第二十一話 アルバム

 オウガとの密談を終え、それを誰にも報告することなく、わたしは危険を冒してある人物の部屋に忍び込んでいた。

 他の部屋と比べて年季が入っていて、広さも六畳にも満たず、狭い。


 部屋にあるのは壁に寄せられた書き物をするための座卓と折り畳まれた布団だけだ……ものが少ないので同じ面積でも広く見える。

 棚も引き出しもないので、探し物はここにはないのかもしれない……と引き返そうになったけど、見落としていた押し入れに目をつける。


 戸の立て付けが悪いのか、軽く横に引いただけではなにかに引っかかっているように滑りが悪い。

 忍び込んでいるので電気は点けられないため、窓から差し込む光が頼りだ。


 部屋全体はそれでもよく見えるけど、押し入れの中まではさすがに光が届かないため、数センチの隙間からでは中が分からない。

 戸と床のレールが擦れて黒板を爪で引っ掻くような嫌な音が鳴って思わず顔をしかめるも……なんとか戸を開くことができた。


「……あった」


 旅行カバンに詰められた服とは別に、段ボールの中にまとめられていた分厚い冊子。

 何度も出し入れした形跡があって、段ボールは既にぼろぼろだった。

 だけど押し入れに入っているにしては埃がなく、中身だけでなく段ボールまで掃除がされていた。


 中身を取り出す……わたしが探していたのは、アルバムだ。

 もちろん、世界改変がおこなわれているため、写っているのはひつぎでなくわたしだ。


 でも、いくら改変されても、わたしの記憶にはない情報が詰まっていることには変わらない。

 写っているのはわたしだとしても、思い出はひつぎのものだから。


 わたしが赤ん坊の頃から現在に至るまで、日常の細かい部分まで、写真に収められていた。

 わたしがカメラの視線に気付いていないものまである……盗撮って言うほどじゃないけど……家族でなければ寒気がする量だ。


 広辞苑のような分厚さのアルバムが、ここにあるもので、五冊。

 データが普及した今でも写真にこだわりがあるのだろうけど……現像していないものもあると仮定すれば、アルバムのページはさらに膨らむだろう。


 時代を遡れば家族写真だが、途中からわたししか写らなくなった。

 撮影者は写らないから当然だとして……アルバムの序盤に近い部分で既に、父親の姿は写らなくなった。


 お父さんは、ひつぎが記憶も曖昧な幼い頃に亡くなった――と聞いていた。

 わたしの知らないひつぎの思い出。


 記憶も曖昧なひつぎも、お父さんの死に関することは知らないのかもしれない。

 でも、わたしまで知らないままでいるのは不安だった。


 多分、だけど。

 お母さんとひつぎのボタンが掛け違った元を辿れば、そこが関係していると思うから。



 ページをめくっていて気付いたことがある。

 今のお母さんは着物を着て、髪もまとめて櫛を差した江戸娘のような姿だ。


 でも、ひつぎがまだ赤ん坊の頃は、着物はさすがに着ていないにしても、髪が金色で腰まで長く伸びていた。

 お母さんは生粋の日本人だし、だから自分で染めたのだろう……ヤンキーみたいだった。


 綺麗な金髪にはならず、少し黒髪も目立ったくすんだ金色は、ひばりのようでもある。

 いや、ひばりがお母さんを真似した……?


 じゃあ、ひばりとお母さんには、繋がりがあったってことになる。

 そう言えば、ひばりはひつぎを連れ戻しにきた時、誰かによって支えられていたにもかかわらず逃げ出した、と言ってひつぎを責めていた。

 ひばりは、誰かのために怒っていたことが分かるセリフが多かった気がする……。


「でも……、アルバムにひばりは写ってないみたい」


 どうやら、ひばりからの一方通行の好意のようだ。

 このアルバムに写っていないから、で判断するのは早計だとは思うけど。


「お父さんが写真に写らなくなってから、お母さんが黒髪に戻った――」


 写らなくなった……つまりその時期にお父さんが亡くなったと決めつけるには判断材料を鵜呑みにし過ぎな気もするけど、お母さんの髪色が加わると、信憑性も増してくる。


 アルバムの日付と死亡時期を調べれば答えは分かる……けど、あまり散策し過ぎると多方に怪しまれる可能性があるからできればしたくない。

 オウガに頼むにしても……彼も彼で自由に身動きが取れるわけでもなかった。


 彼の父親である叔父さんは、お母さんと同様に息子(娘)に厳しいのだ。


 ひばりが出来なかったことをオウガが代わりに行動したことで、墓杜家の中でのオウガの立場が少しだけ変わった……家中を歩けば聞こえてくる使用人の噂から、オウガ自身の変化、(ひばりとオウガの違い)が顕著に現れている。


