第十話 作戦会議

 初が再び席についた段階でオウガが懐から取り出したのは、真っ黒な封筒だ。

 当然、差出人の名前は、たとえ書かれていたとしても背景に溶けていて分からない。


「この町にきてすぐだ、これがオレに届いた」


 中身も同じく真っ黒な便箋だった……さすがにこっちの文字は赤字であり、黒の背景であってもよく見えるようになっている。


「簡単に説明するとだ。この町にいる六人の人間と、それに憑いている死に神たちによる殺し合いが開催される――その招待状だな」


 隣の初が、オウガが持つ黒い封筒と同じものを、すっとテーブルの上に置いた。

 招待状ってことは、つまり……、


「ああ、オレとひばり、お前らが選ばれたらしいな」

「な、なんで!!」


「さあ? 単純にこの町にいる死に神が六人なんじゃないのか?」


「そもそも、死に神ってなんなんだよ……。説明は、してくれたけど! あんなんじゃ分かるわけないだろ! 初は、だって死に神なんだろ!? でもっ、おれの幼馴染みで、ずっとずっと一緒だった! ごく普通の、女の子だ! 初に比べたら、ひばりの方がよっぽど変じゃないか! おまえの方が死に神っぽいぞっ!」


 指を差して指摘すると、ひばりのツインテールがまるで鬼の角みたいに立った。


「死に神らしくあんたの命を刈り取ってやろうかしら……?」


 ――こいつ、部屋の中で鎌を持ち出しやがった!!


「待て、ひばり。というかお前も誤解しているんだな……オレらは命を刈る、なんてイメージ通りの死に神じゃねえって言っただろ」

「……イメージが強いから、つい……。それにしても、意外と気にするのね」


 手にしていた鎌が、ひばりの手からふっと消えた。

 すると、滅多に前に出ない初が、珍しく口火を切った。


「わたしは、ひつぎを守るために生まれてきたの」

「それは、言い過ぎだろ。あの日からおれを守ってくれるようにはなったけど、それは約束してくれたから、だろ? おれのために生まれたなんて……初の家族が聞いたら……おれがなんて言われるか……」


 未だに、挨拶すら出来ていないし、もっと言えば見たこともない。

 徹底して、初が隠し通してきたからだ。


「ううん、わたし、隠してないよ」


 いや、隠してたよ?

 おれの表情を見て、初が、あっ、と表情を変えた。


「正確には、身よりがないことを隠してたんだった」


 身よりがない……? 

 え? 

 家族がいないって……天涯孤独?


「だから、言っただろ。オレら死に神にとっての繋がりは、お前らしかいねえって」


 ……信じられないが、視線をオウガから初に戻すと、


「本当だよ」


 初が言った。


「あの時、崖から落ちたひつぎを助けようとして、わたしが生まれたんだから」



 人は二度まで死ぬことができるらしい。

 よく耳にする、九死に一生という言葉があり、奇跡的に生還した人間の背後には死に神がいて、守ってくれていた、というカラクリがあるのだと言う。


 身をもって体験しているため、強く否定もできない。

 初がいなければおれは崖から落ちて確実に死んでいた。

 助かる高さでなかったにもかかわらず、おれはこうして生きている――そう、死に神である初が、その場でおれを助けてくれたからだ。


 それきり、初はおれの傍で、ずっと守り続けてくれている。

 果たしてこれが死に神たちのスタンダードなのかと言えば……、


「まちまちだな。死に神にとって人間はご主人様だ。立場ってのは完全にこいつの方が上なんだよ」

 とは言いながらも、オウガはひばりの頭を掴んでぐらぐら揺らしている。


 案の定、ひばりがオウガの手をはたき、


「ご主人様にする態度じゃないでしょ!」

「こんな風に、ご主人を見下してる死に神もいるってわけだ」


「あんた、あたしのこと見下してるわけ!?」


 オウガに掴みかかった際、ひばりの足が机に当たってガタンッ! と揺れ、コップの中身が跳ねてテーブルを汚した。


「あ、ごめん……」


 しゅんとうなだれるひばりに、初が、


「わたしが拭くから、動かないでいいから」


 多分怒ってはいないだろうけど、平坦な口調と感情の見えない表情で、勝手に想像力がかき立てられる。

 びくびくと怯えているひばりの気持ちも、分からないでもない。


 淡々とテーブルを拭く初が席についたところで、


「これ、参加しなくちゃいけないの?」


 危険を前もって潰しておく初なら、そう言うと思った。


「強制だろうな。まあ、したくなかったら逃げていればいいと思うが……内容を見る限りだと追われる身になるのは確実だ。このゲームのルールに則らなくとも、襲ってくる敵を迎え討つのと、参加して戦うのも同じだと思うがな」


