第34話 西町マルシェ・ドゥ・ノエル2

「はあ?」

「今年は、西町人形ミュージャムのマルシェ・ドゥ・ノエルに参加するわよ!」

 マルシェ・ドゥ・ノエルは妙に発音が良かった。本場フランスで留学していただけのことはある。

「マドレーヌとか、ヴァン・ショーとか、手作りのお菓子で商売するのよ!」

 ヴァン・ショーはフランスで言うホットワインだ。

「わあ、幹さん。楽しそうですねえ。俺マドレーヌ食べたい」

たかちゃんも手伝って! バイト代出すわ!」

「おもしろそうだからやりまーす」

 神田と幹は妙に気が合うので、この二人が一緒になるとロクなことは無い。


「お母さんまたそうやって思い付きで……」

「あんたたち、全然レトロ館の店でモノを売らないじゃない!」

 二人はぐうの音もでない。

 西町の人形ミュージアムでは、広い敷地を使って毎年マルシェ・ドゥ・ノエル、つまりクリスマス市をする。

 西町の商店組合を中心に、露店を出して、手作りのおもちゃやお菓子、雑貨などの店を出すのだ。人形ミュージアムのオーナー、遠藤とは幹が幼いころからの付き合いがあるので、なにも無くても遊びに行く関係でもある。

 この人形ミュージアムにはサンタクロースのオートマタ、つまり自動人形がいる。この時期になると西町じゅうのこどもたちが会いに来る。その時の彼が、満足げにロッキングチェアに座ったまま前後に動くのを真音は毎年楽しみにしている。


 ***


 あれよあれよと幹の指揮で計画と準備は進行し、クリスマス市当日になった。 

 占が作ったマドレーヌが人気だ。レモン果汁のグラサージュと、細かく切ってはちみつ漬けにしたレモンの皮がアクセントだ。

 

 真音は大人の客に前日から仕込んだヴァン・ショーを配る。オレンジやスターアニス、しょうがにシナモン、はちみつを入れて、煮詰めすぎないように優しく混ぜる。大人になったら飲みたいな、と真音は思う。今は香りだけで酔いそうなので。


「結構繁盛してるじゃないの!」

 幹はご機嫌だ。

 神田は持ち前の人懐こさで客に声をかけてはどんどん売り上げをだしている。

「おれ、絶対宮司より商売人向いてるわぁ」

 妙に生き生きして言った。

「天ちゃん、いいわね! うちの婿になりなさいよ!」

「えっ、真音さんどうする?」

「結婚式はやっぱり神社かしら? 教会? 両方でもいいわね!!!」

「キャー!!!」

 二人は勝手に盛り上がる。


「……ありえない」

二人の悪乗りを真音は一蹴した。


***


「早く早く! クリスマスツリー、点灯するよ!」

 町一番の高さを誇る、50メートルのツリーに、17時の合図で星が灯る。

 真音に着いてきた那月も子供らしい歓声を上げた。

「『灯り』を買いに来たみたいだ……」

 占は、彼らのランプ、アズルの灯りを買いに行った、不思議な夜を思い出していた。

「はは。なにその例え、占」

 神田が笑うのも仕方がない。

 それでも今夜くらいは、こちらとあちらが繋がる夢くらい、見られるかもしれない。

 クリスマスツリーに飾られた、電飾や、林檎の飾りの隙間に世界の余韻を探したい。


「来年も、みんな元気でこのツリーを見られますように」

 思わず神田が祈った。

「神社じゃないんだから」

 そう指摘する真音だったが、灯をともした樅木に祈る人影は一人だけのものではなかったし、祈は美しかった。

「えへへぇ。なんか綺麗だったもんでついつい願っちゃった!」

「でも、まあ、これ以上ない願いだね」

 占も笑った。

 みんなの願いが集まっていた。微笑むと、鼻先をかすめる冷気がちょっぴり痛い。

「きっと、来年も……」


 それだけで十分だった。

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