第四話 幽霊の少女
――連れ戻しにきた。
それが転校生の目的……だって?
この町に逃げ込んだ、おれを?
一体、誰の差し金で?
……そんなの考えるまでもない。
あの家だ。…………母さんだ。
「転校生……おまえ、は……」
「渡會ひばりよ。ま、本当はあんたと同じ、
その時だ。
ガタッ、と椅子を後ろの席にぶつけながら、隣に座っていた初が立ち上がった。
「ひつぎに手は出させない」
「はっ。あんたのことは、よーく知ってるわよ」
バチバチと、二人の視線が衝突する……そんなイメージが想像できる。
睨み合う初と転校生に挟まれ、ここはめちゃくちゃ居心地が悪いな……。
気付けば、教室にいる全員が、おれたちに注目していた。
「わーお、修羅場だね、ひつぎっ」
ポニーテールが舞い上がっていた。
おれを奪い合う構図にはなっているが、初はともかく、転校生の目的はおれを元いた鳥かごへ連れ戻す任務のためにおれを狙っている。
好意なんて微塵もない。
さっきから、嫌悪よりもさらに深い闇のような感情が、ひしひしと伝わってきている。
向こうからなにもなければ、関わり合いたくないほどだ。
「そんないいもんじゃないよ……」
――すると、ぱんぱんっ、と手を叩いて、みんなの注意を引きつける音が響いた。
夏葉さんが、早速先生らしく振る舞っている。
「はいはい、授業、始めますよ。私もお金を貰っていますし、ライフラインを守るためにも積まれたタスクをできるだけ余裕に消化したいですから。みなさんの事情は知ったこっちゃありません」
……いや、先生らしくはないな。
そんな堂々と金のために動いている、なんて生徒に言ったりしない。
「授業の時間は勉強に集中。それ以外については、関与しませんので」
教室を見回した後、最後におれを一瞥し……、
まるでクズを見るような目だった。
『転校生に既に手を出していたなんて』
と思われていそうだが、完全なる誤解だ。
おれは転校生と初対面だし、こんなに恨まれる覚えもない。
向こうは一方的に、おれを知っているみたいだが……。
でも、だって、会ってもいない相手に恨まれて、まさかおれが悪いだなんて、気付けるはずもない。
こんなの言いがかりだ、冤罪だ!
「自分でどうにかしなさいね、ひつぎ」
夏葉さんは今に限って保護者として、おれに向かってそう告げた。
渡會ひばり……ああいや、墓杜ひばりなんだっけ?
記憶の引き出しを開けてみるものの、元より人間関係はそう多くない。
鳥かごのような生活、(そうは言っても学校にはいっていたから、ガチガチに幽閉されていたわけではない)を送っていたのだ、友人は限られてくる。
実家についても……母さんや叔父さん、じいとばあとは会ってはいたけど……やはり転校生とは面識がないな。
同じ名字で同い年なら、ずっと昔に会っていてもおかしくはなさそうだ。
物心つく前とか。
だとしたら覚えていないのも無理はない。
ようは消去法で、あいつはおれのいとこなのだろう。
……おれに対する強い嫌悪……恨んでいる、ね。
こっちからすれば逆恨み以外のなにものでもないが、しかし、転校生の気持ちが分からないでもない。
墓杜家で、おれは特別だった。
いいや、おれよりも大事なのは、この体質だ。
超特殊霊媒体質、とおれは勝手にそう呼んでいるが。
人よりも霊を特に多く引き寄せ、影響を強く受けてしまう。
小さい頃は、よく生死を彷徨っていたらしい。
ただ幸いなことに、墓杜家というのは霊能力者の家系であり(だからこそおれにこういう力が宿ったとも言える。迷惑なことに)、対策のしようがあった。
おれをどでかい実家に閉じ込めたのは、最初は霊から守るため、だったのだ。
ただ、いつからかこの体質を利用し、おれを墓杜家の次期当主にしようという働きが家の中であったのだ(現当主の長男の息子だから、流れ的には間違っていないか?)。
おれの体質はデメリットばかりが先行してしまうけど、逆に考えれば誰よりも霊能力があるということでもある。
知識や技術がないから、幽霊にやられっぱなしなだけで、これを攻撃に転じることができれば、おれは自衛もできるわけだ。
現当主(じい)は、自衛以外を期待しているのだろうけどな。
ただ、おれにはもう既に初がいる。
自衛のために技術を磨く必要もなく、身を守る術を持っているのだ。
