っては、他の人に漏れてしまう場合がある。
だから、この場では嘘を吐くしかなかった。
幸い、強がっていると誤解してくれるだろうから、やりやすい。
「わたしは、大丈夫だから」
だけど、お母さんはぎりり、と歯噛みをして、
「いいから、弱音を吐きなさい! 文句を言いなさいっ、私を頼りなさいよ!! あなたのためにどれだけ私が……ッ、――とにかく! 人が変わったみたいに、あなたは急に大人になって、勝手に私を置いていかないで頂戴!!」
わたしの両肩を掴んで、抱きしめるか否か、逡巡しているように見えた。
結局、抱きしめはしなかったけど、肩を放してはくれない。
「……お母さん? ……あ、いや、母様……」
「良い子のフリなんてやめなさい……っ」
もしかしてだけど、気付いてる?
……いや、違う……でも、近づいてる。
勘付いてはいるのかもしれない。
お母さんの中で、些細な違いが積み重なって大きな違和感になって膨らんでいるのだ。
このままだといずれ、気付かれてしまう可能性がある。
間違いなく、世界は改変されたはずだ。
最初からそうであったと証明するように、わたしとオウガはこの世界に溶け込んだ。
お母さん以外は、わたしとオウガになんの違和感も抱かなかったのだから。
中には、影響を受けない例外もいるけど……、
でも、お母さんが、どうして……。
「……あなたは、本当に――」
気付かれる。
わたしの位置にいるのが、本当はひつぎだっていうことに――。
「
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