第九話 閑話休題
午後の授業は丸々サボり、おれと初が暮らすアパートへ向かう。
夏葉さんには、転校生に既に手を出していた、と誤解されていたが、誤解を解く暇もなく今になればそれが事実になりつつあり、戦々恐々だ……。
明日、クラス中から早速転校生に手を出した男と認識されかねない。
知秋がある程度は説明してくれているはず、と信じるしかないか……。
すると、珍しく初が肩を寄せてきた。
歩きにくい……けど、安心する。
「どうしたんだよ、急に」
「いつもは周りを意識しなくちゃいけないけど、今は必要なさそうだと思って」
周りを見るまでもないが、視線を向けると転校生……もとい、ひばりが大鎌を振るって寄ってくる幽霊を撃退していた。
ちなみに、ひばりのストレス発散の餌食になっているのは、おれを襲おうとしている悪霊であり、知秋のような善良な幽霊は含まれていない(今や知秋たちがスタンダードな霊と言えるか)。
実際、ひばりがしていることは幽霊を殺す(もう死んでいる、というのは目を瞑るとして)ことではなく、成仏へ踏ん切りがつかない幽霊たちの背中を蹴っ飛ばしているようなものだ。
目の前の成仏という崖から突き落とす、荒技だ。
本当なら対話をして、幽霊の未練を解決したり、背中を蹴り飛ばすのではなくそっと押してあげるのが望ましいが、そうも言っていられない相手がいることも確かだ。
あとは性格による。
ひばりは対話よりも、一方的にねじ伏せる方が向いているらしい。
それ以前に対話が苦手、というのもある。
幽霊に対する強い拒絶感だ。
なのに、墓杜家であるがゆえに、逃れられない役目を背負わされている。
だけど多分、墓杜家でなければ幽霊との縁もなかったはずだ。
役目と感情は二律背反してしまうようだ。
アパートに辿り着き、初がてきぱきと来客対応のためのお菓子と飲み物を用意する。
おれも手伝おうとしたが、キッチン周りは初が好きなように配置を決めているので、どこになにがあるのか分からなかった。
「座ってていいよ」
暗に邪魔だから戻っていろ、と言われていたのか、と思うのは考え過ぎだろうか。
コの字型のソファーに戻ると、どっしりと深くまでもたれかかるオウガと、反対にそわそわと落ち着かない様子のひばりが見えた。
テレビ……は、平日の午後一時過ぎだ……ニュースか、ドラマしかやっていないだろうし、持ち上げたリモコンをテーブルに戻した。
片手間で聞く話はしないのだから。
「……かなり広いわね……」
ひばりが部屋を見渡して言った。
「そう? 実家の自分の部屋と比べてもここの方が狭いよ」
一応、この部屋だけで十畳はあるらしいけど……。
ただ、綺麗さで言えば、ここの方が圧倒的だ。
一ヶ月前、初と一緒に内見した時はとびきり強い怨霊と、それに従属している小さな悪霊がたくさんいて、退治するのに長期に渡ったのが懐かしく感じられる。
さすがに初でもあっという間とはいかなかった。
契約自体は怨霊がいた段階でしたので、家賃はめちゃくちゃ安く一万円を切っている。
この値段はそう珍しくもなく、クロスロンドンにおいては相場とも言えるだろう。
三万円を越えると、都内で言うタワーマンションと遜色ない物件に住める。
ただ、居心地が良いということは霊も比例して増えるということなので、それが耐えられるのであれば……、という注釈も必ずつくようになってしまうが。
「……これだから本家の人間は恵まれてるのよ……」
「ひばりはどこに住んでるんだ?」
ぼそっと呟いていたみたいだが、聞き取れなかったので流すことにした。
どうせおれの悪口だろうし、掘り下げることもない。
で、ひばりの家、だ。
転校してきたのだから拠点があるはずだ。
任務がいつ達成できるか分からないし(ひばりに自信があれば、見通しが甘ければ、一日で達成させられると思うため、新しく部屋を借りる必要もない――が)、もしもの時のためにも、部屋を借りているはずだろう。
「学校の近くよ。通学に時間をかけたくないし」
「こいつは朝に弱いんだ。だからぎりぎりまで寝ていたいだけだぞ」
オウガからのタレコミに、ひばりの化けの皮がどんどん剥がれてきている。
最初は鎌を振り回してくる危ないやつだと思っていたけど、分かるとなんてことない。
幽霊だって、姿が見えずそこになにがいるのか、なにをしてくるのか分からないから怖かったが、分かってしまえばなんてことはない……とも、言い切れないけど。
それでも大分マシだ。
分かりやすい比較もすぐ近くにいることだし……、初とは正反対の女の子なのだ。
「お菓子と、コーヒーでいい?」
おれの分のコーヒーはかなり甘くなっているので専用のコップで分かりやすい。
初とオウガはブラックで、ひばりは角砂糖一つで少し甘くしている。
初がおれの隣に座り、自然とオウガ、ひばりと向き合う形になる。
トレイに乗せられていたクッキー(さすがに手作りではない)を一つつまんで口に放り投げる。
全員がコーヒーを飲んだり、クッキーをつまんだり、一息入れている中、
「うぇ」
と、ひばりが声を漏らした。
おれがちらりと視線を向けると、
「別に、平気よ、飲めるもん」
……まだなにも言っていないのに自分から墓穴を掘っていくのがどうやら好きらしい。
構ってほしいのだったら見事に成功しているわけで、まんまと手の平の上だった。
ひばりの様子に察した初が立ち上がって、おれのコーヒーの中に五個は入っているだろう角砂糖を、市販の箱ごと持ってきた。
ひばりの目の前に置いて、
「好きなだけ入れていいよ」
ひばりは強がるために口を開いたが、悪意のない初の表情を見て、ぐっと、出そうになった言葉を飲み込んでいた。
下唇を噛んで俯いたまま数十秒、悩んだ末に手を伸ばし、おれに向かって、
「あんた、何個入れたの?」
「六個」
「じゃあ、五個でいいわ」
おれよりも一つ少なくするだろうと思ったので、おれは自分の角砂糖の数を一つだけ誤魔化した。
(元から入っていた一つも含め)五個も入れれば相当甘くなるだろう。
しかし、ひばりはそれでも満足そうな表情ではなかった。
のだが、追加で入れるのはさすがに気まずかったのだろう、箱の蓋を閉めて、初に返した。
「もう、大丈夫」
「うん」
すると、初がこちらをじっと見て、
「引き分けを狙ったのは、どうしてなの?」
「こんなことで勝ったって、仕方ないだろ」
まあ、引き分けを狙ったので、負けるのは嫌だったけど。
おれだって、ちょっとはムキになることもある。
「そっか……」
キッチンに箱を戻しにいこうと立ち上がった初が、ぼそりと告げた。
「ひつぎに入れた角砂糖は、七個だよ」
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