 つまり、変化前のひばりは墓杜家の中で良いとは言えない扱いを受けていたと分かる。

 オウガも言っていた、苦しんでいたひばりの現状を変える改革をするのだと。

 なにをするのかは分からないが、墓杜家に対して反抗心があるのは同じだ。


 手を組むにしても、今ではない。

 わたしの向かうべき場所と方法を探るために、こうして過去を覗いてからでないと動けない。


 オウガは、

「こっちはこっちで勝手にやる」

 と言っていたので、わたしが探っている間にも既に事態は動いているかもしれないけど……、

 そっちに人員が割かれるならわたしもやりやすい。


 墓杜家の中で最も立場が弱いお母さんを、まさかオウガが狙うとは思えない。

 オウガが動いても、わたしの計画は揺るがない――と思う。


「ひつぎばっかり……途中からひつぎだけ……いやわたしなんだけど――」


 変な感じだった。

 写っているのはわたしだけど、脳内でひつぎに変えて見ているのだから。

 ……頭がおかしくなりそう。

 そうでなくとも考えることが多いのだから。


「このアルバムだと、やっぱりよく分からない……」


 段ボールの中を覗いてみると、思い出の品を集めたのだろうか……小物がたくさん入っていて、キーホルダー、旅行先で買ったのだろう置物、生徒手帳などがあった。


 その中に、意図的に伏せられていた写真立てがあった。

 ……ひつぎ関連だろうと決めつけてしまったけど、だったら写真立てなのだから飾るはずだ。

 アルバムに大量にまとめるくらいなのだから、お母さんなら座卓に飾るはずなのに……そうしなかったのは。


 仮に写真立てに収められている写真があるのならば――見られたくないもの?


 だったら処分してしまえばいい……でも、そうしないのは、多分。


 捨てたくないけど、見たくないものなのかもしれない――。


「もしかして……ここ?」


 これが……、お母さんの過去を知るのに必須となる、通過点?

 期待と不安、どちらも混じった感情を証明するように指先が震える。


 それでも手を伸ばして段ボールの底にある、写真立てを掴んだ。

 引っ張り出して裏返す……収められた写真に写っていたのは――三人の女子中学生。


「……え?」


 どれが誰だか分からなかったけど、一人だけ、今と変わらない見た目をしている女の子がいた。

 全然変わってない。

 写真のこの子がそのまま今の時代にやってきたような若さを保っていて……でも日付を見て分かる通り、十年以上前の写真だ。


 お母さんが中学生時代の写真、だとは思うけど……三人の内の一人がわたしの知る彼女なら、じゃあ残りの二人の内、お母さんは……?


 右端にいる子が、お母さんの面影がある、ようにも見えるけど……でも、このポニーテールは見たことがある。

 ポニーテール自体、ありふれた髪型なので見覚えがあるのは当たり前だ。

 だから勘違いかもしれない――その可能性の方が高い。


 それでも。


 ――写真に写る仲良し三人組の女の子たちが、今は疎遠になっているのもまた、お母さんのことを知る、大事な鍵になっているように思える。


 子供の頃の親友と、大人になってからまったく会わなくなる、なんて、オウガが言っていたように珍しい話ではないけど、彼女たちが全員、オカルトに浸かっているということが深い関係であることをさらに強く訴えていた。


 お母さんはこの時はまだ、黒髪だった。

 でも、なにかがあって、金色に染め――その後にお父さんと出会って、ひつぎが生まれた。


 さらに月日が経って、お父さんが亡くなったことをきっかけにお母さんは黒髪に戻し、アルバムから分かる通り、その時期から背景が全て墓杜家であることを考えると……、家族三人暮らしだった、墓杜家との別居をやめ、家に戻ってきたとすれば。


「辻褄は合う」


 問題は、二つの地点のきっかけ。

 お母さんが金髪に染めた理由。

 そして、お父さんが亡くなった原因。


 わたしが知りたいのは、ひつぎへの厳しい接し方だ。


 だけどわたしが入れ替わったことで実際に感じたのは、厳しさではなかった。

 だから、ボタンの掛け違いがどこかであった。それはどこで、一体いつから……?


 そして。

 お母さんは、一体、なにを想っているの……?



「こんなところにいたのね、初」


 ――声がして慌てて振り向くと、相手の手によって口が塞がれた。


「っ……っ!?」


 そのまま畳の上に押し倒される。

 っ、お母さんに、ばれた……っ!?


 怪しい行動を取れば、疑惑が膨らみつつあるお母さんに、わたしがひつぎと入れ替わったことがばれてしまうと自覚していながらも、必要なことだからと、大胆な行動に出ていた。

 充分に警戒はしていたつもりだった……のに、集中するあまり、わたしは部屋に入ってくる気配に気付くことができなかった。


 お母さんが、わたしを見下ろし、


「あなたは、誰……?」

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