第五話 【死に神】登場
立ち上がったのは初だ。
おれの決意に合わせて、初もまた、臨戦態勢に入った。
啖呵を切ったのはおれだが、実戦担当は初である。
「じぃー」
と、隣からわざわざ口で言いながら見つめてくるポニーテールがいるが、無視。
適材適所、一長一短、つまり、そういうことだ。
足りないものを補い合って、おれたちはこれまで上手くやってきた。
初に足りない感情をおれが。
おれに足りない戦力を初が。
これがおれたちのやり方だ!
「……ひつぎ、ついさっきまで格好良かったのに……情けないよ……」
うるさい。
「家でしごかれてた方が良かったんじゃない?」
うるさいなあもうっ!
「あら、丸腰でいいの?」
おれたちの前に立った初を見て、転校生が当然の疑問を口にした。
身の丈以上の大鎌を持つ相手に対して、初の手にはなにもない。
「必要?」
初に自覚はないだろうが、その返答は挑発としか受け取られないぞ……。
「…………なめんじゃないわよ」
案の定、転校生がさらに強く大鎌を握った。
「あんたが武器を取らないのは、そいつに正体を隠しているからかしら。だったらあたしが握る情報は一つの武器になりそうね」
…………正体?
初の――、と、思わず前に立ってくれた初の背中を疑惑と共に見てしまったが、その時には既に、初の姿が消えていた。
たんっ、という音だけが残って聞こえてくる。
跳躍した初が次に姿を見せたのは、転校生の大鎌に、自慢の蹴りを防がれた時だった。
「……さっすが……早いわね……ッ。見えはしなかったけど、なんとか、狙うなら一発で意識を落とせる頭部だろうって予測で防げたわ……!」
初の蹴りと、それを防いだ転校生の鎌が衝突した衝撃が周囲に駆け抜ける。
すっげ……っ、バトル漫画みたいだ。
しかも、短いスカートで跳ぶもんだから、初のスカートがめくれて丸見えである。
なにが、とは言わないが。
「パンストだもんなあ」
まあ、これはこれで……――はっ。
「…………」
もはや、じぃー、とさえも言わなくなった隣のポニーテールが、朝の夏葉さんと同じ視線をおれに向けている。
その批判的な目も分かる。
初に任せきりで、どうして背後にずっといるんだってことだろ?
狙いが知秋なら、初が足止めしている間に別の場所へ逃げるべきだ。
「いこう、知秋」
「まあ、男の子なら興味もあるよね、そりゃあねえー」
言いたいことがありそうだが、追及はしない。
逆にべらべらと喋られる前に、彼女の手を引いて、こそこそと屋上を後にする。
さて。
初が負けることはまずない。
初の運動神経がどれだけ凄いかはよく知ってるし、それにあの場所におれがいたら、初も本来の実力を出せないように見えた。
奥の手かなにか、持っているのだろう。
初の正体を見るチャンスだったから少し惜しい気もしたけど……あの状況で優先させるべきことではない。
初が素直に見せるとも思えないしな。
それに、初が隠しておきたいのなら無理に暴くのは裏切り行為だ。
知りたいのは本当だし、できれば教えてほしいが、それで初に嫌われでもしたら本末転倒だ。
たとえ転校生が知っていても、聞くのはなしだ。
初がいないところで聞いても、多分あとでばれる。
「ひつぎっ、逃げるって、どこにっ?」
「そうだな……」
逃げるとは言ったが、初の邪魔をしない程度に移動するだけだ。
初が転校生を倒してくれるから……あまり遠くへ逃げても意味がないし、おれたちを探す初が、見つけるのに手間取るほど複雑な場所でもダメだ。
だから別に、屋上へ繋がる踊り場でも良かったのだが……。
さすがに近過ぎるということで、ひとまず教室へ向かうことにした。
「転校生は、もう数匹処理したって言ってたよな……じゃあ、もうみんなは知ってるのかな……?」
転校生による幽霊狩り。
広まっていればもっと騒ぎになっているはずだが、いつもと同じ昼休みの喧騒だ。
……まだ犠牲者が出たことも、知られていないのか……?
「一人ずつ狙ったのかもしれないよ。処理してるところを見られでもしたら、すぐに情報が広まって、教室に集まっているところを一網打尽にすればいいところを、散らせちゃうことになる。それは探す手間だもの」
クロスロンドンに集めた幽霊を一網打尽にする、縮小版みたいだ。
冗談でなくそれが方案の一つにあるのだから、笑えない。
「ひとまず教室に……って思ったけど、みんなに知らせるためにもやっぱり教室にはいくべきだよな」
目的地は変わらず、少し足早に進むことにした。
それが幸いしたのだろう――廊下の窓が、一斉に音を立てて破砕した。
「うぉあ!?」
「きゃあ!?」
おれたちの背後の廊下に突き刺さる、身の丈以上の大鎌。
……もしも歩く速度が足早にならなければ、ぴったり大鎌と衝突していた。
転校生が狙って投げてきたのだとしたら、じゃあ、初は……?
「初が、負けた……?」
嘘、だろ……?
「痛っ、たた……ッ、う、破片が……」
隣で、髪に乗っていた破片を落とし、知秋が体を起こした。
「ひつぎ……? 手、震えてる、けど……」
「え、な、なにが?」
「声も裏返ってるし……らしくないよ、さっきまでの自信はどうしたのっ? 初に任せっぱなしだったけど、わたしを守ってくれるって、啖呵を切ってくれたじゃんっ!」
「それは初がいたからだよ……でも、初がいない今……」
その時、ひうん、という風を切る音と共に、廊下に突き刺さった大鎌の取っ手を握る、転校生が目の前にいた。
「――え?」
は、え、いつの間に!?
