クリスマス特別編

第33話 西町マルシェ・ドゥ・ノエル

--カランカラン。

フクロウのウインドチャイム、イユードが鳴る。


--ようこそお客さん。クリスマス前の西町レトロ館へ。本編とは時期がちょっとずれているけど、まあ、温かい目で見てね」


「イユード? なに一人で喋っているの?」

--なんでもないよ、占」


 部屋の奥では絵のなかの青年、セニが手招く。

--さあさ、お客さん。早く入りな。外は冷えるだろ? 今ちょっと散らかっているけど。クリスマスの準備をしているんだ」



***





『本当はね、次会うときにはもうあなたではないような気がして、

 ひっそりと怖いの。

 忘れることが罪だとは、だれも責めはしないと思うのだけれど』


***



 ――冬の匂いがする。

 クリスマスへの期待に混ざった、灯油や何処かの夕餉の匂い。それとスパイスティー、チョコレートにボンボン。

 12月初めの土曜の朝、西町レトロ館ではクリスマスツリーを用意している。


「クリスマスって感じ! 俺んち純和風だから羨ましいわぁ。障子の部屋にツリー飾っても全然雰囲気でねえんだもん!」

 健次郎が用意した小ぶりのもみの木に、真音、占、神田の三人で飾り付けをして、ライトアップする。

 神田は感動で泣きださんばかりの表情だ。

 

 ***


「なんか、真音さん、元気なくない?」

 飾り付けも大体終わりかけたころ、神田が占に耳打ちした。

 表情があまり動かない真音はいつものことだが、それにしても今日は口数が少ない。

「あー……えっとね」

 占には心当たりがないわけでは無かった。

 それは先日、近所の「涌井さん」のもとへ真音と占がお遣いに行った時だった。

 健次郎に頼まれて修理を依頼された時計を取りに行ったのだ。


 涌井さんは、85歳で、足を悪くしており、近所と言えどもレトロ館まで歩くほどフットワークは軽くない。

 ちょっと癖があるおじいさん、と言えばいいのか。最近はもっぱら健康食品にご執心で、食事の分量よりも摂っているのではないかという量のビタミンだとか、コンドロイチン、グルコサミン、鉄分の容器が家中に転がっている。それを飲めば、若いころの自分を取り戻せると心から信じているようだ。

  

 真音や占がたびたび用事で彼の家に行くと、

『若くていいなあ』

 が口癖だった。毎回そう言っては嘆くような、憂うような顔をするものだから、そんな彼に真音は少々苛ついているようで。

『まるで自分が時間を盗まれたかのような言い分ね。誰にだって時間は平等なのに。私だって、いつかは皺くちゃおばあちゃんになるわよ』

 と占に呟いたのだった。


「へえー。それで機嫌が悪いの?」

 神田は段ボール箱を開けて顔をきらきらと輝かせた。

 中には腰振りダンスを踊るサンタクロースの人形が入っていたのだ。

「話は長くなるんだけどさ……」


 そんな涌井さんの持つ時計のことだから、彼も少々変わっていた。

 涌井さんは中国で仕事をしていたことがある。思い出話をさせると、これもまた、

『今はもう何もできないけどなあ。情けないなあ』

 などという湿っぽい話に変わってしまうので詳しくは聞かないが。

 そして現地で買った、象嵌ぞうがん七宝の時計だ。

 河北昱昌アンティーク時計有限会社のもので、細い真鍮線の間に釉薬を流し焼成すると、釉薬はガラス状になり、東洋美が感じられる鮮やかな模様になる。問題の彼も、青地に華美で繊細な装飾を施されている。

 

 その時計製造会社は現地でも有名だ。

 

 アンティークの「イミテーション」時計をとても巧みに製造するということで。


『彼は、とても敏感なの。だれかが馬鹿にしないかということについて』

『涌井さんが?』

『涌井さんじゃない。そのが』

 聞けば、彼は、絶妙に「再現」されたイミテーションであるということにとても劣等感があるという。

 世間では一般的に、古い時計を「再現した」と言えばそれは忽ち偽物のレッテルが張られてしまうものだから。


 持ち主のマイナス思考というのか、思考パターンが映ってしまったようだ。


 レトロ館で修理されえている間(大したことのない、オイルの凝固だったので、修理は早く終わった)その時計は、おやすみの挨拶をしに来た真音と小さな喧嘩をしていた。


--少女よ、時間はどんどん無くなるぞ。大人になってしまうぞ」

「煩いわよ。分かっているわ。そんなこと」

--あっという間に人の一生は終わるぞ」

「何をそんなに焦らせるの」

--時間を告げるのが私の役目だ」

彼は真摯にそして愚直に、時間を告げたがる。

「あんたはちょっと油を抜いてもらった方がいいかもね」

--大人になったら、今の自分は消えてなくなってしまう」

「そりゃ、だれだって、どんどん変わっていくでしょうよ」

--私の声も聞こえなくなってしまうかもしれない」


 そこで店内はざわついた。


「え、真音が大人になったら僕の声、聞こえなくなるの?」

--そうとも。テディベアなぞ所詮子供の遊び相手だ。大人には必要ない」

「那月、そんなことない。私は言葉を忘れたりしないわ。声が聞こえなくなるなんてこと、ありえない」

--こんな古いおもちゃやガラクタなぞ忘れてしまうだろう! ああ、時間のなんと残酷なことよ!」

「そんなことないわ!」

 真音の声はここで少し強くなった。


--本当は失ってしまうかもしれないと思っているんだろう? 大体、私たちの声が聞こえるなんて異常だ。そして私の主人は健常者だ」

「言わせてもらいますけど、あんたの主人は、大分変っていると思うわ。……本当に煩い時計ね。あんたなんか預かるんじゃなかった」

--真実を告げるのが私の役目だ」

「人に作られた概念のくせに偉そうに時間を告げるだ事の、真実だ事の。いい気なものね」


 そういって、真音は二階に上がった……というまでがセニから占が聞いた話。

 

 その次の日からだ。真音の元気がないように見えるのは。


「どうしたもんかね」

「やたら気を遣っても真音嫌がるしね」

「まあ、美味しいもんでも食べれば忘れるでしょ!」

「真音を君と一緒にしないでよ……」


 その時だ。

「売るわよ!!! あんたたち!!!」

ドアを開けたのは、真音と占の母親、みきだった。

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