「参加するやつなんているわけ? ただ漠然と死に神同士で殺し合えって言われたって、別に不参加でもペナルティとかないんでしょ? せっかく救ってもらった命をわざわざドブに捨てるようなバカな真似しないでしょ」


「どんな願いでも叶う、なんて優勝賞品があったとしてもか?」


 オウガが便箋をテーブルに滑らせた。


「参加者全員が、たとえ相手を裏切ってでも叶えたい夢が特にないって言うなら無効試合になる可能性もあるが――いねえだろ、そんな奴。たとえ全員で口裏を合わせたって、裏切る奴ってのは出てくるもんだ。なんでも願いが叶う……人を狂わせるには充分だろ」


 …………、それは、そうだけど……。


「よく知ってる相手でもあり得る話だ。これがまったく知らない者同士の輪で交わされた約束だとしたら? 信じられねえだろ、そんな協定」


 オウガの言うとおりだ。

 招待状が渡された時点で、参加リストには上がってしまっている。


 名前や居場所が相手にばれたわけではないものの、死に神は死に神を見れる。

 町に出れば自然と互いに認識できてしまう環境だ。


 おれとひばりがこうしているのが特別なだけで、普通は出会った時点で願いを叶えるための殺し合いが起きてもおかしくはなかった。

 そう考えるとひとまずひばりに出会えたのは幸運だと言うべきか……?


「あたし、あんたを連れ戻しにきたし、結構強めに攻撃したわよ……? さすがに殺そうだなんて思ってはいなかったけどさ……」


 そう言えばそうだったよ……。

 うん? 

 殺そうとは思っていなかった……?


 おかしいな、割と殺されそうになっていたけどなあ。


「してないわよ!! ……まったく! まったくさあ!!」


 コーヒーを飲んだひばりの表情には気まずさが乗っていて、それを隠すためにコップを口元に持っていった、ようにも見えたが、果たして。


「ねえ、ひばり。ひばりには、叶えたい願いが、あるの?」


 初は、あるかないか、それを聞きたかったのだろう。

 どんな願いなの? に続きそうな雰囲気もあるが、あくまでも参加する意思だけを確認している。


 あると言えば、この時点でひばりと手を組むのは危険過ぎるだろう。


「ないわよ」

「嘘をつけ」


 オウガに見破られ、尚且つ、目の前で暴かれたことにひばりがオウガを睨み付ける。


「現在進行形で、お前にはあるじゃねえか」

「ある、けど、さ…………叶えてもらう願いじゃないわよ」


 ちらちらと初を窺いながら、


「誰かの手じゃなくて、自分の手で叶えてこそ、意味があるものなのよ」

「そういうものかね」

「そういうものなのよ! あんたには分からないでしょうねえ!!」


 誰かの手でなく、自分の手で、か……。

 分からないでもない、けど。


「……それができないやつだっているんだよ」


 おれの言葉は運良くひばりには聞こえていなかったようだ。


「――で、あんたは?」

「おれ?」

「そうよ、あたしだけ詰められて言わされたんだから、あんたも言いなさい!」


 初は問い詰めたわけじゃないし、勝手に怯えておまえが言ったんじゃん……、とは思ったけど言わない。

 今のひばりに言ったら癇癪を起こすだろうと分かったからだ。


「おれは……」


 叶えたい、願い、か……。

 そんなの――、


「ない……というか、もう叶ってるんだよ」


 隣の初を見る。

 初もこっちを見ていたようで、ばっちりと目が合った。


「今のこの生活が、叶えたい願い……だったんだよ。この自由を手にしてから、特にこれと言って願いがあるわけじゃないんだ」

「それ、本当なの?」

「本当ね。目を見て、わたしがひつぎの嘘も見抜けないわけがないもの」


 初が言うと、ひばりも認めて、これ以上の追及をしてこなかった。


「じゃあ、オレらとお前ら、互いに願いへの執着がないってことで決まりだな」

「手を組むの?」


「ああ、そうだな。願いが絡まなければどちらかが裏切ることもないだろ。率先して参加しないにしても、敵を把握し、身を守るために迎撃はしなくちゃならないんだからな。手を組んでおけば単純に戦力は二倍だ。それに、お前がいれば負けることは万一もないはずだと思うがな」


「それはそうね」

「謙遜もしねえのな」


 死に神の二人の会話に入っていけないおれとひばりはと言うと、テーブルに手を伸ばして黙々とクッキーを頬張っていた。


「お前ら、他人事か? ……大変なのはお前らなんだぞ?」


 だとしても、初が守ってくれるって、信じてる。


「あんたがいるじゃない」

「……はぁ。苦労するな、互いによ」

「別に。わたしは、不満なんてなにもないもの」


 同意を求めたオウガは初に裏切られ、小さく肩をすくめた。

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