第十二話 身を削る襲撃者
怒り疲れたのか、いつの間にか夏葉さんがソファで寝息を立てていた。
「…………」
ガミガミ言われたかと思えばくどくどと説教をされ、ああも休みなく喋っていれば一時間もすればこうなることは目に見えていた。
『ひつぎのことを思って言ってるんだから!!』
何回も聞かされた言葉だ。
夏葉さんの場合は、本当にそう思っているのが形式だけじゃなくて、きちんと伝わっているからともかくとして。
意外といるのだ、『あなたのことを思って言ってる』って言葉を頭につけておけば、なにもかもが正当化されると思っている人が。
勘違いするな、大間違いだ。
押しつけられた好意は刃と変わらない。
そんな言葉で、おれを脅して縛りつけるなよ……っ。
「お前、ひばりと同じ顔をしてるな」
説教されている時も、変わらずソファに座っていたオウガがそう指摘した。
一度も立ち上がらなかったオウガも、同じく夏葉さんの言葉を聞いていたわけだ。
一時間、休みなくずっと。
「難儀なもんだな。お前ら人間は」
夏葉さんをおれの部屋のベッドで寝かせた後、リビングに集まり再び作戦会議だ。
とは言っても、ひばりがうとうとし出しているので、長く話すわけでもない。
「眠く、ないわよ……」
意識が船を漕ぎながら言われても……限界は近いみたいだ。
「クラスメイトを見てみようと思う」
「意外だな、普段接している奴だから疑う必要もない、と言うかと思ったんだがな」
「それだと甘い、って、オウガなら言いそうだけどな」
「まあな」
クラスメイトは、全員で六人……初が死に神だったから、はずしたけど、同時にひばりが転校してきたので数は変わらない。
多分、六人だ。
幽霊が入り交じっているので一体どれが本物のクラスメイトなのか、はっきりと覚えていないのだ。
正確に言えば、おれだって正式に在籍しているわけではない。
一ヶ月前に、クロスロンドンに逃げ込んだ際、学園に体験入学を希望してそのまま一ヶ月間、入り浸っているだけなのだ。
規則はゆるゆる、手続きもまともにおこなわれていない。
管理された町ではあるものの、最低限のライフラインの保障があるだけで、基本的に住人は野放しである。
人員不足もあるだろうが、管理側も寄りつかなくなったのだ。
手に負えなくなったのだろう。
自分たちで作っておきながら、予想以上に集まってしまった幽霊を始めとしたオカルトに、誰も対応できなくなった。
ただ、このまま見て見ぬ振りを続けるつもりもないだろうし……時間の問題だろう。
分かってはいるんだ……おれだって。
『ぼく』だって。
このままずっと、この町にい続けることもできないって。
それは、予感だったのかもしれない。
これから起こる、
予想もしなかった最悪へ――、
繋がる胸騒ぎ。
「そうなると、ぴったりだね」
はっとして意識を横へ向けると……、初が言った。
招待状が渡った人数は、六人……の内、二人はおれとひばり。
招待状が渡された人数と、おれとひばりを抜いた(あくまで推測だけど)現在確認されている幽霊を除いたクラスメイトの数が……四人で、合致した。
だからなんだ、ただの偶然だろと言うこともできたが、しかし。
繋がりを無視できる偶然でもなさそうだ。
「決まりでいいだろ」
オウガの不敵な笑みが、改めて敵だとしたら恐ろしいと実感させられた。
「明日、身を守るために奴らを潰す」
初も同意だったようで、こくんと頷いた。
「やられる前にやって、お終いだ。願いを叶える? 大層な餌をぶら下げてオレらがお前らの望むように殺し合いをすると思うんじゃねえぞ、黒幕」
翌日、教室に入ると全員から視線を向けられた。
招待状のことを考えると狙われているようで緊張してしまうが、単純に昨日、おれがひばりを連れて午後の授業をサボったからだろう。
しかもおれに従うようにひばりが後ろについている。
全員が事情、もしくはおれとひばりの仲を聞きたくてうずうずしていた。
「ふ、二人はさ――」
「ひつぎ、足りない」
話しかけてきた幽霊の言葉を遮り、初が教室を見回して気付いた。
「二人、足りないの」
瞬間、なにかを察知した初がおれの前、窓側に体を滑り込ませた。
同時に、窓ガラスが割れ、
破片の雨を受け、車体の突撃に巻き込まれ、教室が悲鳴に包まれる。
そんな中でも初は冷静だ。
フロントライトを輝かせながら慣性の法則に従って突き進んでくる車体のボンネットに足を叩きつけ、車体を歪ませることで勢いを止めた初がボンネットに跳び上がり、フロントガラスを踵で叩き割った。
あっという間の出来事でおれの理解が順序立てて追いついた時、既に初は車内の様子をひとしきり調べ終えたところだった。
「誰もいない。人が乗っていた気配もなかったよ」
「早速仕掛けてきたってわけか。恐らく特定されてる……もしくはオレたちと同じ答えに辿り着き、確認するよりも前に怪しい人物を潰しにかかった……って場合もある」
「な、なんだよそれ!! おれたちが参加者じゃなかったらどうするんだ!? 巻き込まれて、怪我をして! もしかしたら死んでいたかもしれないのに!!」
「それならそれでいいんだろ。ここはクロスロンドンだ、オカルト、幽霊の町。死者の町とも言い換えられる。だったら生きた人間が一人二人死んだところで問題視もされないわけだしな。なんでもこじつけて幽霊のせいにできる。この町にいる時点で自殺志願者とそう変わらない。それが外の世間が持っている共通認識だ」
文句を言いたいが、おれたち霊能力者からしても、この町の霊濃度は高く、危険を承知で、それに勝るものを手に入れるためにやってきている。
一般人が抱く嫌悪感は計り知れない。
中で殺し合いが始まっていようが、勝手にやっていろ、と言うだろう。
警察に頼ったところで、解決しない問題でもある。
「……っ、知秋!?」
吹き飛ばされた椅子と机に紛れて、知秋が教室の隅の方で逆向きに曲がった足を押さえていた。
「だいじょうぶ……、この町のおかげで実体化してるけど……元々は幽霊なんだから、体なんてないようなものだし……。影響はないけど、やっぱり痛いね……っ」
脂汗をびっしょりとかいて、知秋が無理やりに笑う。
幽霊にとって実体化は疑似蘇生とも言え、生きた頃を思い出せる感覚になれるが、幽霊であれば回避できた痛みを受けることにも繋がってしまう。
知秋のような足の骨折も、元々ない体なのだから影響もないが、痛みはきちんとある。
幽霊でいた期間が長ければ長いほど、忘れていた痛みは倍以上に感じられるはずだ。
「……生きてるって、感じがする」
骨折した足を撫でながら、
「そう感じられるからこそ、死んでいるんだって、改めて思い知らされるよ」
「知秋――」
「おい、怪我した幽霊なんか放っておけ。確認すべきは残ってる人間二人だ」
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