第八話 鎌の軌跡を辿れ

 ――死に神。

 大男が告げた、己と初の正体。


 死に神と言えば、大鎌、頭まで覆ったローブの中に見えるガイコツ……そんなイメージだ。

 死の神と言うくらいだ、死を司るというのは誰もが連想できる。


「死に神と聞けば、大多数が『死へ誘導する者』『命を刈り取る者』なんて解釈したりするが、逆だ。オレたちは殺すためでなく、生かすために生まれた守護者ガーディアンと言うべきか」


 守る者……、その名は初にぴったりだ。


「そういうおまえは、なんで転校生を助けないんだよ」

「あいつが今、お前に負けそうになってんのか?」


 ……まあ、ぼくの方が確かにピンチだけどさ……。


「心身共に、元より差があった。だからオレがお前に肩入れすることでフェアにしようって算段だ。こう言ったらお前には悪いが、弱い者いじめは好きじゃない」


「気を遣わなくていいよ」

「そうか?」

 嬉しそうに、大男が口角を上げた。


 ぼくがなんて呼んでいいか、言いあぐねていると、

「オウガでいい」と教えてくれた。


 じゃあ……、オウガ。

 年上に見えるけど、彼に敬称は必要ないだろう。


「ぼくは、どうすればいいの?」



「自分から出てくるなんて潔いじゃない。帰る気になったの?」


 オウガからアドバイスを受け、ひとまず知秋を追いかけ階下へ向かったところ、

 廊下でばったりと、転校生と出会ってしまった。


「…………」


 ただ、最悪なケースではなかったようで安心した。

 転校生の方も霊能力者が持つ感覚的なアンテナを頼りに、知秋を追っていたみたいだ。


 実体化しているので生きた人間のように受け入れてしまっていたけど、知秋は幽霊なのだ。

 透けてしまえば姿を眩ませる……。

 じゃあなんでこれまでしなかったのかと言えば、一旦見えてしまえば、霊能力者の視界からはずれるのは難しいからだ。


 つまり、転校生の目の前で実体化を解いたところで、転校生はすぐさま感知する。

 だけど、視界の外で実体化を解けば、漏れ出てしまう霊力は観測されるものの、すぐに姿が暴かれてしまうこともない。


 知秋は今も逃げ続けているようだ。


「ぼくは帰らないよ。せっかく手に入れた自由を手放すもんかよ」

「あっそう」


 転校生は、ぼくが素直にうんと頷くわけがないと断言していたみたいに、

 小さくなった鎌を両手に持ち、戦闘態勢を整え終えていた。


「もういい。あんたを説得するより、力尽くで引きずって帰った方が早いわね」

「……最初から力尽くだったじゃないか」

「なに?」


 肩をすくめて、視線を逸らす……怖いなあもう。


『斬りつけたものに対して能力が発動する、それが死に神の鎌の基本条件だ』


 オウガのアドバイスを思い返す。

 アドバイス? にしては情報量が少なかったけど、次の一言は大きかった。


『騙されるなよ。共通言語のように浸透した言葉には、多大な解釈がある。お前が思っている解釈と他人の解釈が違えば、予想外のことが起きる。改めてちゃんと考えてみろ、お前は素直過ぎるんだ。ちょっとは人を疑え』


 ぼくも、知秋も、勘違いをしていた。

 瞬間移動を、点から点への座標移動だと勝手に解釈していた。


 しかし、初は、言葉こそ『瞬間移動』と言ったものの、解釈がぼくらとは違っていた。

 点と点を線で結んだ移動――敷かれたレールの上をなぞるよう、に……、


「あ」


 だから、初はああ言ったのか……『あなたが描いたルート』なんて。


 転校生の鎌が周囲の壁や床を斬りつけながら――これは偽物フェイクだろう。

 ぼくを戸惑わせるための囮でしかない。

 投げた鎌を手元に引き戻したのは、仕込みを終えたからだ……移動の際に、鎌がどこにあるか……は、必要な条件ではなかった。


 斬りつけてさえいれば、転校生はどこにでも移動できる。

 そして、ぼくがなにを見ていたかと言えば、だ。


 ――投げられた鎌が通った道筋。

 ぼくを迂回するように、右側に膨らんでいた。


「多分、ここだ」


 転校生が消えたのを見計らって、僅かに横へずれた瞬間、

 がんっっ!! と、額に強い衝撃があって思わず仰け反った。


「っ」

「いっっ、たぁああああっっ!?」


 目の前で額を押さえて悶える転校生をすかさず押し倒して。

 彼女の両手を地面に縫い付ける。

 押し倒した際に鎌は地面を滑って手の届かない距離を離れていった。


 覆い被さるように転校生に跨がり、完全に動きを封じる……。

 これだとぼくも同時に動けないので、進展のない膠着状態になってしまうけど……、


 決着を言い渡しにきた足音が、背後から聞こえてきた。


「勝負ありだな、ひばり」

「――なっ! お、オウガ! あんた、あたしを助けないでどこにいってたのよ!!」


 転校生がじたばたともがくが、鎌を持たない彼女はやっぱりただの同級生の女の子だ。

 全体重をかけて押さえつけている今、さすがにぼくでも彼女の力には負けない。


「今! 助けなさいよっ!!」

「悪いが、お前らには仲良くしてもらわないと困るな。こいつはこれから、大きな戦いに向けて手を組む、パートナーになるんだからな」


『は?』


 ぼくと転校生の声が重なり……、


 え?


「大きな戦い……?」

「こいつと、仲良く……?」


 ちょっと待ってよ、引っかかってるの、そこ?

 すると、もう一つの足音が聞こえ、オウガに並ぶように、人影が現れた。


「あ……、初」

「説明するから、待ってて」


 端的な言葉だ。

 初らしいけど、もう少し感情的になってもいいのに……。


 ぼく、結構勇気を出して転校生に立ち向かったんだよ?


「正直なところ、のんきに和解してる時間もない。手っ取り早く言うとだ」


 オウガが冗談交じりに言った。



「――既に、殺し合いデスゲームが始まってんだ、この町でな」



 え、死に神だけに?

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