まるで、瞬間移動でもしたみたいに、ぱっと目の前に現れた。
「驚かないでよ、瞬間移動しただけなんだから」
「で、できるわけないだろ! そんなこと!!」
「そう? 幽霊がいる、霊能力者がいる、オカルトは存在する、しかもここはクロスロンドン――否定する理由は?」
霊力が溜まりに溜まった場所だ、だからなんでもできる、とは言い過ぎだが、大抵のことなら説明がついてしまうのも本当だ。
瞬間移動もそれに当てはまってしまう……か?
クロスロンドンだから、で、納得してしまう自分がいた。
「い、痛いよ、ひつぎっ」
無意識に、握り締めていた知秋の手を、さらに強く握り締めていた。
彼女の訴えも、今は頭に入ってこない。
「……勝てっこない……『ぼく』には、無理だ……っ!」
震えているのは手だけではない、足もだ。
だから、立ち上がれなかった。
「ひつぎっ!!」
彼女の声にはっとして、一瞬だけ、足の硬直が解けた。
その瞬間を狙って、知秋がぼくの手を引いて駆け出した。
窓ガラスの破片を踏みながら、じゃりじゃりと音と立てて転校生から離れる。
なのに、追いかけてくる気配がない。
それもそうだ――転校生には、瞬間移動をする、特別な力がある。
「逃がすと思ってんの?」
大鎌を振りかぶったかと思えば――投げた!?
放物線ではなく、直線を描いて飛んできた大鎌がおれたちを抜き去り、目の前の床に突き刺さった。
咄嗟に足でブレーキをかけ、足をもつれさせて転びながらも、なんとか刃の目の前で止まることができた。
……あのまま勢いがついていたら、自分から斬られにいくところだった。
そして予想通りに。
ひうんという音と共に、大鎌を握る転校生の姿があった。
刃を下に、斜め上に伸びる取っ手の部分に足をつけ、乗っている。
その先端に全体重を一気にかけることで、てこの原理で刃を引き抜き、そのまま取っ手を握って知秋めがけて振り下ろす!!
「っ!」
瞬間、知秋がぼくに抱きついた。
押し倒されるぼくと覆い被さる知秋が、僅かに逸れた刃の衝撃に真横へ吹き飛ばされ、床をごろごろと転がる。
――パァン、という風船を割ったような音が、刃が振り下ろされる寸前に聞こえた気がしたが……、
視線を回すが、音の発信源は分からず――しかし、
妙な光景が、目を引いた。
「……なんだ、あれ……」
地面が、溶けてる……?
いや、違う、しぼんでる……のだろうか。
まるで、空気を抜いたゴム風船みたい、に……。
「……あ」
風船、なら。
さっきの音は、じゃあ――。
足場がしぼんでいき、その上にいた転校生が沈んでいく。
「ちっ」
という舌打ちと共に、大鎌が投げられ、まだ硬い床に突き刺さった。
一旦、そこへ瞬間移動をするつもりだろう。
すると、隣の教室の壁が、ぎゅっ、と柔らかくしわくちゃになり、裂くようにして出てきたのは――初だ。
カーテンの隙間から出てくるような自然な動作だった。
「初……!!」
良かった……っ、そうだよ、初が、負けるはずないんだから!!
「ようは、瞬間移動をせざるを得ない状況に追い込めばいい」
初が大鎌の前に出た。
「その瞬間移動、移動場所は鎌があるポイントじゃないのは分かってる」
え?
大鎌を投げて、そこに移動していたから、当然そうだと思っていたけど……。
「鎌がつけた傷に、能力は作用する」
再び、ひうんっ、という音と共に、初が軽い動作で
そこへ。
転校生が突然、
「いッ!?」
初に殴られた(?)、ように見える転校生が、体を反らしてごろごろと床を転がった。
赤くなった頬を手で押さえて、転校生が体を起こす。
「っ、……どう、して、あたしの場所が……ッ!」
「あなたが描いたルートなら、分かるよ」
「……っ!!」
「新しい順で、遡って全部覚えておけば、対応できる」
おれには、初がなにを暴いて、なにをネタばらししているのか、分からない。
「だから、これは偶然」
転校生がちらりと床に刺さった大鎌を見るが、視線を遮るように初が足を降ろした。
「ひつぎと知秋から手を引くなら、なにもしないよ」
「無理ね。そこの幽霊ならまだしも、ひつぎは連れ戻す。これは、あたしだけの問題じゃないから、命惜しさにうんと頷くわけにもいかないのよ!!」
「なら」
初の手にも、同じように身の丈以上の大鎌が握られていた。
「…………初?」
同時に、転校生が投げた、床に突き刺ささっていた大鎌を抜いた者がいた。
「手伝ってやろうか? ひばり」
身の丈以上の大鎌と形容したが、その男に至っては、ぴったりのサイズだった。
「――遅いのよ、オウガ!!」
「悪いな、こっちもこっちで、見学してたもんでな」
熊と勘違いしてしまいそうな大男が、初を見下ろしている。
「ああ……お前が、『死に神』か」
「あなたの方が、『死に神』ね」
たった一回の会話で、戦闘が始まった。
大男が、巨体とは思えない俊敏な動きで、大鎌を振り下ろす――初がその一撃を、同じ大鎌で受け止めた。
衝撃が走り、床に亀裂が刻まれた。
それでも初はいつもの無表情を崩さなかった。
「オレの思惑は伝わってんだろ?」
「さあ? 知らない」
相手の大鎌を真上へ弾き、がら空きになった大男の胴体へ、初が蹴りを入れる。
……交通事故を目の当たりにしたような衝撃と音だった。
吹き飛ばされた大男が、壁を破壊して、空き教室の中に倒れた。
「わたしは、ただひつぎを守るだけよ」
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