第5話
皓月は体調が良いようだ。珍しく、誰の支えもなく体を起こすと臥台に腰掛けていた。
道捃はその表情に期待がこもるのを見逃さない。きっと皓月は道捃が役目を果たしたと思っているのだろう。
「して、どうだった?」
若干、言い淀みながらも道捃が皓月に事の
そして道捃を見つめた。その眼差しは優しく温かい。まるで我が子を見つめているかのようだ。
実際に道捃と皓月は親子ほどに歳が離れていることから、よくこうした眼差しを向けられる。その視線を受けて道捃は理解した。皓月は知っていたのだ。桐が来ないことを。
「実に桐らしい。分かってはいたが、こうもはっきり告げられると笑ってしまうな」
「……申し訳ございません。桐様を連れてくることは叶いませんでした」
「いいや、お前はよくやってくれた。桐は難しかっただろう?」
「……」
「正直に言っていい。罵倒されたか? しつこく食い下がると手が出る女だ。殴られたか?」
「殴られてはいませんが耄碌したのか、と」
「私も似たようなことを言われたよ」
過去を思い出しているのか皓月はそっと目を細める。
「彼女に何度も同じ事を言って〝君は中身は老いぼれだな〟と呆れられた」
くすくすと笑うが道捃は笑えなかった。尊敬してやまない、この国の王相手に「老いぼれ」とは。しかも皓月の様子から他にも色々と言われていると察し、遠い目をする。
「最期だと言えば会いに来てくれるとは思っていたが、桐は本当に変わらないな」
悩む皓月を見つめながら道捃は考える。桐の余命がもうわずかということを伝えるべきだろうか。桐からは遅かれ早かれ分かることだから伝えるなと言われているが……。
「桐に手紙を渡してくれたか?」
皓月の言葉に意識を現実へと戻す。
「はい。それから、桐様から晶王様へのお手紙を預かってきました」
まさか桐から手紙を預かっているとは微塵も思わなかったらしく、皓月は驚きに体を硬直させた。おずおずと「……本当に桐からか?」と聞かれたので道捃は頷く。
「彼女が手紙を書くなんて、なんて言って脅したんだ? いや、桐が脅されたぐらいで書くなんてありえない」
「脅してなどいません。桐様は晶王様へ伝えたいことがあるのだとおっしゃっておりました」
それでも皓月は信用ならないようで、じとっとした目で道捃を見続けた。その視線を受けながら道捃は懐から桐の残した手紙を皓月に差し出す。
受け取っても皓月は訝しむ目をやめない。どれほど信用がないのか。逆に信用しているからか。道捃は苦笑すると「正真正銘、桐様からです」と伝えた。
おずおずと手紙を開くと皓月は文字を読む。
「……確かに桐の字だ。〝待っていて〟と書かれている」
皓月は手紙をそっと胸に抱いた。
「ありがとう、道捃。これは予想もしていなかった」
そして、皓月は何度も文章を読み返した。書かれている言葉は短くても、こみ上げるなにかがあるらしく、鼻をならし、涙を拭う。
その邪魔をしてはいけない、と道捃は無言でその場を後にした。
***
その日の晩、皓月が息を引き取ったという報告が女官長より道捃へ伝えられた。疲労も重なり、
「そうか」
道捃は頷くと女官長の退室を許可した。女官長は着替えを手伝うと言ったが数千にものぼる宮女を取りまとめる役職である彼女は、これから国葬のために不眠不休で各所に指示を出さなければならない。
「私はいい。自分の仕事を
「はい、承知いたしました」
女官長の退室を待ってから道捃は夜着を脱ぐ。
本人と会えなくても「待っていて」と書かれた手紙が皓月が抱えていたこの世への未練を全て断ち切った。あの世へ行けば、近い内に桐と再開できることに皓月は幸福を見出したのだ。
「晶王様は、嬉しかったのだろう。悔しいな……」
晶王の心を占めるのはいつだって桐。美しい妻や可愛らしい娘、従順な配下でもない。たった数年、共に過ごしただけの女に道捃は小さな嫉妬を覚えた。
「桐様は、葬儀に参加するのだろうか」
ぽつり、とこぼれ落ちた独り言は誰の耳にも届かなかった。
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