第25話 せかい

「ただいま!」

 ドアから勢いよく帰って来た占はびしょぬれで、ばつが悪そうに苦笑いを浮かべた。

「帰りの道、神社の池だったんだ。僕じゃうまく通り抜けられなかったよ。もう昼になってるし、人にじろじろ見られるし……」

 真音はびしょ濡れの占を見て微笑んだ。

「おかえり、占。……那月もいるんでしょう? おかえり」

「真音……あ……」

 器のない那月の声は真音には届かない。


 明かりを貰ったばかりのアズルは、魔法にも似た力がまだ沢山余っていたので、店中の光の屈折が得意な物たちに呼びかけた。

 

 一瞬。


 昼の光を操った、14時の太陽。

 駆ける10歳くらいの男の子の姿が虹色の陰と光に操られて形を見せた。まっすぐに真音に目がけて走り、飛びつき、抱きしめるそぶりは真音の身体を通り抜ける。分かっていた寂しさの向こう、白いテディベアが彼を受け止めた。綿毛のような懐かしさに気づいた彼もまた、淋しさと、安心を同時に浮かべた顔でテディベアを抱きしめた。


 おもちゃの電話が鳴る。受話器をとった占は笑って真音に差し出す。

「……真音、僕の声聞こえる?」

「僕は、――幽霊なんだ。――僕は背も心ももうずっとこのまま。僕はずっと彷徨い続けるんだ」

 真音は静かに聴いている。

「――ねえ真音、ずっとそこに居続けるのはいけないことなのかな? 進みたくないのに。留まっていたいのに。僕はもうこれ以上変わりたくないよ。――これが映画だったら僕はきっと成仏してめでたし、なんだろうけれど」

 初めて「自身」として話す、那月の声はとまらない。うわずって、擦れた、時が止まった少年の声。

「僕がただの幽霊になってしまえば、真音は僕の声が聞こえないかもしれない。それに僕はここに居られないかもしれない、……真音の世界に。そんなのは、淋しい」


「――正しいことって、誰が決めたの?」

 真音は口を開いた。いつもと変わらない、あっさりと単刀直入に。自分にも問うように。

「人が死んだらどうすべきかなんて、私には分からない。けど、那月が此処にいる理由は、ここに居たいっていうだけで私には充分だよ」

 

 二人は時々こうして、おもちゃの電話を介して、話をすることを約束した。不思議な魔法で、テディベアを通せば那月の声は真音に聞こえるけれど。意味もない、二人を繋ぐ秘密の遊びを作った。


「さて、のテディベアさん」

 真音は振り向いた。大抵、個性はあれどテディベアは本来聞き上手でおしゃべりだ。そうなるように願いが込められている。自身の呪縛を放たれて、これからは思う存分、彼の声もこの店に響くだろう。


「貴方を何て呼べばいい?」

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