つまり、
母さんたちが強要してくる修行に付き合う必要もないってわけだ。
「つまり、ひつぎはこの町に逃げてきたんだねっ」
逃げてきたって言うか、おれだって普通に学生をしたいわけで、学校が終わったら家の連中に引率されて帰るんじゃなく、みんなと買い食いしたりゲーセンで遊んだり……あーはいはい、そうですよ、逃げたんですよ、おれは。
それは認める。
ポニーテールが上向きに立って、興味津々の様子だった。
この好奇心のお化けめ……。
昼休み。
朝からずっと、授業中でさえも絶えず発せられる転校生――渡會ひばりのプレッシャーに、体が疲労を訴えていた。
常に監視されているのは、懐かしい感覚と同時に忌避感に追われて、授業どころではなかった。
どこに移動しても見張られている感覚。
肩の荷がまったく下りる気配がない。
だから今も。
普段は決してこないが、開けた場所である屋上へ足を伸ばしてみた(霧がかっていて肌寒いため、利用頻度は学園全体で低い)。
隣合って座る初から差し出されたお弁当を食べる際に、アンテナのように立つポニーテールに、根掘り葉掘り聞かれたわけだ。
恋愛的な三角関係を期待していたようだけど、残念ながらそんな展開は一ミリもない。
「初は転校生のこと知ってたの?」
質問に、初の箸が一瞬だけ止まった。
「ひつぎが知らないんだから、わたしも知らないよ」
「なんか知ってそうな気がしたけど……そうなんだっ」
確かに、なんだか面識がありそうな雰囲気だったけど……、
転校生は初のことを知っているようだった。
『よく知ってる』とまで言ったのだ、おれも知らない初の素性まで、もしかしたら知っているのかもしれない。
あとで、それとなく聞いてみるか……?
探ることに罪悪感はあれど、初も頑なに教えてくれないし。
暗に探るなってことだとは思うが、十年近く一緒にいて、幼馴染みの正確な素性を知らないというのも寂しい。
今更、なにが出てきたところで初との関係が切れるわけもないのだから。
ただ、聞くにしても転校生との関係性を修復しなければならない。
まずそこが難題だ。
すると、初の箸がおれの弁当箱からおかずをひょいっと一つ取った。
「あっ! 初、それおれの唐揚げ……」
「余計なことしたら明日からお肉は入れてあげないから」
おっと……これは初を探ろうとしているのがばれているのかな?
優しい警告だ。
今の内に引き下がらないとこれが力を持った警告に変わる、と初は言いたいのだろう。
実際にそうは言わずとも、おれに察しろ、というわけだ。
……なんでだ?
すると。
一瞬のぎくしゃくとした静寂を破るように、
ガチャガチャッ、と屋上の扉のドアノブが捻られた。
立て付けが悪いために多少の力を必要とし、開ける際には必ず音が出てしまう。
出入り口はその一つしかない。
屋上を選んだのは開けた場所であるのとは別に、誰かくればすぐに分かるという対策もある。
案の定、転校生の出現を事前に予測できた。
お弁当に蓋を被せ、中腰になって身構える。
「こんなところにいたんだ」
「おれをつけ回してたくせに、今回は遅かったな」
言いながらも、疑念が膨らむ。
屋上に向かう時にもちろん周囲を警戒して、転校生にばれないように移動したつもりだったが、所詮は浅知恵だ。
常に監視している転校生の目を欺けるとは思っていなかった。
当然、すぐに追いつかれると思っていたが、ポニーテールの突撃、根掘り葉掘り聞かれる質問タイムを終えても、転校生は現れない。
さらに、食事を始めて、しばらくしてからこうして転校生が姿を現した。
まるで学園中を探し回った末に、屋上に辿り着いたみたいだ。
……まさか、そんな見当違いをするほどポンコツには見えないが……。
夏葉さんじゃあるまいし。
「ちょっとね、職業柄、うずうずしちゃってあんたどころじゃなくなったから。発散もかねて何匹か処理してたのよ」
「…………?」
「よくもまあこんな場所にいられるわね。あたしには無理。まああんたは、あそこから逃げ出したんだから耐えられるのも頷けるけど」
転校生が近づいてくる。
「あ、耐えてるんじゃないのか。あんたはあいつらの危険性を理解していないだけか」
丸腰の転校生が背中に手を伸ばし、隠れたその一瞬の内に、戻した右手が握っていた。
なにをって?
