第27話 幕間 香水瓶の小咄

あら、真音。珍しいじゃない、みきの部屋に来るなんて。

 あの子、また買い付けでヨーロッパでしょ? 本当に元気よね、あなたのお母さんは。

 ねえ、たまにはちょっと私を付けて御覧なさいよ。

 え、忙しい? 駄目よ、女は余裕が無けりゃ。せっかくの可愛い顔が台無しよ。

 ねえ、お願いよ。ちょっと話相手になってよ、だって暇なのよ。幹が連れて行ってくれなかったし。

 ヨーロッパではね、アイデンティティよ、香水は。わたしはそんなにキツイ香りじゃないわ。ちょっと付けて御覧なさいよ。

 え、香水は嫌いですって? 私をただの気取った香水瓶だと甘く見てはいけないわ。

 私はね、幹がフランスに留学していた時に田舎町の蚤の市で買われたのよ。ガラクタのなかから私を選んだのだからなかなか見る目あるわよ、あの子は。


 それでね、この中身、私のなかに入っている香水はというとね、うふふ。内緒よ。あの子が初めて恋をしたときに買った香水なの!

 女はね、恋をすると変わるのよ。服や髪形、化粧や何やかや……身に纏う様は戦士より気高いわ。

 好いた人への恋心を香りに乗せて町中を羽が生えたように軽やかに歩く乙女。

 その変わる瞬間が私は大好き。

 実はあの子、中身の香水が無くなる度に同じものを買い続けているのよ。ヨーロッパ買い付け時にね。

 あら、勿論例の相手はあなたのお父さんじゃあないわよ。

 野暮なことは言わないわ。昔のことよ。それに恋は何度したっていいでしょ?

 残念ながらまあ、お相手とはうまくいかなかったけれど、私らの凄いところはね、香りで「あの時」の気持ちを蘇らせられるところなの!

 香りは時間を遡るの。知ってて?

 うふふ、あの子は私を付ける度に素敵な恋をしていた自分に戻るのよ。


 ラベンダーとはちみつや、南フランスのハーブの香りなの。大地の美しさを凝縮したような香りよ。ほら。いいから、ちょっとだけ。


 ――シュ。


 あら、占が呼んでいるわ。今日は騒がしいと思ったら家中掃除をしてるのね。ええ、ええ。引き留めて悪うございました。

 ね、あんたの初めての恋には私を呼びなさいよね。約束よ。……神田とかどうかしら? え、駄目? ふふふ。


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