第十一話 嵐の前の小休止
参加者は六人……内、二人はおれとひばりだから――残りは四人。
このメンバーを特定しているか、していないかでは天と地ほどの差がある。
まずおれが疑ったのは(疑ったというか、身近な人の名前を出したに過ぎない)、夏葉さんだ。
……もしもそうなら、とっくのとうに初が気付いているだろうけど、オウガが言う死に神のルールに照らせば、隠し通すことも不可能ではなかった。
おれと初が長い距離、離れることができるように、夏葉さんの死に神だって例外ではないのだ。
死に神と人間は見えない鎖で繋がっており、互いの信頼関係により離れていられる距離が増えていく。
おれと初は、完全に別行動をすることも可能で、ひばりとオウガに至っては半径五十メートルが限界らしい。
「夏葉? って、ああ、担任の先生のことか……」
風呂上がりのひばりが、タオルで頭を拭きながらリビングに顔を出した。
薄いキャミソールと太ももが出た短いパンツを履いており、目のやり場に困る。
女の子の裸を見て……じゃなくてだ。
制服と包帯で覆われ、見えていなかった痛々しい傷痕が見えてしまったからだ。
「…………」
「あんたのせいだから」
結んでいたツインテールも今は解かれ、初のようなストレートになっている。
髪型一つで大人びたり、子供っぽく見えたりするから女の子は不思議である。
「なんで、おれのせいなんだよ……」
「あんたが戻ってくれば、あたしもこんな傷痕作らなくて済むのになあー」
おれを連れ帰るために、同情を誘おうとしているなら、引っかかるわけにはいかない。
「そんな手に乗るか。どうせ自業自得の傷痕だろ」
「ま、そりゃそうよねー」
と、ばれることが前提に話していた、みたいに振る舞っていたが……それにしてはおれに向けている期待が大きかったように思えた。
それに、見捨てられたショックを受けたようにも……。
「ねえ初、牛乳って置いてる?」
「あるよ。飲みたいならどうぞ」
「ありがと」
キッチンで夕食を作っている初に許可を取り、冷蔵庫の中から取り出した牛乳パックから、コップに移して一気に飲み干した。
長々と話している間に、気付けばもう夕方だった。
招待状が配られている、つまりもう既に殺し合いが始まっているとしたら、別れるのは得策ではないと判断し、ひばりたちも部屋に泊まっていくことになった。
必然、食卓を一緒に囲むことになるので、少し早いがお腹が鳴ったひばりのために初が料理を作っている。
女の子二人が、料理にお風呂に時間を割いている間、おれとオウガで死に神憑きの人間を絞り込もうとしたが、情報が少な過ぎる。
というか、ない。
クロスロンドン内にいる人間がいくら少ないとは言っても、その中で四人を特定しろ、というのは難しいだろう。
判断は死に神である二人の役目だ。
おれとひばりは、人間と死に神を繋ぐ鎖は見えていないが、死に神側は見えているらしく、怪しい人物を一目見れば死に神憑きであるかどうかが分かるのだ。
ただしそれも、距離が開いている状態に限る。
密接していれば、鎖も見えにくくなっている。
現状、できることは限られてしまっていて……だからこその小休止。
休めるのは今だけかもしれない、というオウガの助言もあった。
「ぷはぁ」
とコップ一杯の牛乳を飲み干したひばりが、
「担任、ねえ。あれは死に神憑きじゃないでしょ。あたしたち、見てたけどさ、オウガもなにも言わなかったし」
「オレをあてにしてると、後々で痛い目に遭うぞ。ちょっとは自分の目で見たもので答えを出してみろ」
「そう言われても、分からないものは分からないのよ」
夏葉さんは違う、という根拠も特にないのか……。
オウガが反応しなかったから、というだけで決めつけるのは、確かに早計だろう。
「もしそうだったら、すぐにあたしに言うでしょ。言わない理由が分からないわ」
「まあ、それは――」
「ひつぎーっ!! あんた学校サボってなにし…………て……ん……っ、っっ!?」
合鍵を渡しているので、閉めていた玄関の鍵も簡単に開けられてしまう。
勢いよく入ってきた夏葉さんが、見渡したリビングの状況を見て、一瞬、時間が止まったように硬直していた。
初もオウガもいるのに、夏葉さんはなぜかおれとひばりしか見ていないようだ。
風呂上がりのひばり(髪を下ろしたひばりが、今日の転校生とは確かに思えない。眼帯も包帯もはずしているので傷痕とは違う痛々しさが、今はなかった)を見て、
「まだ早いわよ……っ」
「早いって、なにが……?」
「家に女の子連れ込んで、なにをしたのかこの不良息子っ!!」
うわ、最悪な誤解を受けてる!!
そう言えば朝にされていた誤解も解いていないままだったし……っ、夏葉さんの中でおれは数々の女の子に手を出すクズ野郎になっているのでは!?
すると、隣でひばりが悪ノリをし始めた。
「う、うう……あたし、初めてだった、のに……っ!」
泣きながら(嘘泣きだ)、両膝を地面につけて崩れ落ちる。
それを見た夏葉さんが、パキポキと指を鳴らしながら、ゆっくりと近づいてきた。
「ちょっ、誤解だよ夏葉さん!! ひばりも――っ、おまえマジで厄介なことを……!」
「女の子に責任を擦り付ける子に育てた覚えはないけど?」
おれも、夏葉さんに守られた記憶はあれど、育てられた覚えはないよ。
「初が甘い分、私はひつぎには厳しく指導をするから、覚悟しなさいよ!?」
夏葉さんに詰め寄られるおれを見て、ひばりが口の動きでおれに交渉してきた。
『実家に帰るなら、助けてあげるけど?』
いつ何時でも、そこに結びつけられるように罠を張ってるのかよ、あいつ――ッ。
視線を返して、固い意志を示す。
『絶対に! 帰らないッッ!!』
あっそう、と言いたげな視線を向けて最後、ひばりがキッチンへ向かった。
「初ー、なんか手伝おうか?」
手を差し伸べても、助けてくれる相手はいない。
オウガも見てるだけで止めてくれそうにもないし……!
――あぁ、終わった。
「ひつぎ! 全っ部っ、説明してもらうからね!!」
「あの女……、そうか。この町は、そういう奴らの集まりでもあるわけか」
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