――身の丈以上の大鎌だ。
「同じ穴の狢? オカルトを寄せ集めた霊能力者のための町? ふざけんじゃないわよ」
今に限れば、転校生の怒りは、おれに向いていなかった。
「あいつらは敵よ、相容れるわけがない。なのに敵陣地のど真ん中に送り込まれてさ……嫌になるわよね。まあ、あの人のためだから断りはしなかったけど……。相変わらず気持ち悪い……全身に虫が這いずり回ってるみたいに、自分の体を傷つけてでも刃物を突きつけて殺してやりたいくらいよ」
「おまえ……」
こいつの、狙いは……っ!
転校生の片目の眼球がぐるりと回り、おれと初の隣――、
「ひっ」と怯えて揺れたポニーテールを見た。
「あんたはもう死んでるの。いつまでも、この世界にいられるのは迷惑よ」
「……わ、分かってる、よ……このままずっとはいられないってっ!!」
世界に居続けるだけで悪影響を周りに与えてしまう。
悪霊でなくとも、年々増していく霊界の力が、人間界に影響を及ぼしているのだ。
だからクロスロンドンが作られた。
しかし、あくまでも一つの壺の中に詰め込んだだけで、いくら蓋をしても中の容量がぱんぱんになってしまえば必然的に漏れ出してしまう。
クロスロンドンから漏れた霊力が他所を侵食するのは時間の問題だ。
かと言ってクロスロンドンの敷地を増やしていけば意味がない。
日本全土が霊たちの居場所になれば、元々全国で猛威を振るっていた災害レベルの霊的現象による被害が出て逆戻りだ。
だからどこかで、処理する必要性が出てくる。
霊たちが自分で成仏しない以上、頼られるのは当然、霊能力者だ。
――墓杜家が筆頭であり、今、役目を全うしているのが転校生である。
転校生はなにも間違っていない……だけど。
しゅんとうなだれるポニーテールは、幽霊だ、間違いなく。
だけど、集まった霊力によるものなのか、幽体から実体化している彼女は、触れるし、確かにそこにいるし、矛盾しているようだが心臓も動いている。
生きている人間となにも変わらないのだ。
無意識なのか、ぎゅっと握られた彼女に手には、体温がある。
「ひつぎ……、初……っ」
不安な表情を見せ、助けてと口をついて出そうになったのをなんとか堪えて、葛藤しているように見えた。
まだここにいたい、でも、いれば迷惑がかかる……そう思っているのだろう。
影響力は人それぞれ、一律ではなく、人を死に追いやってしまう可能性もある。
でも、可能性だ。
万に一つ、それだけの確率。
幽霊関係なく、普通に事故死するのだって、同じくらいの確率ではないか?
それこそが霊による悪影響とこじつけることもできるが、誰がどう判断できる?
なんにでも付け加えられるのなら、冤罪も成立してしまう。
なにも悪くないのに、悪影響を及ぼすからもう一回死んでくれ?
…………ふざけんな。
だから、つまりだ。
「――関係ねえな」
握られた小さくて柔らかい手を、ぎゅっと握り返す。
ポニーテールが、びくんと跳ねた。
「
彼女の名を呼ぶ。
「……うん」
「おまえはここにいていい。間違ってなんかない」
「うん……うん。……うんっ」
これまでにないってくらいにポニーテールが揺れ、彼女の笑顔が弾けた。
「おれたちに、任せろ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます